40話―逆襲へのカウントダウン
ベルシやアニエスと共に、コリンは研究棟に到着した。四階にある検死解剖室にて、解剖台の上に並べられた遺体を調べる。
「ふむ……やはりな。教団の連中め、わしが記憶を抜き取れんように脳に細工をしておるわ。抜け目のない奴らじゃのう」
「そーなると、記憶は抜き出せないの? ししょー」
「丁寧にプロテクトを剥がしていけば完全な状態で取り出せる。が、それには一月はかかるのう。流石にそこまで手間はかけられん。こっちのはナシじゃ」
「となると、巌厄党の構成員たちの記憶を抜き出すということになりますね?」
「左様じゃ、ベルシ殿。不完全な記憶を抜き出したところで、結局は遠回りになるだけ。なれば、この者らから記憶を抜いた方が早い」
教団の戦士たちの記憶を摘出するのは時間がかかりすぎると判断したコリンは、的を巌厄党のエルフに絞ることを決める。
早速記憶を抜き出すべく、コリンは遺体の元に向かう。黙祷を捧げた後、そっと左右のこめかみに両手の人差し指を当てた。
「済まぬが、そなたらの記憶を抜き取らせてもらう。闇魔法、メモリー・スナッチ! これで、手がかりを得られ――!?」
記憶を抜き取ろうとした瞬間、コリンの中に濁流のように様々な感情と記憶が流れ込んでくる。それは、あまりにも哀しくおぞましいものだった。
『お父さん、お母さん! 今助け……』
『もう、無理だ……。この傷じゃ、もう私たちは助からない。お前だけでも、逃げ……ぐはっ!』
『逃がすわけないだろ? 老いぼれや男は殺す。女はいたぶり、ガキは捕まえる。それが俺たち巌厄党のやり方だぁ!』
『いやあああ! お父さぁぁぁん!』
目の前で愛する家族を殺され、全てを奪われた怒りと悲しみ。
『オラクル・ロルヴァ。連れてきました、中々に見込みがありますよこいつは』
『おっ、いいねぇー。その絶望にまみれた顔、ちょーウケるー。んじゃ、サクッと脳ミソ揺らしちゃいますかー』
『やだ……やだ! 離して! おうちに帰して! 帰してよ!』
『やーだよー。もうアンタの帰るとこなんてないの。分かる? ま、安心しなよ。そんな悲しみ、脳ミソと一緒に揺れて忘れちゃうからねぇ! ほら、この仮面をあげる。これを着ければ、もうウチらの奴隷さ!』
『いやあああああ!!』
悲劇の果てに、身も心も支配され傀儡に変えられる恐怖と絶望。それらをモロに浴びたコリンは、全てを理解した。
「ししょー、大丈夫? 顔が凄く青いよ?」
「何ということじゃ……。この者……いや、この者だけではない。仮面を着けている者はみな、操られている傀儡に過ぎぬとは」
「な、何ですって!?」
驚くベルシやアニエスに、コリンは抜き取った記憶を見せる。とある村が焼かれ、巌厄党に拉致され――最後には、仮面を着けられ傀儡に堕とされる。
その一部始終を見たアニエスたちも、巌厄党の所業に怒りを現す。予想以上の外道な行いに、どんどん表情が険しくなっていく。
「酷い、酷すぎるよこんなの。巌厄党のウワサはいろいろ聞いたけど……こんなことをしてるなんて許せないよ!」
「私もです、アニエス様。しかし、最後の場面に出てきた部屋、何か既視感がありますね。どこかで見たような……」
「まあ、ゆっくり思い出してくれればよい。すぐに残りの二人の記憶も抜き出すでな。終わり次第、公王殿に報告じゃ」
抜き取った記憶を球状に固めた後、コリンは手早く残り二人の記憶も取り出した。記憶のオーブを持ち、三人はベルナックがいる玉座の間に向かう。
「さ、急がんとのう。善は急げじゃ、このまま」
「ただいま戻ったで、コリンはん! ぎょーさん情報仕入れてきたさかい、喜んでや」
「む、帰ってきたかエステル。ちょうどよい、そなたも玉座の間に来ておくれ」
「ん、りょーかいしたで。なんや、えらい気迫やな三人とも」
廊下を走っていると、情報収集を終えて戻ってきたエステルとかち合った。一緒にベルナックの元に向かいつつ、コリンは一部始終を話す。
「なんや、それ。なんちゅう外道どもや、そんな奴ら生かしておけへんわ!」
「じゃろう? まずは公王陛下に報告して、それから次にどう動くかプランを練らねばならん。そなたの持ち帰ってきた情報、期待しておるぞ」
「おっしゃ、任しときや。途中でアシュリーはんたちに会うてな、先に玉座の間に向かわしとる。合流したら作戦会議や!」
「うむ!」
玉座の間に着くと、エステルの言葉通りすでにアシュリーとカトリーヌがいた。彼女らも交え、コリンは巌厄党のエルフたちから抜き出した記憶を見せる。
彼ら彼女らが受けた仕打ちを目の当たりにしたベルナックたちもコリンらのように激しい怒りを覚える。怒りが冷めぬうちにと、作戦会議が始まった。
