41話―決戦の日、来る
翌日の朝。フラルコルに向かう前に、コリンは自分の城に戻ってきていた。黒幕を捕らえた時のための準備をしているのだ。
「これとこれを持って……よし、準備万端じゃな。腐れ外道どもに相応しい末路を……」
「失礼致します、お坊っちゃま。ワルダラ城とのリンクが完了しました。敵が奇襲してきても、護衛対象を守り抜けます」
「おお、ありがとうのうマリアベル。済まぬのう、いきなり無理を言うて」
「何をおっしゃいます、お坊っちゃま。わたくしはあなた様の忠実なるしもべ。あなた様にお仕えすることこそが、我が喜び。こうして頼りにしていただけることが、嬉しいのです」
自分たちの留守を見計らい、巌厄党や教団がベルナックを抹殺しに来る可能性を考慮したコリンは、マリアベルに協力を依頼した。
ワルダラ城と一時的に融合することで、マリアベルが意のままに城の全てを操ることが出来る状態にしたのだ。
「そうか。そう言ってくれると、わしも嬉しいぞよ。そなたとは、赤ん坊の頃からの付き合いじゃから」
「ええ。本当ならば、わたくしも共に参りたいところですが……残れと命ずるならば、従うだけ。お坊っちゃま、あなた様が無事にお戻りになられるのを心より祈っています」
「ありがとうのう、マリアベル。待っておれ、逆賊どもを一捻りしてくるでな。戻ったら戦勝祝いにぱーっと宴をするのじゃ!」
「かしこまりました。とびきりのご馳走を作って、お帰りをお待ちしています」
応援の言葉を背に、コリンはワルダラ城に戻る。アシュリーたちと合流し、ラマダントが治めるビゼイン領へ向かう。
「おかえりなさい、ししょー。さあ、叔父さんのところにレッツゴーだよ! 今回は特例でワルドリッター専用のワープマーカーを使う許可が出たから、すぐに到着出来るよ!」
「やる気十分、って感じだなコリン。さあ、クソ野郎どもをブチのめしに行こうぜ!」
「うむ、時は満ちた。今こそ、この国に巣食う邪悪を滅ぼす時じゃ! エステル、留守は任せたぞよ」
「ウチに任しとき。怪しい奴は爪先すらこの城には入れへんさかい。武運を祈るで、行っといでや!」
公王を守るために残ったエステルやベルシたちに見送られ、コリンたちはビゼイン家領へ向け出発する……が。
「なあ、やっぱりこのカマキリに乗ンないとダメなのか? 徒歩とか馬車じゃ……」
「ダメだよ? 騎士団専属のカマキリちゃんがいないと、ワープマーカーが反応しないから」
「ぐっ……なら仕方ねえ。こうなりゃ最終手段だ! カティ、お前にしがみつく!」
「あらあら~、しょうがないわね~。シュリってば、怖がりさんなんだから~」
相変わらず虫がダメなアシュリーは、カマキリに跨がったカトリーヌの背中にしがみつくという荒業を敢行することにしたらしい。
その姿は、あまりにも滑稽だった。笑いを堪えるのに苦労しながら、コリンたちはカマキリを駆り一路東へと突き進む。
「さあ、今日この日を巌厄党の命日にしてくれようぞ! 皆の者、出発じゃあ!」
「おーーー!!」
◇―――――――――――――――――――――◇
コリンたちがヘミリンガを発ってから数時間後。ロタモカ公国の東端にあるビゼイン領都、フラルコルにある城にてラマダントは襲撃計画を練っていた。
「ふむ、これでよし。後はスレイブどもを集めて……」
「ラマダント様、大変です! 領都の入り口に、アニエス様がお見えになっています!」
「何!? チッ、やはりあの小僧が感付いたか。仕方ない、プランBに切り替える。オラクル・ロルヴァに連絡を。奴らをここで暗殺してやる!」
こちらから攻め込む気でいたラマダントだったが、コリンたちの方からやって来たことで作戦変更を余儀なくされる。
「かしこまりました、ではアニエス様たちをお通ししても?」
「連れてこい。だが、気取られるなよ。我らの目論みをな」
「かしこまりました」
「ま、仮に見破られたとしても……この街に住む者はみな巌厄党とヴァスラ教団のメンバーだ。フクロ叩きにしてしまえばいい。ククク……」
コリンたちを始末する算段をつけながら、ラマダントは悪意に満ちた笑みを浮かべる。十数分後、コリンたちが到着したとの知らせを受けた。
怪しまれないよう、出来る限り自然体で一行の元に向かい、さも歓迎しているかのように振る舞う。
「やあ、よく来たなアニエス。遊びに来るのだったら、連絡をくれてもよかったのに」
「ごめんなさい、叔父さん。急に会いたくなっちゃって」
「はは、それは嬉しいね。さ、おいで。有り合わせのものしかないが、茶でも」
「その必要はないぞよ、ラマダント殿。単刀直入に聞かせていただこうか。おぬし、巌厄党と繋がっておるな?」
城の中に入れてしまえば、後は数の暴力で楽に処理出来る。そう目論んでいたラマダントの耳に、コリンの声が響く。
