34話―いざ、森の国へ
「オラクル・ロルヴァ! つい先ほど、密偵より情報が入りました。例の少年とその仲間が、ここロタモカ公国に向けて出発した模様です!」
コリンたちが空の旅を満喫している頃、ロタモカ公国の深奥に存在するヴァスラ教団の要塞に一つの情報が伝えられた。
公国への侵攻を担当している教団幹部、オラクル・ロルヴァは化粧をしながら部下の報告に耳を傾ける。動揺は一切ない。
「ふぅん、迷いの森を抜けるために必要なエルフの案内人たちはみんな殺したのにねぇ。独力で森を抜けるつもりぃ? ぷっ、ウケるー」
「いえ、新たに黒蠍衆の若頭……エステル・ラーナトリアを仲間に加えた模様です。恐らく、楽に迷いの森を突破されてしまうでしょう」
その言葉に、ロルヴァはファンデーションを塗る手を止めた。不機嫌そうに舌打ちした後、脚を組み部下に指示を出す。
「んじゃ、森ん中でぶっ殺しといてー。刺客見繕っとくから、ガキんちょどもの到着に合わせて放ちな」
「ハッ、心得ました!」
迷いの森を抜けられる前にコリンたちを始末するべく、ロルヴァは刺客を送り込むことを決める。部下が退出しようとした時、何かを閃いた。
「あ、そうだ。どうせなら、あいつらも使えばいーじゃん。巌厄党の連中に連絡してちょ、あの盗賊どもにもきょーりょくさせるわ。ウチってあったまいーい」
「巌厄党、ですか。確かに、奴らはエルフのみで構成された極悪集団。刺客にはピッタリですね」
「ウチらとはきょーりょくカンケーにあるし、金でもチラつかせれば食い付くっしょー。ということで、よろー」
話は終わったとばかりに、ロルヴァは背を向け化粧を再開する。部下が去った後、ロルヴァは紫色の口紅を塗りながら呟く。
「覚悟しときなー、ガキんちょ。ウチはベイルみたいにヘマしないからねー。全員まとめて、ぶっ殺してあげるよー。ふへへ」
コリンたちの元に、新たな脅威が迫っていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
三日後の朝。コリンたちは無事、ゼビオン帝国とロタモカ公国を繋ぐ国境の町ウーグに到着していた。国境管理ギルドに向かい、必要な手続きを行う。
「はい、四名様ですね。手続きはすぐ終わりますが……本当に、公国に行かれるのですか?」
「ああ、そうだぜ。案内役も、ちゃんとここにいるしな。何か問題でもあンのか?」
「……実は、ここ最近ロタモカ公国の内情が不安定になってきているんです。何でも、巌厄党なる盗賊の一団が国を荒らし回っているみたいで……」
国境管理ギルドの職員は、書類を書きながらそう口にする。エステルもすでにその情報を掴んでいるようで、うんうんと頷いていた。
「その話はウチも知っとるで。貧富の区別なく盗みと殺し、人身売買に手を染めとる悪どい奴らっちゅうこったで」
「その話が本当だとすれば、許しがたい奴らじゃの。もしかしたら、公王殿からの依頼に関係あるのやもしれんな」
話を聞いたコリンは、巌厄党の傍若無人さに怒りを覚える。必ず成敗してやろうと心の中で誓いつつ、手続き完了を待つ。
少しして、ロタモカ公国側の国境管理ギルドに見せるための入国許可証が完成した。許可証を受け取ったコリンたちは、迷いの森へ向かう。
「さて、いよいよ公国に向けて出発ね~。わたし、ちょっと緊張してきちゃったわ~」
「気ィ張ることあらへんで、カトリーヌはん。ウチがいれば問題はあらへんで! さ、こっちや。着いてきてーや!」
「うむ! ロタモカ公国に出発じゃー!」
エステルを先頭に、一行はウーグの町の外れにある迷いの森へ突入する。森の中に入ると、一気に薄暗くなった。
木々から伸びる枝葉が、太陽の光を遮っているからだ。ひんやりする空気を胸いっぱいに吸い込み、コリンはニッと笑う。
「ふーむ、中々いいところじゃのう。こういう雰囲気の場所、好きなんじゃよわし」
