46話―乙女たちの座談会
コリンの城にて、ロタモカ公国を救った祝いの宴が開かれた。夜も更け、おねむの時間になったコリンは自室で眠りに着く。
一方、女性陣はというと……。
「あのー、なんでボクだけししょーから遠い席に座らされてたんですかね? ちょっと納得出来ないんですけど」
「決まっているでしょう。あなたがお坊っちゃまに雌の顔をしていたからですよ、雌虫さん」
「相変わらずひでぇあだ名だ……」
宴が終わった後、アシュリーたちはマリアベルの部屋に集まっていた。俗に言う、ガールズトークをするためである。
「いや、確かに色目は使ったよ? あっはんうっふんな視線投げたよ? でも気付いてもらえなかったんだもん!」
「いや、無茶言うなや。コリンはんまだ八歳やで? そういうのはまだ早いわな」
「ええ、その通り。流石は虫テルさん、心得ているようですね」
「その言い方やめぇや! 妙に語呂が良うて笑ってまうやろがい!」
漫才みたいなやり取りをするマリアベルたちを見て、カトリーヌはくすくす笑う。そんな彼女を、アニエスがじっと見つめていた。
「あら~、アニエスちゃんどうしたの~?」
「いや、なんかカトリーヌって冷静に見ると凄いカッコしてるなーって。ビキニアーマーなんて初めて見たよ、ボク」
「せやなぁ、ウチの里にも奇天烈な忍び装束はぎょうさんあるけどビキニはないで」
「うふふ、仕方ないのよ~。だって、普通の鎧だと耐えられないんだもの~」
そう言うと、カトリーヌは立ち上がり冷気を呼び起こす。露出していた胴体や二の腕、太ももが氷の鎧に包まれた。
何をするつもりなのかとらアニエスたちが見つめていると……カトリーヌはおもむろにポージングをする。次の瞬間、二の腕を包む鎧が弾けた。
「え? え? い、今何が起きたの?」
「わたしがちょっとリキむとね~、鎧がパァン! って弾け飛んじゃうの~。えいっ」
「よく見とけ、お前ら。これがカティ名物『鎧弾け祭り』だ」
「宴会の出し物としては面白いですね。案外、わたくしの同僚たちが気に入るかもしれません」
「……闇の眷属の感性は理解出来へんで、ほんと」
カトリーヌがポーズを変える度、内側にある筋肉からの圧を受けて鎧が弾け飛んでいく。アニエスが唖然とし、マリアベルは興味深そうに感心し、エステルはドン引きしていた。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか。せっかくの機会ですから、皆さまにお聞きしましょう。お坊っちゃまをどう思っているのか、ね」
「お、なンだ。いきなりブッ込んできたな」
「わたくしはお坊っちゃまを守るため、フェルメア様に創られた存在。今後も、あなた方がお坊っちゃまの仲間であり続けるつもりなら。わたくしは、心の奥に悪意が潜んでいないかを見極めなければならない義務があります」
「義務……ねえ。なあマリアベル、逆に聞くけどお前はコリンをどう思ってンだよ?」
「フッ、決まっているでしょう。わたくしはお坊っちゃまを愛しています。従者としての敬愛、そして男女の愛。二つの意味で」
アシュリーの問いに、マリアベルは自信と誇りに満ちた顔で即答した。迷いの無い言葉に、他の四人は感心する。
「ほお、即答かいな。しかしまあらあんさんも人のこと言えへんのやないか?」
「わたくしはお坊っちゃまが成長するまで待つつもりでいます。どこかの雌虫のように幼い頃から手篭めにしようとはしません」
「うぐっ! そ、そこまで言うかぁ! ぬぬぬ、もう吹っ切れた! 今からししょーのとこ行っちゃうもんね! 寝顔にちゅーしてやぶべ!?」
「ダ メ で す」
「ああっ、アニエスがカーテンに巻き込まれたぞ!」
開き直り、コリンの部屋に突撃しようとしたアニエスだったが窓から飛んできたカーテンにくるまれ、動きを封じられた。
首から下を巻かれ、尺取り虫のように床をのたうち回ることしか出来ない。マリアベルは、ゴミを見るような目をアニエスに向ける。
「おぐっ! ぶふっ! ちょ、たすぼへっ!」
「さて、これで雌虫は片付きましたね。話を続けましょうか」
「なあ、ホントにあれ放置するんか? なんか呻いとるで?」
「カーテンを用いて断続的に腹パンしていますから。おイタには仕置きをしなければいけませんからね」
「こいつサディストや……」
悪魔のような笑みを浮かべるマリアベルを見て、エステルとカトリーヌは戦慄する。一方、すでに洗礼を味わっているアシュリーは涼しい顔だ。
「ま、いいや。マリアベルだけ聞くのも悪いし、アタイらも自分の気持ち暴露しようぜ? いい機会だし」
「……まあ、ええわ。いちいちツッコむのもアホらしゅうなってきたしな。ウチは……出会ったばかりやからなぁ、正直なんもあらへんわ。ま、かなり好感は持てるけど」
「ずいぶんと正直ですね。まあ、そうそう漫画や小説のようなロマンスは起こらないということですかね」
「そういうことや。でも、あの正義感の強さと行動力は好きやで? オトンたちも気に入ると思うわ、コリンはんのこと」
