49話―草原の陰謀
「うちの部下が情報を持ってきた。ガルダ族の酋長が、他国の者と密通しているとのことだ」
「やはり、か。フン、草原の面汚しめ。劣勢に陥った途端、他種族に頼るとは」
夜。雲一つない夜空の下、草原に建てられたテントの中で二人の獣人が密談を行っていた。片方は、イノシシのような鼻と、口から覗く牙が特徴的な巨漢。
もう片方は、背中にコウモリの羽が付いた痩身の男だ。木製のコップに注がれた馬乳酒を飲みながら、怪しげな会話をしている。
「全くだ。誇り高き草原の民ともあろう者が、我ら獣人よりも劣る他種族に頼るとは。この情報が知れ渡れば、親ガルダ派の部族も我らに寝返ろうよ。ブハハハハ!!」
「そうなればよいが……まだ情報の子細を確認したわけではない。リュミは慎重派だ、何を意図しているのか読めん状態で動くのは危険極まりない」
イノシシ獣人が大笑いすると、コウモリ獣人が真顔で諌める。彼らが抱く野望を成功させるためには、些細な失敗も許されないのだ。
「それにしても、あいつはいつになったら来るんだ? もう夜も更けてきているというのに」
「待たせたな、ドヴァジ族長にリーファル族長。少々こちらの会議が長引いた。申し訳ない」
「む、ようやく来たか。待っていたぞ、オラクル・アムラ」
二人の族長が話していると、テントの中に目元以外を漆黒の布で覆い尽くした男が入ってくる。現れたのは、ヴァスラ教団最高幹部の一人。
オラクル・アムラと呼ばれる人物だった。
「二人にとって、いい知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?」
「こういう時は、悪い方を先に聞くのが常だ。悪い知らせから聞かせてもらおう、アムラ」
「了解した、リーファル。数日前、我が同志オラクル・ロルヴァが討たれた。以前話した、例の子どもにな。その子が今、この草原に向かってきている。リュミの差し金でな」
「なんだとぉ!? そりゃマズいじゃねえか! はえぇとこ対処しねえと!」
コウモリ獣人――リーファルが尋ねると、アムラはロタモカ公国で起きた出来事を話して聞かせる。それを聞いたイノシシ獣人――ドヴァジは焦り出す。
「まあ待て、そう焦るなドヴァジ族長。これはチャンスだ。上手く立ち回れば、例の子どもを利用して一気に反ガルダ派の勢力を拡大させられる」
「ほう。何か案があるようだなアムラ。聞かせてもらおうか」
「その前にいい知らせを伝えよう、リーファル族長。これまで中立を保っていた我が部族を、反ガルダ派に寝返らせる段取りが着いた。これで、反ガルダ派が三部族になる」
オラクル・アムラはそう言うと、顔を覆っていた布を取り去る。端正な顔にニヒルな笑みを浮かべ、仲間たちにそう告げた。
「そうか、それはよかった。中立派最大勢力であるお前の部族がこちらに着けば、残る二つの中立部族もどちらかに転ばねばならなくなるな」
「その話は後だ。策があるんだろ? アムラ。それを聞かせてくれよ」
「ふむ。ま、そうもったいぶることでもない。例の子どもは、この草原の流儀を知らない。カケラもな。そこを利用し、致命的な国際問題を起こすのだよ」
「んん? つまりどういうことだ?」
「ああ、なるほど。そういうことか。アムラ、お前もなかなかに頭が回るな」
いまいち話を呑み込めていないようで、ドヴァジは首を捻る。一方のリーファルはオラクル・アムラの言わんとすることが理解出来たらしい。
ニヤリと口角を上げ、馬乳酒を飲みながら愉快そうに笑う。自分だけ除け者にされているように感じ、ドヴァジは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「何だ、二人だけで楽しそうにしやがって。俺にも教えろよ、計画の中身を」
「簡単な話だ。ガルダ族にとってのタブーを犯させればいいだけのことだ」
「ああ、要するにあの掟を利用するんだな? 確かに、そいつはいい。上手くいけば、こっちから戦争を吹っ掛ける起点に出来るぜ!」
「コリンがこの国を訪れれば、確実にリュミは歓迎の宴を開く。そこでワタシが仕掛けてこよう。幸い、ガルダ族には顔が利く。いくらでも仕込みは可能だ」
「素晴らしい案だ、アムラ。我々も出来る限りの支援をしよう。我らの大願を成就させるためにもな」
コリンを陥れるべく、三人の反逆者たちは夜通し策を練る。危機が迫っていることを、コリンはまだ知らない。