「お、気が合うやないか。ウチもココみたいに静かなトコが好きなんや。さて、先に進む前に……サソリ忍法、数珠縄繋ぎの術!」
エステルが叫ぶと、彼女の腰から黒い縄のようなものが現れる。前から順にコリン、アシュリー、カトリーヌの身体にくっつき、四人が繋がった。
「これではぐれる心配もあらへん。縄も伸縮自在やから、お互いがぶつかることもないで。さ、今度こそ出発や!」
「おー!」
一行は公国の首都、ヘミリンガへ向けて森の中を進んでいく。最初の頃は、神秘的な空気が満ちる森の景色を楽しんでいたコリンだったが……。
「むう、もうどこまで進んだのか分からなくなってきたぞい。右も左も前も後ろも、景色が変わらぬせいで今どこにいるのか全く分からん」
「こりゃ噂以上にやべぇな。エルフたちはこの森を普通に抜けられるンだろ? すげえもンだわ」
迷いの森に入ってから一時間後。コリン以下三人はすでに現在の位置を見失っていた。代わり映えしない景色が続くせいで、今どこにいるか分からない。
エステルがいなければ、とっくの昔に遭難していただろう。もっとも、仮に遭難してもすぐにコリンの城に避難出来るので問題はないが。
「エステルちゃんは凄いわね~、迷わずに真っ直ぐ進めるんだもの。わたしだったら、ずっと同じところをぐるぐるしてるだけだわ~」
「一見おんなじように見えても、そこには必ず違いがあるもんや。それを見分けられるモンだけが、この森を抜けられるってことやな」
「凄いものじゃのう。エステル殿がいなければ、立ち往生しておるわい」
「いややなぁ、そんな他人行儀な呼び方せんといてぇな。ウチのことは呼び捨てでええで、コリンはん」
コリンに褒められ、エステルは得意気に無い胸を張る。一度痛い目を見ているため、アシュリーは無言であった。
「うむ、ではそうさせてもらおうかの。……ところで、じゃ。先ほどから邪悪な気配が着いてきておるが、みな気付いているかの?」
「……ああ、バッチリ気付いてるぜ。しっかし、こんなとこで襲ってくるたぁ、中々豪胆な奴らだな。出てこい! 尾行してンのはとっくにバレてるンだぜ!」
朗らかなムードから一転、コリンの発言で一気に緊迫した空気になる。アシュリーが叫ぶと、頭上からガサガサという音が響く。
少し遅れて、木の上から黒装束を纏った男たちが七人落ちてきた。装束の胸の部分には、邪悪な笑みを浮かべる女神の顔を模した紋章が刻まれている。
「やはりヴァスラ教団の手の者か。この国にも潜んでおるじゃろうとは思っておったが、早速のお出ましじゃな」
「よく我々に気付いたな。完全に気配を消していたのだが……まあいい、どの道森を抜けられる前には消すつもりだった。ここで死ね!」
「ハッ、そらこっちのセリフやで。ウチら黒蠍衆も、アンタら教団には迷惑しとんのや。消えるんはアンタらや!」
「フン、威勢だけは一人前だな。だが、まだこちらには増援がいる! 来い、エルフども!」
刺客たちのリーダーが叫ぶと、どこからともなく四人のエルフが姿を現した。全員が木々に紛れる迷彩柄の服を纏い、顔を不気味な仮面で隠している。
両手には湾曲した刃が特徴的な短剣を持っており、ゆらゆらと不規則に揺れながらコリンたちを取り囲もうと動いている。
「十一対四、か。おもしれえ、かかってきやがれ!」
「ウチとコリンはんであの四人を仕留めるさかい、アシュリーはんたちはエルフらを頼んだで」
「うふふ、任せて~。サクッとやっつけさせてもらうわ~」
エステルの言葉に頷き、アシュリーとカトリーヌはそれぞれの得物を呼び出す。炎を纏う槍と、冷気を放出する氷撃鎚バハクを構える。
「コリンはん、準備はええか?」
「うむ、問題ないぞよ。わしらの旅路の邪魔をする者がどうなるか……身をもって教えてくれようぞ」
「やれるものならやってみろ! お前たち、かかれ!」
深い森の中で、乱戦が始まった。




