45話―双星の姉妹
全ての戦いが終わってから、三日が経過した。オラクル・ロルヴァの率いる教団勢力及び巌厄党は完全に撲滅され、ロタモカ公国に平和が戻った。
……が、喜びも束の間に、テレジアの身体に異変が現れる。コリンたちの活躍を祝う平和記念式典の途中で倒れてしまったのだ。
「先生、娘は……テレジアは大丈夫なのですか?」
「……実に申し上げにくいのですが、テレジア様の身体が崩壊をはじめています。出来るだけ崩壊を遅らせようと手を尽くしてはいますが、原因が分からない以上はもう……」
「そんな……」
式典が終わった後、コリンたちはテレジアの容態を確かめに向かう。しかし、無情にも医者の言葉に希望はなかった。
「申し訳ありません、公王陛下。公家の主治医でありながら、お役に立てず……」
「いや、君のせいじゃない。テレジアとの面会は?」
「現在は落ち着いているので、可能ではあります。短時間だけですが」
主治医がそう言うと、アニエスがすぐに会わせてほしいと懇願する。ようやく再会出来た姉のことが、たまらなく心配なのだ。
「それでもいい、お姉ちゃんに会わせて!」
「うむ、もしかしたらわしらが何とか出来るやもしらぬ。まずは無理させない範囲で話をしたいのじゃ」
「かしこまりました。では、こちらに」
コリンたちは、テレジアが治療を受けている部屋に向かう。部屋の中では、ベッドに寝かされたテレジアの周囲をエルフの医者たちが囲んでいる。
テレジアの身体は、首から上と星痕のある手を除いてヒビ割れが走っていた。あまりの痛々しい姿に、コリンたちは言葉を失う。
「ひでぇな、こりゃ。一体、どうしてこうなっちまったんだ?」
「とても痛そうだわ……。どうして、テレジアちゃんばかりこんな目に……」
「う、うう……。アニ、エス。そこに、いるのか?」
「うん! いるよ! ボクならここだよ、お姉ちゃん!」
妹の気配に気付いたテレジアはまぶたを開き、苦しそうに呻きつつも顔を向ける。アニエスが近付くと、テレジアは無事な手を伸ばす。
「みんなも、そこにいるのか。なら……ちょうど、いい。話しておかないといけないことが、ある……う、ゲホッゲホッ!」
「テレジア殿、無理はせぬでよい。闇魔法、ダークネスヒール!」
「う、ふう……。身体が楽になった。ありがとう、コリンくん」
咳き込むテレジアに、コリンは治癒の魔法をかける。痛みが引いたようで、表情が柔らかくなった。
「今のうちに、話しておこう。アニエス、私の身体はこの十年の酷使で限界を迎えている。このままでは、あと数日で完全に崩壊し、私は死ぬだろう」
「そんな! 嫌だよそんなの、せっかくお姉ちゃんに会えたのに!」
「残念だが、身体の崩壊を食い止める方法は……ない。本能で分かるんだ。私が、何をすればいいのかも、ね」
そう言うと、テレジアはアニエスの右手を掴む。すると、それぞれの手の甲に浮かぶ、半分ずつしかない【オーレインの大星痕】が輝きだした。
「なんや!? 星痕が光りはじめたで!?」
「アニエス、私たちは……本来あるべき姿に、戻る時が来たんだ。私たちの祖先、シルヴァード様とゴルドーラ様のように。一つの身体に、二つの魂が宿った状態になるんだ」
「……そうすれば、お姉ちゃんの命は助かるの?」
「ああ。この肉体は失うことになるが、私はずっとお前の中で生きていられる。だから、大丈夫だ」
真剣な表情を浮かべる姉を見て、アニエスはしばし沈黙する。後ろへ振り向き、父ベルナックの方に視線を送る。
「……例え、どのような結末を迎えようとも。二人は私にとってかけがえのない宝だ。どんな形であれ、失わずに済むのなら。私は受け入れよう」
「分かったよ、お父様。お姉ちゃん、覚悟を決めたよ。……一つになろう。ボクと、お姉ちゃんで」
