47話―襲来! アシュリーママ!
翌日。コリンたちは玄関を冒険者ギルド本部に直結させ、楽々帰還を果たす。本来、アニエスはベルナックの元に戻る予定だったが……。
「アニエスよ、本当に良かったのか? わしに着いてきて」
「もっちろん! ししょーにはまだまだ教えてほしいことがいっぱいあるからね! お父様も、ししょーが一緒なら安心だって送り出してくれたからね」
「まあ、ならばわしは何も言わぬ。さ、早いとこ依頼を達成したことを報告しようぞ」
コリンと一緒に居たいアニエスは、そのまま引っ付いてきたようだ。受け付けカウンターに向かい、一行はベルナックからの依頼を達成したことを告げる。
帰りの挨拶をした時にベルナックから受け取った書状を受付嬢に渡し、手続きをしてもらう。
「はい、確かに確認しました! コリンくん、お疲れさまでした。こちら、報酬の金貨八百四十枚になります。お受け取りください」
「ん、ではありがたく受け取らせてもらうぞよ」
「五等分でも一人あたり百六十八枚か。へへ、これでまた」
「アシュリー! アシュリーは帰ってきたかい!? お、いるじゃないか。やっと帰ってきたね、全く」
「!? こ、この声……まさか!」
大量の金貨を見てニヤけるアシュリーだったが、突如ロビーに響いた大声を聞き顔を青くする。コリンたちが後ろを向くと、一人の女性が近付いてきた。
傷だらけの古びた鎧を着た、腰まで伸びる真っ赤な髪が目を引く女性だ。キリッとした目元や、勝ち気そうなオーラにコリンは既視感を覚える。
「むむ? アシュリー、あのご仁そなたによく似ておるな。目元がそっくりじゃ」
「そりゃそうだ、だってアレは……アタイのおフクロだからな」
「のじゃっ!? ご母堂様であったか! なるほど、よう似とるわけじゃわい」
「うふふ、そうよ~。シュリのお母様は、別の国で冒険者をしていらっしゃるの。とっても有名な方なのよ~」
アシュリーの言葉を聞いて驚くコリンに、カトリーヌが補足する。そうしている間にも、女性はどんどんカウンターの方に歩いてくる。
すぐ近くまで来た女性は、ニッと笑いながら娘を見下ろす。
「よう、二年ぶりだねアシュリー。相変わらずほっそいねぇ。ちゃんとメシ食ってんのかい?」
「ちゃんと食ってるっつーの! にしても、いきなりどうしたンだよおフクロ。オヤジもびっくりしただろ、いきなりこっちに来てよ」
久しぶりに母子の対面を果たしたアシュリーは、突然現れた母に問いかける。キョロキョロと周囲を見渡した後、コリンたちを手招きした。
「ま、そこら辺は別の場所で話そうじゃないか。ここだと邪魔になるしね。みんなついといで。アタシがメシ奢ってやるからさ」
「ごはん!? いくいく、ボクいきまーす!」
「いや、何であんさんがいの一番に反応すんねん」
「ふむ。では、お言葉に甘えてご相伴にあずかるとしますかのう」
奢りと聞いて、真っ先にアニエスが飛び付いた。他のメンバーは呆れつつも、着いていくことを決める。そんな中、コリンに気付いた女性は声をかけた。
「お、あんたか。ダズの言ってたギアトルクのちびっ子ってのは。アタシはレイチェル。アシュリーの母親にして、カーティス家現当主だ。よろしくな」
「これはこれはご丁寧に。わしはコーネリアス・ディウス・グランダイザ=ギアトルク。コリンと呼んでくだされ、レイチェル殿」
「おう、よろしくなコリン。じゃ、行こうか。いい店があるんだ、案内してやるよ」
レイチェルに連れられ、コリンたちは帝都の繁華街に向かう。見るからに高級なレストランに連れてこられ、アニエスは萎縮していた。
八人かけの大きな席に通され、あちこちキョロキョロしている。
「す、凄いキラキラしてる……。あっちの置物、おっきいなぁ……。どれくらいするんだろ」
「はは、そんなモジモジしなくてもいいぜ? 好きなモン頼みな、金ならいくらでもあるからよ」
「んじゃ、遠慮なく注文させてもらうぜおフクロ。……で、何でいきなり尋ねてきたンだ? アタイの顔を見に来たってだけじゃないンだろ?」
コリンたちが好き放題メニューを注文しているのを横目に、アシュリーはレイチェルに問いかける。ニヤッと笑いながら、母は頷く。
「ああ。アタシももう三十五だ、あと五年もすりゃあ引退も視野に入れなきゃならなくなる。そこでだ、家督継承に向けて、本格的にあんたを鍛えることにしたのさ」
「……そっか、おフクロももうそんな歳か。へっ、いいぜ。望むところだ!」
「あらあら~、シュリもついに星遺物を手にする時が来るのね~。うふふ、楽しみだわ~」
