48話―ハインケル再び
レストランでの食事を終えたコリンたちは、会計を済ませ外に出る。みんな満腹になったところで、早速アシュリー母子は旅立つことになった。
「さて、早速行くよアシュリー。アタシが合格出すまでは帰れないからね、今のうちに仲間に挨拶しとくんだよ」
「ってわけでだ。コリン、カティ。ちょっくら修行の旅に出てくるわ。すぐにおフクロから合格貰ってくるからよ、楽しみにしててくれよな!」
「うむ、頑張るのじゃぞアシュリー! わしら全員、応援しておるでな」
「そうよ~。無理だけはしないでね~、シュリ。拾い食いなんてしちゃダメよ~?」
「するか! どこの野生児だアタイは!」
別れの瞬間までわいわいしている娘たちを見て、レイチェルは微笑ましそうに笑っていた。挨拶を済ませたのを確認した後、荷物を担ぎ直す。
「さ、行くよ。目指すは遥か北、グレイ=ノーザス二重帝国だ。炎の力を鍛えるのには、雪国が最適だからね」
「寒いのはニガテなンだよな……。まあいいさ、やってやるぜ! じゃあな、みんな! しばらく離れるけど達者にしてろよ!」
「ばいばーい! 頑張ってねー!」
「風邪引かへんように気ィつけてなー!」
アシュリーたちを見送った後、コリンたちは冒険者ギルド本部に戻る。リュミ・ガルダからの依頼を、正式に受注するためだ。
早速受け付けカウンターに向かおうとするコリンたちだったが、ロビーの一角から漂うすさまじい負のオーラに、思わず立ち止まってしまう。
「ああ……アシュリーさん、どこに行ってしまったんだ……。麗しき我が心のオアシスよ……」
「うわ、変なのがいる……。ししょー、アレも冒険者なの?」
「あやつは……おお、そうじゃそうじゃ。アシュリーに求婚して却下されておった……ハインケルじゃったな。あんなところで何をしとるんじゃか」
ロビーの隅っこの方で、白い鎧を着た青年――ハインケルがうずくまりブツブツ何かを呟いていた。周囲にいる取り巻きの女たちが、必死に励ましている。
「ハイン様、元気出して! 落ち込んでるより笑ってる姿の方が素敵よ!」
「そうですわ! ほら、顔をあげてにっこりしてくださいまし。その方が私たちも嬉しいですの!」
「ふふ、ありがとう。だが……ん? あれは」
「コリンはん、あいつこっち見とるで?」
「嫌な予感が……いや、もう遅いのう」
取り巻きの女たちに慰められ、ハインケルは顔をあげる。そして、ギルドの入り口にいたコリン一行に気付く。
「やあ、やあやあやあ! 久しぶりではないかコリン君! 実にいいタイミングだ、これも神の思し召しとおも」
「さよならー」
「ばいばーい」
「待ちたまえ! まだ話の途中だろう!? 最後まで聞いてくれたまえ!」
華麗にスルーして逃げようとするコリンたちだったが、ハインケルに捕まってしまった。これはもう逃げ切れないと判断し、コリンはため息をつく。
「はあ……。仕方あるまい、話があるならあっちの酒場で聞いてやろう。出来るだけ手短に済ませい」
「いや、すぐに済むことだから問題はない。ズバリ聞こう! アシュリーさんは今どこにいるんだい!? キミなら知っているだろう!?」
コリンが予想した通り、ハインケルはアシュリーを探しているようだ。ジーッと相手を見つめながら、コリンは問いかける。
「それを知って、どうするつもりじゃ?」
「フッ、決まっているだろう? 今度こそ、僕とパーティーを組んでもらうのさ!」
「それは無理ね~、だってシュリはもうこの国にいないもの~」
「……えっ。そ、それはどういうことだね!? 詳しく聞かせてくれたまえ!」
カトリーヌの言葉に、ハインケルが食い気味に反応する。そんな彼に、アシュリーは母親と共に修行の旅に出たことを告げる。
「くっ、一足遅かったか……! 今から追いかけてもまず間に合うまい。ああ、我が計画が……」
「話は終わったかの? では、わしらはこれで失礼するで」
「よし、決めたぞ! ならば、代わりにキミたちに同行させていただこうか!」
「のじゃ!? な、何でそうなるのじゃ!」
ガックリと落ち込むハインケルを残し、今度こそ受け付けカウンターの方に進もうとする。……が、ハインケルの発した言葉に驚いてしまう。
