35話―エステル・ザ・サンドマスター
全員が戦闘態勢に入った途端、コリンとアシュリーを繋ぐ縄が砂に変わり消える。繋がったままでは戦いにくいだろうと、エステルが解除したのだ。
直後、地面に亀裂が走り、地中から樹木の壁が現れ円形にコリンたちを囲む。さらに、円の中央にも壁が現れ、コリン組とアシュリー組が分断されてしまう。
「あらら、こらめんどいな。ま、壁で囲んでくれはったおかげで、遭難の心配がないのはありがたいわ」
「おーい、聞こえるか? こっちはこっちで何とかするから、そっちは頼ンだぜ二人とも!」
「さあ、戦闘開始よ!」
大声でそうやり取りした後、アシュリーとカトリーヌはエルフたちに挑みかかっていく。一方、コリンとエステルは注意深く刺客たちを観察する。
それなりに半円の中が広いとはいえ、木々が邪魔で闇の槍を展開するのも困難だからだ。下手に槍を射てば、倒壊した木に押し潰されてしまう。
「向こうは始まったが、お前たちはかかってこないのか? なら、先手は貰うぞ! 全員かかれ!」
「おおっ!」
「ふん、よかろう。来い、星遺物……闇杖ブラックディスペア! エステル、背後の守りは任せるぞよ」
「よっしゃ、任しとき!」
「ハハハ、そんな杖一本で何が出来る! 死ね、コリン!」
刺客の一人が、腰から下げた剣を抜きコリンに襲いかかる。コリンは杖で攻撃を受け止め、剣を払い即座に反撃を叩き込む。
「何っ!? ぐあっ!」
「言うておくが、わしが魔法しか能のないこわっぱだと思うでないぞ。こう見えて、杖術も嗜んでおるでな!」
「チィッ、油断するな! 囲んでフクロ叩きにしてしまえ!」
仲間が一人倒されたのを見て、刺客たちはコリンを包囲するため走りだそうとする。が、その直後足に違和感を覚えた。
下を見ると、不気味にうごめく砂が足首に纏わりつき動きを封じている。明らかに、元から森に存在していたものではない。
「何だ? 足が動か……な、なんだこの砂は!?」
「残念やったなあ、アンタらはもうウチの術中にハマっとるんや。サソリ忍法……砂呪縛の術!」
エステルが叫ぶと、砂が男たちの身体を這い登っていく。目指しているのは、鼻と口だ。
「クソッ、鬱陶しい砂め! 離れろ、このっ!」
「ムダやで、そうやって振り払おうとすればするだけ登るスピードが上がるだけや。全員窒息させてやるさかい、大人しくしとき」
「……そういえば、パパ上が昔言っておったのう。『天蠍星』アビダル・ラーナトリアは砂と毒の力を操る、凄腕の忍者であったと」
男たちが砂に苦戦しているのを見て、コリンはふと父の言葉を思い出す。その間にも砂の侵食が進み、男たちの大半が顔を砂で覆われる。
「む、うぐっ、うがっ!」
「い、息が出来な……」
「チィッ、舐めた真似を! ダークフレア!」
次々と仲間が倒れていくなか、刺客たちのリーダーは砂を焼いて魔力を失わせることで難を逃れた。剣を構え、エステルを睨み付ける。
「予定変更だ。まずは貴様から殺してやる。もう邪魔が出来ないようになぁ!」
「ほーん、ならやってみいや。コリンはん、ここはウチに任してくれへん? サクッと終わらせるさかい、ちぃっと待っとってや」
「うむ、分かった。では、わしはまだ息のある刺客どもにトドメを刺しておこうかの」
「おおきに、頼んだで。んじゃ、ウチも本気出さしてもらうわ。星遺物、砂鎧装ディザーシーカー展開!」
エステルが魔力を解き放つと、身に付けていた忍装束が砂へと変わる。全身に砂が行き渡り、サソリを模した紺色の鎧になった。
腰からは鋭い針を備えた尾が生え、不気味に揺れている。砂で作ったクナイを両手に持ち、エステルは不敵な笑みを浮かべた。
「どうや? これがご先祖さんから受け継いだ、ラーナトリア家の星遺物や。かっこええやろ?」
「おお、凄いのう! 砂が鎧になりおるとは!」
「バカめが、隙だらけだ! このダイモス様の剣の錆になるがいい!」
エステルが背を向けて星遺物をコリンに自慢しているところに、刺客たちのリーダーが攻撃を仕掛ける。そのまま背中に剣が刺さる、と思われたが……。
「隙? そんなもん、ウチにはないで。例え背を向けてようとも、あんさんの動きはバッチリ分かるんや」
「くっ、尻尾が! チッ、邪魔をするな!」
「ほれほれ、後ろ向いたまま相手したるわ!」
「よし、それ! いけいけ、そこじゃー!」
サソリの尾を動かし、エステルは攻撃を防ぐ。そのまま激しい切り合いを繰り広げ、互角の戦いを演じる。