「……なんのことかな? 俺も彼らには困らされている立場なんだよ? そんなこと、あるわけな」
「とぼけるのかえ? 言うておくが、おぬしがアニエスに渡したイヤリングのからくりはもう解明済みじゃぞ。おぬしが毒を仕込んでいたこと、すでにみな知ってお」
「コリン、あぶねえ!」
ラマダントを問い詰めようとしたその時、廊下の奥から短剣が飛んでくる。素早く槍を呼び出したアシュリーが、短剣を弾き落とす。
その間に、ラマダントは転移魔法を使い逃げてしまった。追いかけようとした直後、前後から挟み撃ちにするように仮面を着けたエルフたちが現れる。
「やはりな。わしの睨んだ通りじゃったわ。これだけ周到な用意をしていたところを見るに、奴が巌厄党の首領に違いあるまい」
「……そう、みたいだねししょー。とてもショックだけど、今は落ち込んでる場合じゃないよね。まずは、ここを切り抜ける!」
「ええ、そうよ。わたしたちも力を貸すわ!」
「うむ、まずはこやつらを無力化する! みな、ゆくぞ!」
「ククク、死ネェ!」
コリンたちはそれぞれの星遺物を呼び出し、まずは背後――フラルコルの街から来るエルフたちを倒していく。狭い城の中ではなく、広い街で戦うことを選んだのだ。
「あなたたちに恨みはないけれど、しばらくおねんねしていてもらうわ~。ホームラン・スウィング!」
「急所は外しておくからよ! ワンハンドレット・スピアー!」
「グアアア!!」
先鋒をアシュリーとカトリーヌが務め、仮面のエルフたちを蹴散らす。一方コリンとアニエスは、城の中から湧いている敵を倒していく。
「ごめんね、少しの間寝ててもらうよ。後で、洗脳を解いてあげるから! リーフスラッパー!」
「殺すことなく無力化する……簡単なようで難しいものじゃな。ディザスター・バインド【夢心地】!」
「ウグッ、身体ニツルガ!」
「ナンダ、ドンドン眠クナッテ……キタ……」
ある者は全身を植物のつるでぐるぐる巻きにされ、またある者は闇のロープから分泌される眠りの魔力で夢の中に旅立つ。
三十分も経つ頃には、街や城の中にいたエルフたちのほぼ全てを無力化することが出来ていた。街の広場にて、コリンたちは身体を休める。
「ふう。これで全員、気絶なり眠らせるなり出来たわけだな。ったく、恐ろしいもンだぜ。この街の住民、ほぼ全員巌厄党の連中なのかよ」
「うん、そうみたいだね。叔父さん……どうして、こんなことを」
「それは直接、本人に聞くしかあるまい。さ、体力も回復したじゃろう。そろそろ城の方に」
「アッハハハ、行かせるわけないじゃーん? お前たちみーんな、ここで死ぬんだよー」
城の方に向かおうとしたその瞬間、不愉快な声が響き渡る。直後、広場を包囲するように大量の魔法陣が地面に現れ、教団の戦士たちが転送されてきた。
その中の一人、黒い法衣とケバケバしい化粧をした女にコリンは見覚えがあった。エルフたちの記憶の中にいた、オラクル・ロルヴァと呼ばれていた人物だ。
「その顔……なるほど、貴様がオラクル・ロルヴァじゃな?」
「お、ウチのこと知ってんだー。じゃ、自己紹介はいらないかなー?」
「チッ、増援か。百人近くいるな、こりゃ。骨が折れそうだぜ」
広場を包囲する教団の戦士たちは、ざっと見ただけで百人近くはいる。この程度ならなんとかなるとコリンが考えていた、その時。
「! 気を付けて、ししょー。誰か来るよ! この気配……もしかして」
「そうだ、アニエス。俺の腹心、巌厄党の戦士の中でも最強の存在……スレイブ・ゼロだ。お前に会わせるのは、二回目になるなぁ。ククク」
教団の戦士たちの頭上を飛び越え、広場の中に一人のエルフが躍り出る。現れたのは、身も心も完全に支配されたスレイブ・ゼロ――テレジアだった。
人の壁が割れ、向こう側から新たな巌厄党の戦士たちを引き連れたラマダントが現れる。数の優位を得たことで、気が大きくなっているようだ。
「スレイブ・ゼロよ、アニエスを殺せ! それ以外の者たちは、あのガキどもを始末するのだ!」
「そーれ、皆やっちゃえー。オラクル・ベイルの仇も討たなきゃだしねー。かかれー!」
ラマダントとオラクル・ロルヴァの指示に従い、敵が一斉にコリンたちに襲いかかる。教団や巌厄党の戦士たちを闇の槍で倒しつつ、コリンは舌打ちする。
「チッ、面倒な……。全員まとめて、わしが」
「待って、ししょー。スレイブ・ゼロ……ううん、お姉ちゃんはボクに任せて。必ず、正気に戻してみせるから!」
「分かった。ならば、背中は任せい。そなたには、他の者どもの指を一本たりとも触れさせぬからのう」
「ありがとう、ししょー!」
姉を救うため、アニエスは剣を握る手に力を込める。目の前に立つスレイブ・ゼロを見据え、走り出す。
「待っててね、お姉ちゃん。必ず助けるから!」
「来イ。オ前ヲ、八ツ裂キニシテヤル!」
引き裂かれた双子の戦いが、始まる。




