42話―奴隷が目覚める時
「二人の戦いに邪魔はさせぬぞ! ダークネス・ウォール!」
「闇の魔力で作った壁か。フン、よかろう。どうせスレイブ・ゼロが勝つのだ、アニエスが死んでいくのを見届けてやろうではないか」
コリンは双子の戦いに横やりが入らないよう、半径十メートルほどの円形の壁を作り出す。状況を把握出来るよう、壁は半透明になっている。
次々に襲ってくる教団の戦士たちを消し飛ばしながら、コリンは大声を張り上げアニエスに激励の言葉を送った。
「ゆけ、アニアス! そなたの手で、姉を救い出すのじゃ! 一日しかなかったが、わしとの修行を思い出すのじゃ!」
「うん! 分かったよ、ししょー!」
「倒スノカ、コノ私ヲ。面白イ、ヤレルモノナラヤッテミロ!」
両手にロングソードを持ち、スレイブ・ゼロはアニエスの懐に飛び込む。刃が届くよりも前に、アニエスはスライディングで股下をくぐる。
「隙アリ! アッパースラッシュ!」
「隙? ソンナモノハナイ。ソノ程度、食ラワヌ!」
無防備な背中を攻撃し、生やしたつるを巻き付かせて動きを封じようとするアニエス。が、スレイブ・ゼロは素早くジャンプし攻撃を避けた。
身体を捻り、後ろを向きつつ双剣を振り下ろしアニエスを真っ二つにしようとする。幸い、ガードが間に合い事なきを得られた。
「あの羽根飾り、なんつー身軽さだ。前に会った時より、スピードが上がってやがる……オラッ!」
「ぐああっ!」
「そうねえ、アニエスちゃん、パワーは相手よりあるみたいだけど……。大丈夫かしら。えいっ!」
「うぎゃぱっ!」
アシュリーとカトリーヌも、それぞれ敵を粉砕しながらアニエスを心配する。力ではアニエスが、スピードではスレイブ・ゼロが相手を上回っている。
互いの持つ長所をどう活かし、短所をどうやって補うか。それが勝敗を分けることになるだろうと、コリンたちはそう睨んでいた。
「アニエス……」
「よそ見してる場合か、小僧! お前の相手はこのダイモス様が」
「うるさい」
「ぐああああ!」
戦いの行方が気になるようで、コリンはチラチラアニエスたちの方へ視線を送る。そこに、以前戦った教団の刺客が襲ってくる……が、よそ見したまま返り討ちにしてみせた。
「ナカナカニ、ヤルナ。オ前ヲ殺シタ後ハ、アノ子ドモヲ八ツ裂キニスルトシヨウ!」
「そんなこと、絶対させない! 思い出して、お姉ちゃん。ボクやお父様のことを。みんなで過ごした、あの日々を!」
「ハッ、ムダだぞアニエス。スレイブ・ゼロにはオラクル・ロルヴァが強力な洗脳を施したんだ。何を言おうが、もう二度と記憶は戻らん! 絶対にな!」
「そんなことない! 絶対に、絶対に記憶を取り戻してみせる!」
ラマダントの挑発を意に介さず、アニエスはスレイブ・ゼロと戦いつつ説得を試みる。過去の思い出を語り、記憶が戻るきっかけを得る作戦に出た。
「ねえ、覚えてる? 四歳の時、二人で森できのこを採ってきてさ。ロクに図鑑で調べもせずに食べて、お腹壊しちゃったことがあったよね」
「黙レ、ソンナノハ知ラナイ!」
「じゃあ、これは? 五歳の時に、お気に入りの絵本を間違って城下町のフリーマーケットで……」
「ウルサイ奴メ、ソノ口ヲ黙ラセテヤル! ダンシング・ムーン・リッパー!」
しつこく話しかけてくるアニエスにキレたスレイブ・ゼロは、目にも止まらぬ速さで剣を振るい舞うような動きで連続攻撃を放つ。
「きゃあああ!」
「アニエス!」