「ありがとう、父上、アニエス。さあ、力を抜いて。私を、受け入れて……」
直後、テレジアの身体が少しずつ光の粒へと変わっていく。同時に、アニエスは自分の身体の中に命の温もりが入ってくるのを感じ取っていた。
「私は、しばらく眠りに着かねばならない。アニエスの身体に、魂を適合させないといけないから。でも、安心して。いつの日か必ず、私は帰ってくる。愛しい家族の元に」
「うん。いつまでも待ってるよ、お姉ちゃん。だから、さよならは言わない。おやすみ、お姉ちゃん。ゆっくり、休んでね」
「テレジア……我が娘よ。消えてしまう前に、もっと顔を見せておくれ!」
「父上……大丈夫、私は……消えない。必ず……また、目覚め……」
ベルナックが駆け寄った直後、柔らかな笑みを浮かべ――テレジアは、アニエスの体内へと吸い込まれて消えた。
「テレジアちゃんが……消えちゃったわ」
「! アニエス、そなたの右手……」
「え? あ……!」
アニエスの右手が光り輝き、不完全だった【オーレインの大星痕】が完全なものとなる。二重の円に囲まれた、微笑みを浮かべ向かい合う双子の横顔を模した紋章。
愛しい姉との絆の象徴であるそれを見つめた後、アニエスは星痕にキスをする。いつの日か訪れる、姉の目覚めが早く来ることを祈りながら。
「ベルナック様、我々はどうすれば……」
「……みな、ご苦労だった。見ての通り、テレジアはアニエスと一つになった。我らの先祖のようにな。済まぬが、一人にしてくれ。心の整理をしたいのだ」
医師やコリンたちにそう告げると、ベルナックは一人部屋を去った。コリンたちも部屋を出て、廊下を歩いていく。
「しかしまあ驚いたぜ。まさか、テレジアがアニエスの中に吸収……いや、何て言やいいンだろな。とにかく驚いたぜ、ホント」
「せやなぁ。でも、大分荒業やったとはいえ命が助かったんはよかったと思うで? ウチは。いつか目ぇ覚ますんやろ? なら、問題ないやろ」
「わたしは……分からないわ。本当にこれでよかったのか。テレジアちゃんの身体を、治してあげる方法があったんじゃないかって」
廊下を歩きながら、アシュリーたちは三者三様の意見を口にする。ただただ驚くアシュリー、前向きに事態を受け止めるエステル、迷いを見せたカトリーヌ。
それぞれの言葉を受け、アニエスは……。
「ボクは、これでよかったんだと思う。ボクの中で、確かにお姉ちゃんは生きてる。それに、約束したもん。いつか、必ず目を覚ますって。だから、ボクは大丈夫さ!」
「強いのう、アニエスは。巌厄党やヴァスラ教団との戦いを経て成長したようじゃな。師匠として嬉しゅう思うぞ」
「えへへ、ありがとうししょー!」
「よし、今日はぱーっとお祝いをせねばならぬな! マリアベルに頼んで、とびきりのご馳走を作ってもらうのじゃ!」
コリンがそう叫ぶと、重い空気が一気に霧散する。アシュリーたちも笑みを浮かべ、コリンの言葉に頷いた。
「そうね、無事に全部終わったのだから暗い顔をしてちゃいけないわね。うふふ、今夜が楽しみね~」
「だな! ご馳走か……今から涎が止まらねえぜ!」
「せやなあ、ウチもわくわくが止まらへんわ!」
「ししょーのおうち……何だか緊張しちゃうなあ……!」
そんな他愛もない会話をしていたその時、アニエスはふと窓の外を見る。庭園の一角に咲き誇る青い薔薇を見て、呟きを漏らす。
「……そうだった。青い薔薇の花言葉は……『望みが叶う』だったね。ボクの願い……ちゃんと、叶ったよ」
離ればなれになった姉と再会したい。この十年の間祈り続けてきた願いは、見事果たされた。引き裂かれた双子は――今、一つになることが出来たのだ。