他の刺客にトドメを刺し終えたコリンは、エステルを応援しながら決着がつくのを待つ。少しずつエステルが優勢になっていき、尾が剣を吹き飛ばす。
「くっ、しまった!」
「今や! クナイシュート!」
「ぐうっ! まずい、身体が痺れ……」
「ふっ、これにて一丁あがりや」
「お見事、あっぱれじゃ!」
相手の武器を弾き飛ばしたエステルは素早く身体を反転させ、クナイを投げる。見事刺客……ダイモスの身体に突き刺さり、決着がついた。
一方、アシュリーとカトリーヌの二人は謎のエルフたちに苦戦を強いられていた。木の枝の上を縦横無尽に動き回るせいで、反撃出来ないのだ。
「チッ、あっちこっち動き回りやがって。てめぇらは猿かっつうの」
「困ったわね~、あっちばっかり攻撃してきてずるいわ~」
「キキキ、オ前ラ遅イ。攻撃、当タラナイ」
「トンマ、マヌケ、ヘッピリゴシ。オ前タチニ、俺タチハ倒セナイ」
エルフたちはヒットアンドアウェイ戦法を取り、確実にアシュリーたちに傷を与えていく。優位に立ったことで調子に乗ってきたのか、侮辱の言葉を口にする。
「ほー、言うじゃねえか。頭にきた……カティ、久々にアレやるぞ」
「ええ、いいわよ~。目にもの見せてあげましょう。次に降りてきた時でいいかしら?」
「ああ、いいぜ!」
何度目かの攻撃を凌いだ後、二人は反撃の準備にとりかかる。アシュリーが炎、カトリーヌが氷の魔力を練り上げそれぞれの武器に宿す。
「何シテモ、ムダ。俺タチハ倒セナイ!」
「次デ、仕留メル。アイツラ切リ裂イタラ、ドンナ声デ泣クノカナ?」
「楽シミダ、楽シミダ。早クバラシテ、オモチャニシヨウ」
「……」
けたけた笑いながら、エルフたちは樹上を勢いよく飛び回る。物騒な言葉の数々に、アシュリーたちは辟易していた。
「悪趣味な奴らだ。……にしても、一人だけうんともすんとも言わねえのがいるな。不気味な奴だぜ」
「そうね~、他の三人と違ってわたしたちをいたぶる素振りもないし。明らかに異質だわ」
四人のエルフたちのうち、仮面に羽根の飾りがついた者だけ沈黙を保っていた。どこか不気味さを覚え、二人は警戒を強める。
「ソロソロ、トドメダ。アイツラノ頭ニ、短剣ヲ突キ刺シテヤル!」
「カカレ、カカレ!」
「ブッ殺シー!」
少しして、エルフたちは一斉に木から飛び降りる。アシュリーたちを葬るべく、短剣を下に向け突き刺そうと狙う。
が、四人のエルフたちは気が付いていなかった。すでに、アシュリーとカトリーヌは反撃の準備を完了させていたことを。
「シュリ、来たわ! いくわよ!」
「よし、やるぜ! 合体奥義……」
「メルト・エクスプロージョン!」
炎と氷、対極に位置する二つの魔力を宿した武器がぶつかり、魔力が混ざり合う。直後、空気が膨張し上方向に向かって爆発した。
「ナ、何ダト!?」
「マズイ、今ハ避ケラレナイ!」
「奴ラ、コレヲ狙ッテイタノカ!」
「……!」
自由落下に身を任せていたエルフたちは、水蒸気を避ける手段がなかった。咄嗟に腕で顔を覆い、申し訳程度に防御態勢を取ることしか出来ない。
……ただ一人、羽根飾りのエルフを除いて。
「……オ前。盾ニ、ナレ」
「!? ナ、何ヲ……!? グアアアッ!」
羽根飾りのエルフは、すぐ近くにいた仲間の服を掴み、盾にして熱された水蒸気を防いだ。とはいえ、完全に衝撃を殺せたわけではない。
倒壊した木々の上に落下し、四人とも動かなくなる。術者が倒れたからか、コリンたちを囲んでいた壁が消え去った。
「へっ、手間かけさせてくれやがって。ま! アタイとカティがいりゃ、敵はいねえがな!」
「ふふ、そうね~。ところで、コリンくんたちの方は……。あら、あっちも終わったみたいね~」
「おお、二人とも無事であったか。何やら、凄まじい音がしたようじゃが」
「問題はねえぜ、コリン。バッチリ片付けてやったからよ」
コリンに声をかけられ、アシュリーは得意気に胸を張りながら答える。その時、何かが近付いて来る気配をエステルが感じ取った。
「む、何か来るで。もしかしたら、敵の増援かもしれへんで。みんな、気ぃつけや」
「ああ、油断してるとこを襲おうって作戦かもし」
「わぁーっはっはっはっ! 公王陛下直属、森の騎士団ただ今参上! 旅人さんたち、怪我はないかーい!?」
コリンたちが身構えると、気配の正体が現れた。やって来たのは、巨大なカマキリに跨がるエルフの騎士団であった。




