44話―サバキノジカン
アニエスたちがラマダントを屠り、コリンがオラクル・ロルヴァを追走している頃。ヘミリンガを囲む防壁のすぐ外にて、戦いが起きていた。
プランB発動の直後、ロルヴァがヘミリンガ近郊に潜ませていた教団の戦闘部隊に出撃命令を下していたのである。
「防壁を越えさせるな! ワルドリッターの誇りにかけて街を守り抜け!」
「行け、同胞たちよ! オラクル・ロルヴァより課されし使命を遂行するのだ!」
カマキリに騎乗したエルフの騎士たちが、長い槍を脇に抱え突撃していく。カマと槍のコンビネーションで、次々と教団の戦士を蹴散らす。
「ダメです、地上の部隊を突破出来ません!」
「地上がダメならば空から侵入すればいい! 魔獣の群れを投入し、エルフどもを蹂躙するのだ!」
「ハッ!」
獰猛なカマキリのスピーディな攻撃に苦戦する教団側は、翼竜型の魔獣に騎乗し空から防壁を越えようと目論む。
翼竜に爆弾を搭載し、ついでに防壁を爆破しようとする……が、彼らの目論みが成功することはなかった。最強の助っ人が、壁上に待機しているから。
「それ、とつげ……な、なんだ!? 砂の……手なのか、これは!?」
「お、やっぱり来おったで。ベルシはんの言うた通りやな。さ、ゴミ掃除の時間やで。サソリ忍法、砂千手の術!」
事前にベルシと打ち合わせをし、エステルが街の防空を一手に引き受けていたのだ。壁上通路に鎮座する砂の塊から無数の手が伸びる。
エステルのうなじに、二重の円で囲まれた上を向くサソリを模した紋章……【ラーナトリアの大星痕】が浮き上がり、不気味に輝く。
「ほーれ、仲良くあの世に送ったるわ。ウチがいる限り、誰も街には入れへんでー」
「うわああ、こっちに来るなぁ!」
「まずい、爆弾が起爆し……ぎゃあああ!!」
「ほーれほれ、みんな捕まえて投げ返したるわ!」
反撃の隙を一切与えず、エステルは一方的に教団の部隊を蹂躙し殲滅していく。その様子を地上で見ていたベルシは、神に感謝する。
エステルが敵ではなく、味方であったことを。
「流石、【ラーナトリアの大星痕】を持つだけはありますね。彼女がいてくれて、本当に助かりましたよ」
「そうですね、副隊長。さあ、我々も教団の連中を倒していきましょう!」
「うむ! さあ、行きますよみんな!」
「おおーー!!」
首都防衛戦は、ベルシたちが優勢のまま決着を迎えようとしていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ふーむ、一体仕留めるのにディザスター・ランスが十発か。ムダにしぶといのう、この魔獣は」
その頃、コリンはオラクル・ロルヴァを追い森を駆け抜けていた。闇魔法スカイハイブーツを用い、枝から枝へ飛び移りながら進む。
(まずいまずいまずい……。ウチの神託魔術は直接戦闘には全く使えない! あのガキんちょに追い付かれたら、確実に殺される!)
