43話―巌厄党の終焉
「ゴル、グルルゥ……グゥアアァ……」
「変身したてで、混乱してるみたいだね。なら、今のうちに! アニエス、ヒールを!」
「ありがとう、お姉ちゃん! これで元気いっぱいだよ!」
魔獣に変貌したラマダントが狼狽えている間に、テレジアは魔法を使いアニエスの傷を癒す。万端の準備を整え、四人は構える。
「あとはこのデカブツを仕留めりゃ、全部終わるってわけだ。気ィ引き締めてけよ、皆!」
「任せておくがいい。確か……アシュリーと言ったか。私も力を貸すぞ!」
「頼もしいわ~。よろしくね、テレジアちゃん」
「よーし、一斉攻撃だ! とつげきー!」
「グルル……ガアアアァァァ!!!」
アニエスが走り出したのを合図に、戦いの幕が上がる。魔獣と化したラマダントは、鋭い爪を備えた手を勢いよく振り下ろす。
狙われたのは、先陣を切っているアニエスだ。が、分厚い氷のタワーシールドを作り出したカトリーヌが割り込み、攻撃を受け止めた。
「ガルァ!?」
「あら~、中々のパワーね~。でも、わたしを挽き肉にするにはまだ足りないわ~。さ、みんな~。わたしを踏み台にしていいから、ぴょんって跳んで~」
「おう、いくぜカティ! とりゃっ!」
「土足で済まない! ふんっ!」
アシュリーとテレジアがカトリーヌの肩を踏み、大きく跳躍する。上を向いたラマダントの顔に向かって、同時に攻撃を叩き込む。
「食らえ! フレアストライク!」
「ムーンライト・ストックショット!」
「グルッ……ルァァァ!!」
「チッ、浅かったか! 目ン玉潰してやろーと思ったのによぉ!」
ラマダントが防御するよりも早く、二人の攻撃が炸裂する。テレジアの放った鋭い突きが目に突き刺さり、魔獣は凄まじい声で悲鳴をあげた。
アシュリーの方は僅かに届かなかったようで、魔獣は無事な右目で敵対者を睨み付けた。右腕を振り上げて、下から拳を打ち込もうとする。
「させないよ! プランツバインド!」
「グルッ!?」
「いいぞアニエス! そのまま腕を抑え込め! フルムーン・スラッシャー!」
「わたしもいくわ~。それっ、バハクインパクト!」
アニエスは双剣を地面に突き立て、生えてきた大量のつるを伸ばして魔獣の右腕に巻き付ける。動きを封じたところに、テレジアの斬撃が放たれた。
魔獣の右腕が肘から切断されるのと同時に、カトリーヌの一撃が左足を砕く。アシュリーたちが離脱するのと同時に、魔獣が仰向けに倒れ込む。
「案外、呆気ないもンだったな。ザコ過ぎて拍子ぬけしちまったぜ」
「そうね~、これなら四人も要らなかったかも~。さあ、コリンくんを追いかけ」
『どこに行くつもりダ? 俺はまだ……死んではいないぞォォォ!!』
あっさりと勝負がついたことに呆れつつ、その場を去ろうとしたアシュリーたち。その時、彼女らの脳内に直接ラマダントの声が響く。
「おい……嘘だろ、まさかまだ生きてンのか!?」
「それにこの声……もしかして、テレパシー!?」
『その通りだ、アニエス。ようやく、身体が馴染んできたところでな。こうして、お前たちに直接思考を送り込めるようになったぞ』
身体を起こしたラマダントは、ニヤリと笑う。アシュリーたちにつけられた傷が見るみるに再生していき、あっという間に癒えてしまう。
「傷が……! 厄介な能力だ。一撃で仕留めない限り、延々いたちごっこが続くというわけか」
『その通りだ、スレイブ・ゼロ……いや、テレジア。バカな奴だ、俺の奴隷のままでいれば死なずに済んだものを!』
「死ぬ? 死ぬのはあなただ、叔父上。今ここで! 全ての因縁を断つ!」
「そうだよ、これ以上好き放題にはさせない! ていやあっ! アシュリーたちは地上から攻めて! ボクたちは上をやるから!」
「おう、任せろ!」
アニエスとテレジアは剣を地面に突き刺し、つるを生やしその上に飛び乗る。急速に成長するつると共に上昇し、ラマダントの上半身を攻めるつもりだ。
『下らん、何をしようが俺を倒すことなど出来ん! 全員纏めて、あの世に送ってくれるわ!』
「おっと、そんな大振りな攻撃当たらないよーだ!」
「スピードならこちらが上だ、簡単には食らわないぞ!」
次々に生えてくるつるを移動しながら、双子は舞うような動きでラマダントを斬りつける。二人を叩き落とそうと腕を振りつつ、魔獣は足元を見下ろす。