「お、やるじゃーん。あんだけ威勢のいいこと言ってたクセにフルボッコにされるとか、マジでウケるー」
「フン、だから言ったのだ。スレイブ・ゼロは最強の戦士! アニエスごときでは勝てないとな!」
凄まじいスピードに対応しきれず、アニエスは手足や身体を切り裂かれてしまう。その様子を見て、オラクル・ロルヴァとラマダントが嘲笑する。
コリンたちは助けに行こうとするも、二十人近く生き残っている敵に足止めされ近付けない。さらに、魔法陣から増援までやって来た。
「チッ、邪魔なんだよてめぇら! 食らえ! 華炎薙ぎ払い!」
「ぐあああっ!」
「ディザスター・ランス【雨】! まずい、このままではアニエスが!」
敵を仕留めれば仕留めた分だけ、増援が現れ数がほとんど減らない。地に倒れたアニエスの元に、ゆっくりとスレイブ・ゼロが近付く。
「う、うう……」
「アッケナイモノダッタナ、アニエス。サア、トドメヲ刺シテヤロウ。サア、アノ世ニ――!?」
「思い、だして。何があっても、ボクを守ってくれたあの優しさを。お願い……おねえ、ちゃん。もう一度……ボクに、笑ってよ」
最後の力を振り絞り、アニエスは身体を起こしスレイブ・ゼロに飛び付く。力いっぱい抱き締めながら、すがるように言葉を口にする。
溢れ出した涙が頬を伝い、スレイブ・ゼロの肩に落ちた。その瞬間、スレイブ・ゼロの中から消されたはずの、過去の記憶がよみがえっていく。
『おねえちゃん、いいてんきだよ。おそとであそぼうよ!』
『いいよ。よーし、どっちがおおきいどんぐりをみつけられるかきょうそうだ!』
『うん! まけないよ!』
「グ……ウ。ナンダ、コレハ? コノ光景ハ……一体」
「む! アシュリー、カトリーヌ、あれを見よ。スレイブ・ゼロの様子がおかしいぞよ」
「本当ね、もしかしたら……!」
過去の記憶がフラッシュバックし、スレイブ・ゼロは戸惑い剣を手放す。剣が地面に落ちるのと同時に、新たな記憶を思い出した。
『もー、まーたアニエスったらおもらししてー。せんたくちょーさん、またかんかんになるよ?』
『う、ひっく。ごめんなさぁい……』
『しょうがないなぁ。いっしょにあやまってあげるから、いこう? つぎからきをつければいいもん、だいじょーぶだいじょーぶ』
『ありがとう、おねえちゃん……』
「ヤ、メロ……私ヲ、惑ワスナ……。私ハ、巌厄党ノ忠実ナル戦士、スレイブ・ゼロ」
「違う! お姉ちゃんは叔父さんの操り人形なんかじゃない! この世でたった一人しかいない、ボクの大好きなお姉ちゃん――テレジア・オーレインなんだ!」
過去の記憶を振り払おうとするスレイブ・ゼロ――否、テレジアをさらに強く抱き締め、アニエスは思いの丈を叫ぶ。
その瞬間――テレジアは、全てを思い出した。己が何者なのか。誰のために戦い、誰を守らねばならないのか……その全てを。
「何をやっている、スレイブ・ゼロ! さっさと振りほどいてトドメを」
「黙、レ……! 私ハ……私は、スレイブ・ゼロなんかジャない。私は! テレジア・オーレインだ!」
切羽詰まったラマダントの叱責を遮り、大声で叫んだ。アニエスの身体を離して立ち上がり、拳を握り締める。
そして――『巌厄党の戦士』の象徴である仮面を、おもいっきり殴り付けた。殴った部分から亀裂が広がり、仮面が砕け散る。
「ごめんな、アニエス。十年間、ひとりぼっちにして。そして、ありがとう。私を、救い出してくれて」