「決まっているだろう? キミはアシュリーさんと親しい。ならば、キミと行動を共にして活躍すれば! 僕のことをアシュリーさんが気にかけてくれるはずだ!」
「無茶苦茶なこと言いはるなあ、こいつ……」
「そうねえ~、ちょっと理論が飛躍しすぎな気がするわ~」
突飛なことを言い出すハインケルに、エステルとカトリーヌは呆れてしまう。一方、取り巻きの女たちは熱いエールを送っていた。
「一念発起するハイン様、素敵だわー!」
「頑張ってー、私たち応援するわ!」
「フッ、ありがとう諸君。見ていたまえ、僕はより名声を得て高みに登ってみせよう! というわけで、しばらくよろしく頼むよコリン君」
有無を言わせず、強引に仲間入りしてきたハインケルを見てコリンは頭を抱える。こうなった以上はもう仕方ないと考え、吹っ切れることにしたようだ。
「いやじゃあ……と言っても、ゴリ押ししてくるんじゃろ? 仕方あるまい、しばらく雑用係としてコキ使ってやるゆえありがたく思え」
「フッ、新入りだからね。何でもしてやろうではないか! 任せてくれたまえ!」
「ん? 今なんでもすると言うたな? では、楽しみにしておるぞ。さ、依頼受注の手続きをしようかの。みな、行こうぞ」
無理矢理仲間に加わったハインケルを連れ、コリンたちは手続きを行う。その一時間後、一行は帝都の西に伸びる街道を進んでいた。
ハインケルが引く大型リヤカーに、コリンたち四人が乗った状態で。
「ほれ、歩みが遅うなっておるぞ? このままでは夜までに次の宿場町に到着出来ぬではないか。てきぱき歩くのじゃ、ほれほれ」
「ぬおおおおおお……! 何故だ!? 何故僕がこんな馬車馬のようなことをさせられている!?」
「勝手な理屈をこねて無理矢理わしらにくっついてきたのじゃ、これくらいの洗礼は当然じゃろ? それにおぬしも言うたであろう。何でもするとな」
「……コリンはんも、マリアベルはんに負けず劣らずなサディストやな」
「でも、そういう一面もかっこいいかも」
ガルダ草原連合へと向かう中、ハインケルへの『洗礼』が行われているようだ。長い棒でハインケルをぺちぺちしつつ、コリンはエステルに問う。
「エステルよ、これからわしらが向かう国の特徴を教えてたも。何の予備知識も無しに行くわけにはいかぬからのう」
「ん、ええで。ガルダ草原連合は、十二星騎士の一人『人馬星』シュカ・ガルダの血を引く獣人たちが興した国や。基本的に一ヶ所に定住せず、草原のあちこちを渡り歩く遊牧生活をしとるんやわ」
「ふむふむ、なるほど」
「獣人たちはそれぞれの種族ごとに別れた八つの部族があってな、それぞれの部族の族長によって運営される議会が国を動かしとる。そん中でも一番偉い奴が酋長と呼ばれとるんや」
コリンの言葉に頷き、エステルは淀みなくすらすらと解説を行う。忍びとして各地を渡り歩いてきたという経歴は、伊達ではないらしい。
「ほうほう。その酋長とやらが、今回の依頼をしてきた人物……リュミ・ガルダなのかのう?」
「十中八九、そうやろなぁ。リュミはんはシュカの血を最も濃く継ぐ、ガルダ直系のお方やからな。少なくとも、限りなくトップに近いことに間違いはあらへんはずや」
「へええ、凄いねぇ。ボク、獣人には会ったことがないから楽しみだなぁ。どんな人たちなんだろ? わくわくしちゃう!」
「ウィンター救貧財団には獣人さんがそれなりにいるんだけどね。みんな一見ぶっきらぼうだけれど、一度打ち解けるとフレンドリーに接してくれるのよ~」
わいやい和やかなムードで話を弾ませるコリンたちだったが、しばらくしてリヤカーが止まっていることに気付いた。
完全に力尽きたハインケルが地面に突っ伏し、ぜえぜえ荒い息を吐いている。街道の半ばで、リタイアしてしまったようだ。
「もう……無理……これ以上は、勘弁してくれたまえ……」
「なんじゃ、根性のないやつじゃのう。なら……いでよ、シューティングスター!」
バテたハインケルの代わりに、コリンは呼び出したバイクをリヤカーに接続する。その状態で、最初の宿場町ニュッケを目指す。
「さ、行くぞよ。新しい冒険に出発じゃあ!」
「おおーー!!」
「お、おー……」
新たな仲間を加え、コリンたちは西へと旅立つ。その先で、次なる敵が待ち受けているとも知らずに。