「ということで、だ。メシ食ったら早速出発するぞアシュリー。アタシが合格出すまで、この国にゃ帰れないと思いな」
「ぶー!」
「おああああ! 顔、顔があああああ!!」
ウェイターが運んできた水を飲んでいたアシュリーは、あまりの気の早さに思わず水を吹いてしまう。結果、真正面に座っていたエステルが濡れた。
「はあ!? いきなりだな、こっちにも心の準備ってもンが」
「ハッ、なぁに寝言ほざいてんだい? カーティス家の家訓を忘れたのか? 『即断即決即行動』……それがモットーだろ?」
「いや、まあそうだけどよ……」
「ずいぶんとワイルドなご仁じゃのう、アシュリーのご母堂様は」
運ばれてきたステーキを食べながら、コリンはそう呟く。レイチェルはニッと笑いながら、コリンの頭をわしわしと撫でる。
「そうそう、ダズ……夫から坊やの話は聞いたよ。いつもうちのバカ娘の世話をしてもらって済まないねぇ。手のかかる娘だけど、仲良くしてやっておくれよ」
「うむ、わしにとってアシュリーはこの大地ではじめて出来た仲間じゃからな! ずっと仲良くしていくぞよ!」
「ありがとうねぇ。……っと、そうそう。ダズから坊や宛ての新しい依頼書を預かってたのを忘れてたよ。ほら、これさ」
「わあ、ししょーはひっぱりだこなんだねぇ。みんなから頼りにされるなんて凄いや!」
レイチェルは懐から丸めた書状を取り出し、コリンに手渡す。オニオンスープを飲んでいたアニエスは、尊敬の眼差しをコリンに向ける。
ナプキンで手と口元を拭いた後、コリンは書状を開き中身を見る。ラファルド七世、ベルナックに続く新たな依頼主は……。
「ふむふむ、えーと……ガルダ草原連合? なる国からの依頼じゃな。……どこの国じゃ?」
「あー、そこはゼビオン帝国の西にある国やな。だだっ広い草原で、獣人たちの部族が暮らしとるんや。その依頼、そこの酋長からのモンやないか?」
「ご名答さ、ラーナトリアのお嬢ちゃん。ガルダの民を束ねる、十二星騎士の一角……『人馬星』リュミ・ガルダからの依頼だよ」
首を捻るコリンに、エステルが緑茶を飲みつつ解説する。レイチェルも頷き、肯定の意を示す。
「ゼビオン皇帝暗殺を防いだって話が伝わったようでね、坊やに頼みたいことがあるんだとさ」
「そのわりには、依頼の内容が書かれておらんのう。……何だか、デジャヴを感じる流れじゃな」
「そうね~、ロタモカ公国の時と同じ感じだわ~」
「むむむ、もしや二番弟子が誕生するのかも!? そしたら、ボクが先輩に……!」
内容を聞くのは現地で、というパターンが続くことにコリンは何となく嫌な予感を覚える。一方、アニエスは呑気に目を輝かせていた。
「ま、どうなるかは行ってみれば分かるじゃろ。エステルよ、また道案内を頼めるかの? そなたなら詳しいじゃろ?」
「ん、問題ないで。ただなぁ、今あそこの国はちっと面倒な情勢になっとるさかい、すんなり入国出来ればええんやけど」
「そういや、アタイも小耳に挟んだぜ。一部の部族が排他主義を掲げて、他の種族の排斥してるってな」
「むむ、それはいかんのう。みな、仲ようせねばなるまいになぁ。……迫害されるのは、悲しいことじゃて」
エステルとアシュリーの会話を聞き、コリンは悲しそうな顔をする。その理由を彼女らが知るのは、まだ先のことであった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「酋長、無事依頼書を出しました。今ごろゼビオン帝国に届いているでしょう」
「そうか、よくやってくれた。過激派の連中は?」
「まだ気付いていないようですが、時間の問題かと。いずれ我々の動きに気付き、武装蜂起するでしょう」
その頃、帝都アディアンのはるか西。風薫る草原の一画に、移動式集落があった。一番大きなテントの中で、二人の女が話をしている。
二人とも、頭には馬の耳が生えており顔には独特な模様のペイントを施している。片方はパイプを吹かしながら、眉根にシワを寄せた。
「……急がないといけない。早く他国と和睦しないと、草原は滅びる。それだけは防がないと」
「そのために、酋長のご息女を……嫁に出すのですか。同じ星騎士の末裔とはいえ、幼い子どもの元に」
「……娘も、承知している。手っ取り早く和睦を成すには、これが一番だ。ワタシは、草原に暮らす民を守るためなら何だってする。地獄に落ちることになろうとも、な」
一つの災いを鎮めたコリンの元に、新たなる厄災の風が吹こうとしていた。




