37話―巌厄党の謎
「な、何ですと!? アニエス殿をわしの弟子に?」
「帝国での君の活躍を知って、娘が熱烈に希望しているんだ。もちろん、引き受けてくれるなら相応の謝礼を用意するよ。どうかな?」
ベルナックの言葉を受け、コリンはチラッとアニエスの方を見る。道端に捨てられている子犬が、たまたま通りがかった人を見るような期待に満ちた目をしていた。
それを見てしまったコリンに、断るという選択を取ることは出来なかった。むしろ、わりと弟子を取るのにノリノリなようだ。
「わしに弟子……ふむ、パパ上も言うておったのう。『教えるは学ぶの半ば』じゃと。誰かに物を教えるのは、自分が学ぶ助けにもなる。分かりもうした、公王陛下。依頼を二つとも、受けさせてもらいまする」
「わーい、やったやったー! これからよろしくね、コリンくん……いえ、ししょー!」
「師匠……なんとも甘美な響きじゃのう。むふ、ふふふふ」
アニエスに師匠と呼ばれ、コリンは早速いい気になっているらしい。ニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべ、嬉しそうにしている。
「コリンはん、にまにまするのは後やで。もう一つの依頼の内容、聞かへんといかんのとちゃうか?」
「ん、そうであったな。して、公王陛下。探してほしい人物がいるとのことでごさいますが、詳しく聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
「……うむ。君に探してほしいのは……アニエスの双子の姉、テレジア。生きているのか、死んでいるのかも分からない。でも……あの子を、見つけたいんだ」
「ただ事ではなさそうよ、コリンくん。一体、何があったのかしら……」
ベルナックは、沈痛な面持ちでそう口にする。隣にいるアニエスも、悲しそうにうつむく。それを見たカトリーヌは、心配そうに呟いた。
「それで、そのテレジアってのはいつからいなくなったんだ?」
「十年前、ボクとお姉ちゃんが六歳の時だよ。中庭でお母様と一緒に、三人で遊んでた時……ヴァスラ教団の刺客が襲ってきて。お母様を殺して、お姉ちゃんを拐っていったんだ」
「やっぱりあいつらか。チッ、胸糞悪い奴らだ!」
「酷い所業や。人のやるこっちゃないで、そんなことは」
アニエスから事情を聞き、アシュリーとエステルは怒りを覚える。目の前で母を殺され、姉を奪われた悲しみが痛いほど理解出来たのだ。
もちろん、コリンとカトリーヌもアニエスに同情していた。力になってあげなければ、と決意を固める。
「そのような事情があったとはのう。ならば、協力しない理由はない。必ずや、そなたの姉君を見つけ出してみせようぞ」
「頼もしい言葉、父として感謝するよ。アニエスとテレジアは、『始祖返り』した特別な双子。いくら教団といえど、殺すことはないはず」
「始祖返り? それは一体なんでございまするかのう」
聞き覚えのない単語に、コリンは首を捻る。そんな彼に、アシュリーが説明を行う。
「なんだ、知らないのか? 始祖返りってのは、アタイら星騎士の血筋でたまにある現象でな。年月を重ねて薄くなった星騎士の血が、始祖と同じレベルの濃さを持って生まれてくることがあンのさ。それを始祖返りって呼んでるンだ」
「なるほど……。確かに、近親交配をせぬ限り血は薄まっていくからのう。して、その始祖返りをしたアニエス殿とテレジア殿は何か特別な力があるのかの?」
「うん、ボクたちのご先祖サマはね、一つの肉体に二つの魂を内包した特別なお方だったんだ。二重人格……いや、違うなぁ。二重存在って言った方がいいかも」
アニエスの話した内容に、コリンは興味をそそられたらしい。目を丸くしつつ、詳しい説明をするように求める。
「むむ、それはどういうことじゃ? もうちっと詳しく聞いたいのう」
「では、私の方から話そう。私たちの祖先、シルヴァード・オーレイン様の身体には、双子の兄の魂が宿っていた。それが、ゴルドーラ・オーレイン様。お二人が『双児星』と呼ばれる由縁だ」