「魔獣たちー、全力でウチを守りな! ヘミリンガまで逃げ切れば、部下たちと合流でき」
「そうはさせぬ。魔獣の堅さはもう把握した、次は一撃で仕留めさせてもらうぞよ! ディザスター・ランス【回転】!」
「グルアァァァ!!」
五体いる魔獣のうち、最後尾にいた一体に向かってコリンは闇の槍を放つ。これまでに用いた雨系統とは違う、新たな魔法で。
呼び出された槍がドリルのように高速で回転し、魔獣の背中に向けて飛んでいく。ラマダントとは違い、頑丈に出来ているボディを一発で貫いた。
「んなっ!? ちょ、マジありえねー! こっちの魔獣はちゃんと強化してあるのに!?」
「残念じゃったのう! 第二系統【回転】は第一系統【雨】と違って、数を出せぬ代わりに貫通力が高いのじゃよ! わっはっはっはー!」
自慢の魔獣が一撃で倒されたのを見て、オラクル・ロルヴァは驚愕する。大声で叫びながら、コリンは誇らしげに笑う。
逃げるのに必死で、ロルヴァ側はまともに反撃する余裕などない。とうの昔に、双方互角の戦いから一方的な狩りに変わっているのだ。
「さあ、残りの魔獣どもも仕留めてしまおうかのう! ディザスター・ランス【回転】!」
「ギャオオォン!!」
一体、また一体と魔獣たちが槍に貫かれ倒されていく。やがて、ロルヴァを乗せていた最後の一体が仕留められた。
「グル……ガァ……」
「わわわ! ふべっ!」
「落ちたのう。どれ、泥まみれになったアホヅラを拝ませてもらおうかの」
ぬかるみの中に落っこちたオラクル・ロルヴァを追い、コリンは悠々と距離を詰める。ぬかるみの手前で立ち止まり、相手が起きてくるのを待つ。
「うぐ……ぺっぺっ、口の中にドロが……。ちょーサイアク……」
「安心せい、ロルヴァ。これからもっと最悪な出来事がそなたに押し寄せてくるからのう」
「ヒッ! こ、こっちに来るなぁぁ!」
どうにかぬかるみから這い出たオラクル・ロルヴァだったが、目の前に立ちはだかるコリンを見て腰を抜かしてしまう。
すぐさまトドメを刺されるものと思い、ビクビクしながら身構えるオラクル・ロルヴァだったが……。
「ロルヴァ。貴様にチャンスをくれてやろう。貴様の能力で、わしを洗脳してみせい。もし成功すれば、一発逆転出来るのう? ん?」
「へ……? えへへ、なら……その選択をしたこと、後悔させてやるー! シェイク・脳ズ・ハッピー!」
予想外の展開に一瞬フリーズするロルヴァだったが、すぐに冷静さを取り戻す。コリンの言う通り、洗脳に成功すれば起死回生の一手となりうる。
勢い勇んだロルヴァは、両手の人差し指でコリンの左右のこめかみに触れ、脳を揺らす。が、彼女は気付いていなかった。
コリンがわざわざこんな手間をかけるのには、理由があるのだということに。
「おお、揺れるのう。不思議な気分じゃ、段々気持ちようなってきたわい」
「アッハハハ、バカなガキんちょだね! ウチに脳を揺らされると、あまりの気持ちよさにみーんな望むやうになるのさ。ウチの奴隷になるこ」
「じゃが、こんなまやかしの快楽に壊されるほどわしは弱くなどないわ!」
「いっ!? この、離し……いだだだ! 腕が、腕が折れるぅぅ!!」
「折る? その程度で済ませるつもりなど毛頭ないぞよ。多くのエルフたちの人生を狂わせてきたこの悪い腕は……引きちぎってくれる!」
コリンの目がとろんとしてきたことで、ロルヴァは勝利を確信する。が、それはただの演技。相手が抱いた希望を粉砕し、絶望の底に叩き落とすための……。
ただの『効いたフリ』でしかないのだ。コリンはすぐに演技をやめ、ロルヴァの両腕を掴む。力を込め、一気に腕を引きちぎってみせた。
「あああああああ!! 腕が、ウチの腕があああああああ!! いやああああああ!!」
「思い知ったかえ? お前に全てを奪われた者たちの『痛み』を。さあ、今度こそ終いじゃ。己の犯した罪を、永遠に償え!」
「ヒッ! や、やめて、許して!」
「許さぬ! ディザスター・ランス【豪雨】! ウーーーラーーー!!!」
