38話―森の国に潜む悪
コリンたちはテレジア捜索に向け、各々のやるべき事を始めた。アシュリーたちは情報収集に、コリンとアニエスは教団や巌厄党との戦いに向け修行をする。
「さて、まずはかるーくそなたの実力を見せてもらうとするかのう。さあ、武器を呼び出すがよい」
「はーい! お手柔らかにお願いしまーす! こい、星遺物……樹双剣グーラヘイム!」
アニエスが両手を前に突き出すと、エメラルドグリーンの刀身を持つ二振りのロングソードが現れた。鍔の部分には、薔薇をあしらった装飾が施されている。
「これがボクの星遺物だよ。さあ、いつでも始められるよししょー!」
「うむ、ではまず……闇魔法、セーフティスキン! これで、全力で戦っても怪我をすることはない。さ、始めようぞ。先手は譲るでな、かかってく」
「せいやっ!」
二人の身体を薄い魔力の皮膜が覆い、傷を負わないように守りの加護を与える。コリンが最後まで言い切る前に、アニエスが仕掛けた。
素早く跳躍し、視界の外に消えたあと猛スピードで急降下して剣で突き刺そうとする。が、コリンはスッと後ろに下がり、攻撃を避けた。
「わっ、避けられちゃった!?」
「ふむ、いい不意打ちじゃった……が、攻め方がストレート過ぎるのう。なかなかの速度があるのじゃから、背後に回り込むくらいしてみい。こんな風にの!」
「ひゃっ! なんのっ!」
コリンは軽快なステップを駆使し、一瞬でアニエスの背後に回ってみせた。そのまま手刀を叩き込もうとするも、寸前で回避される。
「次はこっちの番だよ! リーフスラッパー!」
「む、ぬうっ! 威力は合格じゃな、これくらい重い一撃を放てるのであれば次のステップに進めよう」
「えへへ、いきなり誉められちゃった! でもねししょー、グーラヘイムの力はこんなもんじゃないんだよ。生えろ、植物!」
「! わしの腕から植物のつるが!」
斬撃を腕で受け止め、威力を誉めるコリン。直後、腕に異変が起こる。攻撃を受け止めた部分に、にょきにょきとつるが生えてきたのだ。
つるはどんどん伸びていき、コリンの身体の方に向かう。このまま全身を絡め取り、動きを封じてしまうつもりなのだ。
「グーラヘイムで斬った場所に、ボクの任意で植物を生やすことが出来るんだよ。どう? 凄いでしょ」
「これは驚いた。実に興味深いのう。じゃが、わしを降参させるのには至らんな。闇魔法、ディザスター・サイス【収穫者】!」
アニエスの能力に感心するコリンだったが、自分の方が上手であると見せつけるため中位の闇魔法を発動する。
以前オラクル・ベイルとの戦いで現れた死神が、再びその姿を見せる。が、今回呼び出された死神は少し容姿が違っていた。
「わあ、農家のおじさんみたい!」
「ふっふっふっ。見た目で侮るではないぞ、アニエスよ。死神よ、わしに憑依しつるを『収穫』するのじゃ!」
「カカカ! シュウカク、シュウカクゥ~!」
黒衣の代わりに、農作業用の衣服と麦わら帽子に身を包んだ死神はコリンと重なり一体化した。すると、全身に伸びていたつるが少しずつ消えていく。
「ああっ、せっかくのつるが!」
「ディザスター・サイス【収穫者】は守りの闇魔法。わしの身体を蝕むものを『収穫』することで、排除することが出来るのじゃ」
「だったら、こうするまでだよ! リーフ・テンペスト! やーっ!」
つるを排除されてしまったアニエスは、剣に魔力を宿らせ大きく振り抜く。魔力が飛散し、刃のように鋭い葉っぱとなってコリンを襲う。
「ムダよ。ディザスター・ランス【雨】!」
「ひゃあっ!? す、凄い数……ぴー!」
コリンは死神を解除した後、無数の闇の槍を作り出し即座に放つ。槍の数に萎縮してしまったアニエスは攻撃を続行出来ず、あっさり倒された。
「ふむ、課題が見えたな。アニエス、その萎縮してしまうところを克服せんとならぬぞよ」
「うん……ボクもそう思ってるんだけどね、どうしても土壇場で身体がすくんじゃって。肝心なところでいつも動けなくなっちゃうんだ」
「では、まずそこを直さねばならぬのう。なに、わしに任せておくがよい」
「分かったよ、ししょー。ボク、頑張る! このびびり癖を直して」
「アニエス、ここにいたのか。随分と探したぞ」