「お゛ね゛え゛ち゛ゃ゛あ゛ん゛……うう、わぁぁぁぁん!!」
「はは、相変わらず……お前は、泣き虫だなぁ……」
アニエスとテレジア、もっとも始祖に近い二人だけが持つ魂の絆が、オラクル・ロルヴァの魔法に打ち勝ったのだ。
泣きじゃくる妹を抱き締め、テレジアもまた喜びの涙を流す。今この瞬間をもって、戦いの流れは決定的に変わった。
「ようやったのう、アニエス。さて、これでもう最強の切り札はなくなったのう、ラマダント。そしてオラクル・ロルヴァ!」
「う、ウソっしょ……!? ウチの神託魔術が……【シェイク・脳ズ・ハッピー】が解けるなんて、そんなのマジありえねえー!!」
「俺は……夢を、見ているのか? スレイブ・ゼロが……完全に、記憶を……」
「さて、そろそろこの戦いも終いにしよう。ディザスター・ランス【雨】!」
予想外の事態にフリーズする両首領をよそに、コリンは大量の闇の槍を降らせる。増援を呼び込んでいた魔方陣ごと、敵の戦士たちを殲滅してみせた。
「さぁて、これでもう何も出来ねえなぁ、お二人さンよぉ。ボコボコにされる覚悟はいいか? 骨の一、二本じゃ済まさねえぞゴラ」
「ええ、そうね~。アニエスちゃんとテレジアちゃんが味わった苦しみ……百倍にして返してあげるわ~」
「そういうことじゃ。二人とも、神妙にせい。もう、おぬしらは詰んだのじゃ」
「……ふ、ふふ。詰んだ? このオッサンはともかく、このウチが? ざぁーんねんでした! こっちには、最後の隠し玉があるんだよお!」
「ぐ、う……があああっ!!」
殺気を放出しながら、コリンたちが一歩を踏み出したその時。突如として、ラマダントが苦しみ始めた。
それと同時に、教団の戦士たちの死体のいくつかが異形の魔獣へと姿を変えていく。獅子のような頭部とドラゴンの身体を持つ、おぞましい獣へと。
それは、ラマダントも同様だった。
「ロル、ヴァ……お前、俺に……一体ィ、何をしたァァァ!?」
「いやー、悪いねー。こんな時に備えてさぁ、呪いかけといたんだよ。つーわけで、ここで大暴れしてちょー。ウチがヘミリンガに逃げ切るまで、時間稼いどいてー。じゃ!」
「奴め、逃がすものか! ディザスター・ランス!」
「グルアアア!!」
教団の戦士たちが変じた数体の魔獣を引き連れ、オラクル・ロルヴァは逃走を図る。コリンは闇の槍を放って妨害しようとするも、ラマダントだった魔獣に阻まれてしまう。
「ほう、わしのディザスター・ランスを受けて無傷とはのう。こやつ、中々に頑丈じゃな」
「ししょー! ここはボクたちに任せて、あの女を追って! あいつらがヘミリンガに着いたら、街がめちゃめちゃにされちゃう!」
「行って、コリンくん。ここはわたしたちが受け持つわ。だから、あっちは頼んだわよ~」
「済まぬな、あやつは任せたぞ。わしの名にかけて、必ずやオラクル・ロルヴァを仕留めるでな。みな、無茶はするでないぞ!」
コリンはラマダントの相手をカトリーヌたちに任せ、単身オラクル・ロルヴァを追う。アニエスとテレジアは闇の壁から出て、アシュリーたちと合流する。
「アニエス、下がってな。その傷じゃあ戦えねえだろ?」
「大丈夫だよ、アシュリー。ボクはまだ戦える! だって、お姉ちゃんがいるから!」
「ああ。ここからは私も手を貸そう。叔父を倒し、全てを終わらせる!」
双子の運命を弄んできた者たちとの戦いが、ついに――クライマックスを迎えようとしていた。