「犠牲になった者たちの魂の安らぎのためにも、早急に手を打たなくてはならん。早速で済まないが、それぞれの活動の結果を報告してほしい」
「じゃあ、まずはアタイとカティから。冒険者ギルドやウィンター救貧財団を回って、いろいろ聞いてきたぜ」
「巌厄党のエルフたちは、町や村を襲う時に必ず東からやって来るって話を聞けたわ~。たぶん、本拠地がこの国の東側にあるんじゃないかしら~」
コリンたちは玉座の間の隣にある会議室に移動し、円卓を囲む。対巌厄党及びヴァスラ教団殲滅のための会議が始まる。
最初に報告をしたのは、アシュリーとカトリーヌのコンビだ。それぞれが集めた情報を一つに纏めて整理し、報告を行う。
「西は他の国との国境が近いから、本拠地にするにゃあリスクが高いからな。アタイとしても、カティの意見に同意だ」
「東側、かぁ。確かに、ボクもそう思う。でも、東の方には叔父さんの領地があるし、巌厄党には目を光らせてるはず……」
「その叔父さんゆーのは、ラマダントって男のことやな? 実はなぁ、その男に関して黒い話がいくつか集まったんや」
アニエスの呟きに割り込む形で、エステルが話し出す。懐から手帳を取り出し、集めた情報をベルナックたちに伝える。
「そのラマダントっちゅー奴の治めとるビゼイン家領に、怪しい格好をしたエルフたちが出入りしとるっちゅう話や。証拠の魔導写真もあるで、ほれ」
「うむ、これは確かに怪しいのう。むしろ、よくこんな格好で出歩けるもんじゃな」
「ええ、確かにこれはおもいっきり怪しいですね」
「わざわざビゼイン家領まで行ってきたんや、苦労したんやで? 本来丸一日かかる距離を数時間で往復したんやからな。ホンマ疲れたで……」
懐から証拠の写真を取り出し、エステルは机に突っ伏す。情報を集めるのに奔走した結果、疲れてしまったらしい。
写真にはビゼイン領都フラルコルの街並みと、黒衣を纏った怪しいエルフが写っている。よく見ると、エルフの手には仮面らしきものが握られていた。
「公王陛下、見てください。このエルフ、巌厄党の構成員が持つものとよく似た仮面を持っています」
「言われてみれば、確かによく似ている。もしかしたら、ラマダントの目を欺き、巌厄党の者たちが巣食っているのやもしれぬな」
「いえ、わしはラマダント本人が巌厄党の協力者もしくは一員じゃと睨んでおりまする、公王陛下。実は、このようなことがありましてな」
ベルシたちの会話にコリンが参加し、修行中の一幕について語る。ラマダントが来たこと、プレゼントと称してアニエスに毒入りのイヤリングを渡したこと。
その全てを、証拠品を交えて包み隠さず話した。
「それが例のイヤリングなんだね? 済まないが、調べさせてもらってもいいかな」
「もちろんです。仕込まれていた毒はあらかじめ無毒化しておきました故、問題なく触れまする」
「ウソだ……叔父さんがボクを殺そうとするなんて、そんなの有り得ないよ。だって、いつも会いに来るたびにボクのこと心配してくれて……今日だって、叔父さんは……」
「アニエス、残念なことだがコリンくんの言う通りだったよ。このイヤリング、よく出来た暗器に仕上がっている。間違いなく、ラマダントには殺意があった」
イヤリングを調べ終えたベルナックは、悲しそうに顔を伏せながらそう口にする。信頼していた弟が、愛娘を暗殺しようとしていた。
その事実に、アニエスやベルシ共々深いショックを受けていた。あまりのいたたまれなさに、アシュリーたちもうつむいてしまう。
「……聞きに行こう。叔父さんと直接話をして、真相を暴くしかないよ。もし本当に巌厄党に関わってるのなら、絶対に許さない!」
「わしらも当然、同行させてもらう。犠牲者の記憶の中で見た女は、オラクルと呼ばれておった。まず間違いなく、教団も協力しておる。同時に潰さねばならん」
「ならば私も共に!」
「いえ、公王陛下はここにお残りくだされ。敵が罠を張り巡らせ、王を抹殺しようと待ち構えている可能性もありまする。直接出向くのは、あまりにも危険です」
暫し動揺した後、アニエスは決意を固める。ラマダントの正体を暴き、真実を白日の元にすることを決めたのだ。
ベルナックも同行しようとするも、敵の罠を警戒したコリンに止められる。万が一公王が死ねば、公国が大混乱に陥るのは明白だからだ。
「ほな、万一の事態に備えてウチはココに残るわ。アシュリーはんたちがいれば、戦力は十分やろ? 一人くらい、守りに専念しといた方がええわ」
「よーし、明日叔父さんのいるフラルコルに行こう! 必ず真実を暴いてやるー!」
握り締めた拳を天に突き出し、アニエスは叫ぶ。決戦の時が、近付いてきていた。