模擬戦闘が終わり、アニエスが決意を固めたところに男の声が響く。修練場の外から、口ひげを蓄えた大柄な男が歩いてくる。
エルフにしては珍しい、二メートルに迫る巨体に若干コリンは気圧されるも、敵意が無いことを見抜きリラックスモードになった。
「あ、叔父さん! 来てたんだ、知らなかったよ」
「新しい肥料を仕入れに来たついでに、姪の顔を見ておこうと思ってな。兄上から聞いたよ、かの英雄殿に弟子入りしたとか」
「お初にお目にかかりまする。わしはコリン、若輩の身ながらアニエス殿に手解きさせてもらっております」
「俺はラマダント。現公王ベルナックの弟で、オーレインの分家、ビゼイン家の当主だ。よろしく頼むよ、コリンくん」
男――ラマダントはその場にしゃがみ、コリンと握手を交わす。右手の甲には、向かい合った人の横顔を模した紋章が刻まれている。
アニエスとは違い、二重の円で囲まれてはいないようだ。じっと星痕を見つめるコリンに、ラマダントは気さくに声をかけた。
「おや、小星痕を見るのははじめてかな? 俺のような分家筋や非直系の者は血が弱いからね、星痕もその分小さくなるのさ」
「なるほど、勉強になりますのう」
「はは、そう言ってもらえて何より。コリンくん、姪のことを頼むよ。兄に似て、肝心なところで臆病だからねこの娘は」
「もー、叔父さんまでそんなこと言うー! ボク、拗ねちゃうもんね。ふんだ!」
「いや、悪い悪い。いいものをあげるから、機嫌を直しておくれ」
頬を膨らませ、つーんと横を向くアニエスに苦笑いしつつ、ラマダントは懐から小さな包みを取り出し手渡す。
アニエスが包みを解くと、中にはヒスイで出来た丸いイヤリングが入っていた。それを見たコリンの顔が、僅かに険しくなる。
「わあ、綺麗! これ、どこで買ったの?」
「ビゼイン領の市場で、たまたま見つけてな。姪の顔を見に行くのに土産の一つも無いんじゃ、格好がつかないだろう? それをあげるよ、アニエス」
「わーい、叔父さんありがとう! このイヤリング、今着けちゃおーっと」
「待つのじゃ、アニエス。イヤリングをしたままで身体を動かすと危ないでな、着けるのは今日の修行を終えてからにせい」
「ちぇ、分かりましたー」
コリンに諌められ、アニエスはぶーたれながらもイヤリングを懐にしまう。修行が再開されると、ラマダントは背を向ける。
「なら、俺はおいとましよう。ここにいても邪魔になるだけだしな。じゃあな、また会いに来る」
「うん、またねー」
「またお会いしましょうぞ、ラマダント殿」
アニエスたちと別れたラマダントは、城の外に出て馬車に乗り込む。ヘミリンガを離れた後、ポツリと呟きを漏らす。
「なるほど、あれがオラクル・ロルヴァの言っていた例の少年か。確かに、油断も隙もないな」
「ひっひっひっ、そうでしょうそうでしょう。オラクル・ベイルを破った実力者ですからな、侮ってはなりませぬ」
先ほどまでの柔らかな気配が嘘のように消え、ラマダントは冷酷無比な口調で呟く。その隣から老婆の声が響いた。
外から見えないよう、黒い布にくるまって横になっていたようだ。
「ああ。表面上は友好的な態度で接してきたが、確実にあのイヤリングの仕掛けに気付いている。そうでなければ、身に着けるのを止めはすまい」
「ひっひっひっ、耳に着けると毒針が飛び出すようにしてありましたが……アニエスの暗殺は失敗ですな、卿よ」
「全く、腹立たしい。……ところで、スレイブ・ゼロの様子がおかしいとのことだが何があった?」
「はい、今日の迷いの森での任務で、アニエスと接触した結果……どうやら、スレイブ・ゼロの記憶が戻りはじめておるようですじゃ」
老婆の言葉に、ラマダントはピクッと身体を震わせる。良くないことが続くものだと、内心舌打ちしつつ指示を出す。
「何としてもスレイブ・ゼロの記憶を消せ。オラクル・ロルヴァに連絡を取って呼び出すのだ。自分の正体を思い出されるのはまずいからな」
「かしこまりましたですじゃ、頭領」
「ついでに、巌厄党の手練れを集めろ。コリンとその仲間を消さねばならん。俺の正体と目的を暴かれる前に、あの世に行ってもらう。絶対にな」
コリンたちの活動の裏で、悪しき計画が粛々と進められていた。