「や、やだ……ああああああああ!!」
ぬかるみの中に蹴り飛ばされたロルヴァに、大量の闇の槍が叩き込まれる。断末魔の叫びをあげながら、ロルヴァは泥の中に沈んでいった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ああああああああ!! ……あれ? ここは……ヘミリンガの広場? なんでこんな場所に?」
しばらくして、正気に返ったロルヴァは何故か首都ヘミリンガにいた。傷一つない、五体満足の状態で。
何が起きたのか理解出来ず首を捻っていると、エルフの男の子が広場に入ってきた。とりあえず話をしようと、ロルヴァは近寄っていく。
「ちょっと、そこのエルフ! ウチの話を聞――!? う、ぐえっ!」
「ぼくの顔を見ても、何も思い出さないんだね? まあ、そうだよね。これまで壊してきた有象無象の顔なんて、いちいち覚えてられないもんね、ロルヴァ」
話しかけようとした、次の瞬間。男の子は懐に隠し持った短剣でロルヴァの腹を刺し、二回も捻った。崩れ落ちるロルヴァは、相手の言葉に目を見開く。
「う、うそ……あんたは、昔ウチが拷問して殺した……」
「あ、やっと思い出したんだ。そうだよ、ぼくは……いや、ぼくたちは! お前の快楽のためだけに殺された子どもたちだよ!」
男の子が叫ぶと、あちこちの建物からエルフの少年たちが現れる。その全員が、手に短剣を持っていた。
「ヒッ……! く、来るな! こっちに来るなぁぁ!」
「だめだよ。今度はお前の番なんだ、ロルヴァ。今度はお前が、苦しみながら死んでいく番だ! みんな、かかれ!」
「おーーー!!」
「きゃあああああああ!!」
エルフの少年たちはロルヴァに群がり、全身を滅多刺しにする。憎しみのこもった攻撃により、確かにロルヴァは息絶えた……はずだった。
気が付くと、廃墟となった村の広場で縛られ、エルフたちに囲まれていた。状況を呑み込めず、混乱してしまう。
「……はっ! え、え? なんで、何でウチは生きてるの? さっき、滅多刺しにされて」
「そうよ、ロルヴァ。あなたは死んだ。でもね、終われないの。あなたはずっと、ここで殺され続ける。あなたのせいで破滅させられた、私たちの手でね!」
「お前、は……ウチが、巌厄党の一員になるよう洗脳した……」
「私たち全員の恨みが晴れるまで、お前は滅べない。さあ、まずは目玉をくりぬいてあげる。からっぽになった眼窩に、煮えたぎった油を注いであげるわ」
「あ、あ……あああああああああ!!」
ようやく自分の迎えた末路を悟り、ロルヴァは絶望の叫びをあげる。だが、その程度でエルフたちは止まらない。
これまで行ってきた非道の報いを、ロルヴァはずっと受け続ける。エルフたちの恨みが消えるその時まで、ずっと。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ふん、よい絶望の顔を浮かべておるわ。わしの故郷だけに咲く寄生植物、『ジェイル・ハウス・ツリー』の種を持ってきて正解じゃったわ。さっき腕をちぎった時に、こっそり種を身体に植えさせてもらったぞよ」
一方、コリンは泥の中から生えてきた不気味な植物を見ながら満足そうに呟いていた。ガイコツのようにも見える植物は、ロルヴァの遺体を抱いている。
「ロルヴァ、貴様の魂は死んだ。じゃが、肉体は死なぬ。死体に寄生したジェイル・ハウス・ツリーが養分を送り、腐敗と破損を防ぐからのう。わしの故郷では、見せしめにも使われるのじゃ」
「ア……アア……」
「一度ジェイル・ハウス・ツリーに掴まれた魂は、木が枯れぬ限り解放されることはない。苦しむがよい。これまで働いた悪事の分、な」
牢獄の木に抱かれたロルヴァの遺体から、かすかに呻き声が放たれる。コリンは背を向け、去りながら呟く。
「幻影の世界で、永遠に死に続けるがよい。それが、わしが貴様に与える最後の裁きなのじゃから」
ロタモカ公国を揺るがしたオラクル・ロルヴァに下されたのは――死よりも重い、永遠の『磔刑』だった。




