33話―忍び少女エステルちゃん
その日の夕方。楽しいお茶会が終わり、コリンは帰路に着く。城の入り口まで見送りについてきたエレナ皇女は、にっこり微笑む。
「コリンさま、今日はお茶会に来てくださりありがとうございます。おかげで、とても楽しい一日を過ごせました」
「いえいえ、こちらこそ実りある良き一日を過ごせましたのじゃ。ぜひ、また楽しくお話したいですわい」
「本当ですか!? ふふ、でしたらまた一月後くらいにお茶会を開きますわ。今度は、二人で……なんて。きゃっ!」
顔を赤くし、もじもじしながらエレナ皇女はぶつぶつ呟く。コリンは別れの言葉をかけ、門の前に停まっている馬車に乗り込んだ。
あとは、アシュリーたちが待つ冒険者ギルド本部に帰るのみ。しばらくして、何事もなく帰り着いたコリンはギルドの客室に向かう。
「ふふ、お土産のクッキーをたくさん貰うてきたぞ。アシュリーたちにもお裾分けし……誰じゃ!」
「あらら、気付かれてもうたわ。後ろからほっぺぷにーしたろ思てたのになー、中々鋭いなコリンはん」
ルンルン気分で客室に向かっていたコリンは、背後に気配を感じ叫びながら後ろを向く。すると、上下逆さまになって天井に張り付いていたエステルが降りてきた。
「いやー、気配を完全に消してたんに気付かれるとはウチもまだまだやなぁ」
「そなた、何者じゃ? 見ない顔じゃな、名を名乗れい」
警戒心をあらわにし、コリンは少しずつ後ずさりながら声をかける。エステルはポンと手を叩き、高らかに己の名を告げた。
「おお、そやったな。まだ名前も言っとらへんかったわ、うっかりしとったわぁ。ウチはエステル・ラーナトリア。十二星騎士の一人、『天蠍星』アビダル・ラーナトリアの血を引く末裔や!」
「……とんかつ?」
「そうそう、油でジューっと揚げると美味しい……ってちゃうわい! て・ん・か・つ! さそり座のことやドあほう!」
「なんじゃ、そうなのか。紛らわしいのう」
コリンのボケにノった後、エステルはビシッとツッコミを入れる。最初の緊迫感はどこへやら、もうコリンは警戒心を解いていた。
二人一緒に並び、アシュリーたちが待つ部屋に歩いていく。その途中、コリンたちは他愛もない会話に花を咲かせる。
「ほお、ではそなたは忍者なのか。中々かっこいいのう」
「そやで、カッチョイーやろ? この大地の隅から隅まで、ウチの一族が暗躍しとるんや」
「なるほどのう。……で、そんな凄い忍がわしに何の用なのじゃ?」
「それはアシュリーはんたちと合流してから話すわ。さ、着いたで。入りーや」
雑談をしていると、目的の部屋に到着した。コリンが扉を開けると、アシュリーとカトリーヌが二人を出迎える。
すでに支度は済ませているようで、大きなトランクが二つ部屋の隅に置かれている。コリンは抱えていたお土産の筒をカトリーヌに渡す。
「ただいまなのじゃ、二人とも。お土産にクッキーをいっぱい貰ったから、二人で食べてたも」
「あら~、ありがとうねコリンくん。お茶会は楽しかった~?」
「うむ、楽しかったぞよ。エレナ皇女がやたら密着してきたり、ラウル皇子に根掘り葉掘りわしの強さを聞かれたりしたがの」
やれやれとかぶりを振るコリンに、アシュリーは意味深な視線を無意識に送る。その視線の意味は、本人にも分かっていないようだ。
「へぇ。ま、楽しかったなら何よりだ。……で、エステルから話は聞いたか?」
「いや、何も。部屋に戻ってから話すと言うたからのう」
「せやせや。んじゃ、サクっと伝えとくで。ウチがここに来た目的をな」
椅子に座り、エステルはコリンたちに会いに来た目的について語る。ロタモカ公国に行くための案内人を買って出たこと、その見返りがほしいこと。
それを聞いたコリンは、こっそり懐に忍ばせていたクッキーを食べながら考え込む。少しして、粉がついた指を拭い返答を口にする。
「うむ、わしとそなたの一族とで繋がりがほしい……というくらいならよかろ。わしとしても、星騎士の末裔の知り合いは増やしたいしのう」
「よっしゃ、交渉成立やな。これからよろしゅう頼むわ、コリンはん」
「話は纏まったわね~。明日は早いから、もう寝ましょうか~。お話の続きは明日ゆっくり、ね?」