「双児……双子座、か。確かに、相応しい異名じゃ」
「二人は自由自在に表に出る魂を切り替え、固い絆と変幻自在の剣技で無敗を誇った……と、そう伝わっている。本来、始祖返りを果たしたアニエスとテレジアも一つの肉体に二つの魂が宿るはずだったんだけれども……」
「何でか分かんないけど、ボクたちは普通の双子として生まれたんだよね。だから、【オーレインの大星痕】も半分しかないんだ。ほら」
そう言うと、アニエスは籠手を脱ぎ右手の甲をコリンたちに見せる。彼女が言った通り、手には人の横顔を模した紋章が刻まれていた。
半分だけの言葉通り、本来なら二重の円で星痕が囲まれていなければならないのだが……完全な円ではなく、半円になっている。
「テレジアの左手にも、アニエスのものを反転させた不完全な星痕が刻まれている。それが、テレジアを見分けるための唯一の手がかりなのです」
「ううん、もう一つあるよお父様。お姉ちゃんの右目の下には、ちっちゃい頃ジャイアントマンティスにひっかかれた傷があるもん」
「ああ、そういえばそうだったね。あの時はてんやわんやの大騒ぎだった」
「それでね、その時に出来たのと同じ傷を持ってるエルフと今日会ったよ」
アニエスの言葉に、ベルナックやコリンたちは驚きをあらわにする。いきなり手がかりを得られたことに喜びつつ困惑していた。
「おいおい、マジかよ! ラッキーじゃねえか、どこで会ったんだ?」
「……迷いの森で会った時にさ、羽根飾りの付いた仮面を被ってたエルフがいたの覚えてる? ボク、見たんだ。割れた仮面の下に……お姉ちゃんと同じ傷があったのを」
「なんじゃと……!?」
衝撃的な告白に、コリンたちはまたしても目を見開き驚愕する。仮に羽根飾りのエルフがテレジア本人だとすれば、とんでもないことだ。
「たまたま似たような傷があるだけの、赤の他人って可能性はあらへんか?」
「ううん、ボクには分かる。あれは、絶対お姉ちゃんだ。双子だもん、顔が全部見えてなくたって間違えないよ」
「何ということだ……アニエスの話が本当だとしたら、テレジアは巌厄党の一員ということに……」
「陛下、その巌厄党とは何でございましょう?」
嘆くベルナックに、コリンが問いかける。手で額を押さえながら、公王は巌厄党について話し出す。
「十五年ほど前からこの国で暗躍を始めた、凶悪な犯罪組織だ。略奪、殺人、人身売買、違法薬物の裏取り引き……あらゆる犯罪を行う、最悪の盗賊団です」
「ヴァスラ教団と繋がってるかもってウワサがあったけど……もしかしたら、教団がお姉ちゃんを巌厄党に売ったんだ! そして、お姉ちゃんを都合よく……」
「その可能性はあるのう。洗脳なり何なり、子どもを言いなりにする方法はたくさんあるでな。むう……これはいろいろ調べねばなるまい」
「そういうことやったら、ウチに任せてくれへんか? ちっと危険やけど、巌厄党の連中を探ってみるさかい」
コリンの発言を受け、エステル自ら情報収集役を買って出た。彼女としても、この一件を放置しておくつもりはないようだ。
「なら、アタイも手ェ貸すぜ。こっちの冒険者ギルドにツテがあるんだ、手伝いくらいはやれる」
「じゃあ、わたしは財団の支部に行ってみるわ~。何か情報があるかもしれないから~」
「うむ、みな頼むぞよ。では、わしは……」
「ししょー、ボクを鍛えてください! お姉ちゃんを助け出すには、巌厄党とヴァスラ教団、両方を相手にしなくちゃいけないと思うから」
「コリンくん、私からも頼みます。どうか、アニエスを強くしてあげてください。誰にも負けない、強き騎士に」
「任されよ! このコーネリアス、責任を持ってアニエス殿を鍛えてみせまする! よし、早速修行開始じゃ! 一番弟子よ、修練場に行くぞ!」
「はーい!」
巌厄党の謎を暴き、テレジアを救うため。それぞれのなすべき目標に向けて、皆が動き始めた。