足に攻撃を加えようとしているアシュリーとカトリーヌを牽制するべく、踏みつけを繰り返し自分から遠ざけようと試みる。
『邪魔だ! 羽虫どもが、俺の周りをうろちょろするんじゃない!』
「羽虫だぁ? ハン、ならその羽虫がてめぇをブチ殺してやるよ! ワンハンドレット・スピアー!」
『足を止めたな? これでも食らえ!』
「うおっ!? しっぽが!」
「シュリ、危ないわ! きゃっ!」
「ぐあっ!」
もう一度足を破壊しようと目論むアシュリーに、大きくしなるしっぽが襲いかかってきた。間一髪、カトリーヌが飛び込みガードする。
が、勢いを殺しきれず二人揃って吹き飛ばされてしまう。もつれあいながら地面を転がり、しばらく戦線に復帰出来ない状態にされてしまった。
「二人とも、大丈夫か!?」
『これで邪魔者どもは消えた。貴様らを先に始末してやる!』
「わわっ! つるを狙いはじめたぁ!」
あちこち跳び回るアニエスたちを捕まえるのは無理だと判断したラマダントは、二人が足場にしているつるに狙いを定めた。
鋭い爪でつるを切り裂き、アニエスとテレジアの足場を奪っていく。追い詰められていく中、テレジアが大声で叫ぶ。
「叔父上、一つ聞かせてもらいたい。何故こんなことをした? 巌厄党を操って罪の無いエルフたちを傷付け、母上を殺し! 父上とアニエスの心を引き裂き、私から十年を奪った。何故だ!」
『何故か、だと? フン、俺が王になれぬ国など要らぬからだ! 二十一年前、俺と兄貴の父……つまり貴様らの祖父は、己の後継者に兄貴を指名した』
つるへの攻撃を続けつつ、ラマダントは姪の問いに答える。声の調子から、テレジアたちは並々ならぬ憎悪を感じ取った。
『俺は闘争本能が強すぎるからと、こんな辺境の土地を与えられ王位から遠ざけられた。それがガマンならなかったのだ!』
「そんなの、めちゃくちゃだよ。だからって、この国を壊すの? そんなのは間違ってる!」
『黙れ! 誰が何を言おうが知ったことではないわ! お前たちを殺し、巌厄党を再建する。この国を滅ぼして乗っ取った後は、他の国を――』
「もういい、そこまで聞ければ十分だ叔父上。堕ちたものだな、正真正銘のクズに。なら、容赦なく打ち倒させてもらう!」
「うん! 今日ここで、叔父さんの悪事は全部終わりだよ!
聞くに堪えなくなったテレジアとアニエスは、ラマダントの言葉を遮る。一筋の涙と共に身内への情を断ち切り、身も心も悪に堕ちた叔父を討つことを宣言する。
『やれるものならやってみろ! たった二人で俺を倒せ――!?』
「二人だぁ? おい、誰か忘れてねぇか? アタイらだってよ、てめぇの所業に怒り狂ってンだぜ!」
「そうよ~。わたしたち、怒ると……凄く、怖いんだからね?」
『貴様らいつの間に!? ハッ、まさか!』
「今さら気付いたのかい、叔父上。そうさ、アシュリーさんたちが復帰するまでの時間を稼ぐためにムダ話をしてたのさ! 皆、今だ!」
テレジアたちが話をしている間に、アシュリーとカトリーヌが戦線に復帰しラマダントの足に手痛い一撃を叩き込んだ。
そのための時間を稼ぐために、わざとテレジアが問いを発したことに気付いたラマダントだったが、もう遅かった。
「いくぜ! バーニング・ドリラー!」
「バハクインパクト!」
『まずい、バランスが!』
アシュリーたちの攻撃がラマダントの左足を容赦なく破壊し、一時的に体勢を崩させる。アニエスたちには、それで十分だった。
それだけで、トドメを刺せる。二人が力を合わせれば。
「アニエス、今だ! 叔父上にトドメを!」
「うん! 合体奥義!」
「ジェミナイ……」
「ギロチン!」
『ぐ……あ……』
アニエスは素早くラマダントの背後に回り、姉と全く同じタイミングで剣に魔力を流す。すると、剣が巨大なギロチンの刃へと変わる。
二人は勢いよく前進し、二つのギロチンでラマダントの首を切り落とした。再生能力があろうとも、首を落とされれば無力。
『バカな……俺が、死ぬのか? 嫌だ、俺は……まだ、何も果たせて……ない……』
「さようなら、叔父さん。あの世で、自分が利用してきたエルフたちにもっかい殺されちゃえ!」
「地獄で苦しめ。私たちが受けた分までな」
地に落ちた魔獣の頭を見ながら、双子の姉妹はそう口にするのだった。