「うむ、ならわしもおうちに帰るかのう。マリアベルにもクッキーをあげねばならぬでな。こほん、『ただいま』なのじゃ!」
コリンは扉の方に近付き、合言葉を口にしてからドアノブを捻る。扉が開き、向こう側に広がる光景を見てエステルは目を丸くした。
「おおっ!? なんやなんや、ごっつ豪華なリビングが広がっとるやんけ! ギルドの廊下はどこいったんや?」
「あー、おめえは知らないンだよな。ま、とにかく入れ入れ。そしたら分かっから」
「うむ、みなも入るがよい。新しいお友だちが出来た記念に、今日はマリアベルにごちそうを作ってもらうぞよ!」
「ほー、そらええなあ。んじゃ、邪魔さしてもらうでー」
城に招かれたエステルは、コリンたちの後に着いて扉をくぐる。その後、アシュリーの時同様マリアベルによる洗礼を受けることになった……が、それは別の話である。
◇―――――――――――――――――――――◇
翌日の朝、城を経ったコリンたちは帝国最東端の町ウーグへ向かう。飛竜便を使い、空路で国境まで行くのだ。
「はー、一人につき金貨四十枚たぁずいぶんとまあボッタくるもンだな。いい商売だぜ、ホント」
「しょうがないわ~、帝国の果てまで行くんだもの。それくらいかかっちゃっても仕方ないわ」
「いーや、ウチから言わしてもらえば高すぎやでこの料金は。ウチらが星騎士の末裔ってのを知っててフッカケとるんや、飛竜便ギルドは」
空を進む中、アシュリーたちは小声でピーチクパーチク文句を言っていた。女三人寄ればかしましい、とはよく言ったものだ。
一方のコリンは、窓に顔をくっつけ外を見ていた。流れていく雲や、遥か下に広がる町並みを楽しそうにじーっと眺める。
「おお、これは愉快じゃのう! わしのシューティングスターでも、流石に空は飛べぬからな。とてもいい眺めじゃ!」
「かわいいなぁ、コリンは。さて、今のうちにおさらいしとくぞ。ウーグに着くのは三日後だ。早朝には到着出来るから、関所が開いたらすぐ公国に入る。ここまではいいな?」
「うむ、問題ないぞよ。むしろ、大変なのは入国した後なんじゃろ?」
スケジュール帳を取り出したアシュリーは、今後の移動計画のおさらいを始める。コリンが相づちを打つと、今度はエステルが話し出す。
「せやで、コリンはん。迷いの森はとにかく広くてなぁ、最短経路で進めても丸二日はかかるさかい。侮れん場所や、あの森は」
「むむ……であれば、用心に用心を重ねねばなるまい。今から緊張してくるのう」
「ウチんとこの若い衆も、何十人と死んどる場所や。あの森の地形を覚えきれへん奴は、遭難して死んでまうんよ」
エステル曰く、黒蠍衆の忍は一人前に認められるための最後の試練を迷いの森で行うのだという。生きるための洞察力、記憶力、サバイバルの知識と実行力。
その全てが揃っている者だけが森から生還し、一人前の下忍として活動することを許されるのだ。
「壮絶じゃのう、忍の道というのは。わしにはとても出来ぬわい」
「むかーし、ウチも死にかけながら生還したんや、あの森から。おかげで、目ぇ瞑ってても楽々抜けられるようになったわ。よほどのことがない限り、問題はカケラもないで」
でっぱりが全くない胸を張り、エステルは得意気に笑ってみせる。それを見たアシュリーは、小さな声でボソッと呟く。
「相変わらずの絶壁……べふっ!」
「聞こえたで? アシュリーはん。ウチのお胸の話題は禁止や。ドゥー・ユー・アンダースタンド?」
「い、いえす……かふっ」
恐ろしい地獄耳を持っているらしく、エステルは目にも止まらぬ速度でアシュリーの喉にチョップを叩き込んだ。
目から光が消え、ドブのように濁った瞳でアシュリーを見つめている。胸の話題は、彼女にとってタブーらしい。
一部始終を見ていたコリンは、思わずガクガク震える。隣に座るカトリーヌにくっつき、盾にしようと腕の後ろに隠れた。
「こ、怖いのじゃ……。今の手刀、全く見えなかったぞ……」
「よしよ~し、大丈夫よコリンくん。わたしが守ってあげるからね~」
「安心しいや、ちびっこに手ェあげるほどウチは大人気なくないで? こめかみをゲンコツでぐりぐりするくらいやから安心しとき」
折檻モードから戻ったエステルは、ケラケラ笑いながらそう口にする。その隣で、アシュリーは半分昇天しかけていた。