◇―――――――――――――――――――――◇
五日後。コリンたちはゼビオン帝国の西、ガルダ草原連合との国境近くの渓谷地帯にいた。シューティングスターを使ったおかげで、馬車を利用する場合の半分の日数で到達出来たのだ。
「後はこの渓谷を抜ければ、ガルダ草原連合への入り口……リテラー高原にたどり着けるで。そこで入国手続きをしたら、もう草原の国や」
「案外早かったのう。ま、何事もなくここまで来られて御の字、というところかの」
「そうね~、公国の時は途中でヴァスラ教団と巌厄党に襲われたもの~。今回は最後までなにもないといいわね~」
「カトリーヌ、それはフラグというもの……ん? あっちの方に誰かおるのう。こんなところで何をしとるんじゃ?」
ゴツゴツした岩だらけの道を進んでいると、遥か前方に何者かが立っているのをコリンが見つけた。双眼鏡を覗くと、相手の顔がハッキリ見える。
どこか憂いを帯びた、クールビューティーといった美しい顔立ちをした女性がじっと立っている。簡素な布の服を着ており、頭には馬の耳が生えていた。
向こうも気配を感じたのか、双眼鏡越しにコリンと目が合った。
「む、こちらに歩いてくるぞよ。みな、警戒しておくがよい。万一の事態に備えてな」
「フッ、任せておきたまえ。この僕の華麗なる戦いを見せ」
「外の人、よく来た。お前、名前は?」
「!? おぬし、いつの間にわしらの元に!?」
一陣の風が吹いた直後、数十メートルは先にいたはずの女性が、一瞬でコリンたちのすぐ前まで移動してきていたのだ。
「落ち着け。マリス、敵ちがう。マリス、迎えに来た。お前、コリンか?」
「む……確かに、わしがそうじゃ。じゃが、おぬしはなにも……のじゃっ!?」
「ふふ、かわいい。マーマ、言った通り。ちっちゃくて、かわいい男の子」
「ああっ、ずるい! ボクだってまだししょー抱っこしたことないのに!」
「いや、今気にするトコそこちゃうやろ」
謎の女性はシューティングスターのサドルに座っていたコリンを抱き上げ、一切表情を崩さず撫で回す。アニエスがキーキー喚く中、エステルがツッコむ。
「あの~、あなたはどちら様かしら~。わたしはカトリーヌ。十二星騎士の一角、ウィンター家の長女よ~」
「マリスは、マリス。ガルダ部族の族長、リュミの娘。そして、『人馬星』シュカ・ガルダの末裔。よろしく」
カトリーヌが自己紹介すると、女性――マリスも自分の名を名乗る。……コリンを撫で回しながら。
「これ! いつまで人を撫で回しとるんじゃ! いい加減離さんか!」
「だめ。マーマのところ、行く。このまま」
「な、なんや!? わらわらと獣人たちが出てきおったで!?」
「どうやら、僕たちを歓迎してくれているようだね。実に嬉しいことではないか! はっはっはっ!」
マリスが指を鳴らすと、渓谷のあちらこちらから馬の耳が生えた屈強な男たちが姿を現す。男たちはバイクとリヤカーを担ぎ、えっほえっほと運び出す。
どうやら、このままコリンたちを草原に連れていくつもりのようだ。少々荒っぽい歓迎にコリンは肩を竦める。
「やれやれ。まあ、敵襲よりは何万倍もマシかのう。ところで、そなたのママ上はわしにどういう依頼を出したいのか知っておるかのう?」
「マーマ、望む。マリスと、コリンの結婚。草原の皆、喜ぶ。祝福する。奉る」
「……ん? なんじゃと? ちと聞こえなかったのう。もう一度言ってくれんか?」
マリスの口からとんでもない発言が飛び出し、コリンは自分の耳がおかしくなったのだと考える。念のため、もう一度聞いてみるが……。
「マリス、コリン、結婚。皆喜ぶ。祝う。奉る」
「いや、何をい」
「はあああああああ? そんなのボクが認めませんけどぉぉぉぉぉ? どこの馬の骨とも分かんない女にししょーはあげませんけどぉぉぉぉぉ!?」
「いや、なんでアニエスはんが反応すんねん。オカンじゃあるまいし」
現実は非情だった。リュミからの依頼とは、彼女の娘マリスと結婚してほしいというものだったのだ。それを知ったアニエスは、目を見開き血走らせる。
凄まじい憤怒と嫉妬のオーラを放つ横で、エステルがツッコミを入れ、カトリーヌが困ったような表情を浮かべる。ハインケルは恐怖で固まっていた。
「あらあら~、困ったことになったわね~。別の意味で波瀾万丈な依頼だわ~」
これまでとはベクトルの違う脅威が、コリンに襲いかかろうとしていた。