もはやアニエスを気にかける者は誰もおらず、ガールズトークに花が咲く。流石にもう許してもらえたようで、簀巻き腹パンは止まったようだ。
「うう、ひどいやひどいや……。ちょーっと調子に乗っただけなのに……」
「だからダメなンだろ……。で、次は誰だ?」
「じゃあ、わたしがいくわ~。わたしはコリンくんのこと、好きよ? もちろん、ライクとラブの両方でね~」
簀巻きにされたまましくしく泣き出すアニエスを憐れみつつ、話は続く。三番目に話すのは、カトリーヌのようだ。
いきなり飛び出した大胆な発言に、エステルは途端にニヤニヤし始める。ちょっかい出す気まんまんなようで、早速食いついた。
「お、なんやなんや。えらいハッキリ言うやないか。あんさん、かなりホの字やな」
「うふふ。だって、わたしはコリンくんに救われたんだもの。白馬の代わりにブルーメタルのバイクに跨がった王子さまって、素敵だと思わない?」
「思てたんよりめっちゃ惚れとったわ……」
「ふふん。お坊っちゃまはヒロイックなお方ですからね。こうして慕われるのもむべなるかな、というものです」
頬を赤く染め、乙女心全開なセリフを口にするカトリーヌを見て、何故かマリアベルがドヤ顔をする。それを見て、アニエスが異議を申し立てた。
「ちょっと! ボクの時とまるで正反対な対応なんでデスケド!? どーいうことなのさ!」
「当たり前でしょう。あなたのような雌虫と違って、そこのところをわきまえていますからね」
「むむむむむ、ひどいぞー! 差別はんたーい! ボクだってししょーのこと大好きなのにー!」
まな板に上げられた魚のように、びったんびったん跳ねながらアニエスは声を荒げる。マリアベルは少しの間沈黙した後、声をかけた。
「ほう。では、どのように好いているのか聞かせてもらいましょうか。さあ、述べてみなさい」
「うん! ししょーってね、すっごくかっこいいんだよ。修行をしてくれてる時とかの真剣な顔が、キリッとしててね。それに、真摯にボクに向き合ってくれてさ。何だか、あったかいなぁって。そう思ったんだ」
それまでのおふざけが完全に鳴りを潜め、アニエスは真剣な表情で語り出す。マリアベルやエステルも茶々を入れたりせず、黙って聞いている。
「修行した時間は短かったけどさ、ボクのことたくさん誉めてくれて嬉しかった。もちろん、怒られもしたけどね。でも、それもひっくるめて……ししょーのこと、好きになったんだ」
「……フ。案外、真面目な想いだったようですね。少しだけ、見直しましたよ雌虫さん?」
「でも名前では呼んでくれないんだ……」
「さん付けしているでしょう? さん付けを。さて、最後はあなたですね。アシュ虫さん? あなたがお坊っちゃまに抱いている想い、聞かせていただきましょうか」
順番が巡り、最後はアシュリーの番になった。かつてカトリーヌと交わした言葉の数々を思い出しながら、アシュリーは話し出す。
「そうだな。アタイは今まで、恋愛と無縁な人生を送ってきたからコリンをラブの方で好きなのかはまだ分からねえ。でも、一つだけハッキリしたことがある」
「それは何でしょう?」
「アタイは人として、仲間としてコリンのことが『好き』ってことさ。それだけは胸を張って、誇りを持って言えるぜ」
迷いなく言い切ったアシュリーを見て、マリアベルは柔らかな微笑みを浮かべる。彼女が初めて、アシュリーたちを心から信頼出来ると確信した瞬間だった。
同時に、アニエスに巻き付いていたカーテンが離れ、窓の方に戻る。ペコリと頭を下げた後、マリアベルはお礼の言葉を口にした。
「……なるほど、かしこまりました。皆さまの本音を聞けて、わたくしは嬉しく思います。お礼と言っては何ですが、食堂にて高級ケーキを用意しています。皆さまでお召し上がりください」
「ケーキ!? わーい、食べたい食べたーい! 一番乗りして、全部食べちゃおーっと!」
「ダメよ~、わたし甘いものが大好きなの。お腹いっぱいになるで食べたいわ~」
「ちょ、はや!? 行くぞエステル、遅れたら全部あの二人に取られるぞ!」
「よっしゃ、最速でつっ走ったるわ! いくでアシュリーはん!」
我先にと部屋を飛び出していく四人を見送った後、マリアベルは右手の人差し指を耳たぶの裏に当てた。そこには、小さな通信用の魔法石が装着されている。
「……とのことですが、問題はありませんか? フェルメア様」
『ええ、問題ないわ。あなたからこーちゃんの現状を聞いてちょっと心配してたけど、杞憂だったようね。よかったわ』
マリアベルの言葉に答えたのは、彼女の主にしてコリンの母、フェルメアだった。コリンの周りに女の子が集っていることを知り、一計を案じたのだ。
アシュリーら四人がコリンに対してどんな感情と想いを抱いているのか。本心を暴き、場合によっては処すつもりでいたのである。
『こーちゃんは、この世に二つとない奇跡の血を持つ子。悪意のある者が近くにいたら……と思ったけど、ホッとしたわ』
「ええ、わたくしも彼女たちにならお坊っちゃまを任せてもいいと思います。……とても固い絆で、結ばれていますから」
主の言葉に、マリアベルはそう答えるのだった。




