32話―楽しいお茶会へ
三日後。先に皇女からの依頼をこなそうと、コリンは一人ゼビオン城に来ていた。使用人に案内され、中庭にあるテラスに通される。
すでに皇帝一家が勢揃いしており、コリンを出迎える準備は万端な様子だ。皇帝は、テラスから出てにこやかな笑みを浮かべ、コリンを歓迎する。
「おお、よく来てくれた! いや、忙しいところ済まないね。娘のわがままを効いてくれてありがとう、コリンくん」
「いえ、皇女殿下からのお誘いとあればお断りすることなどあろうはずがありません。こちらこそ、誉れある茶会に招いていただき光栄です」
「はは、今さらそんな堅苦しい話し方をする必要もあるまい。いつものように楽にしてくれたまえ。さ、行こうか」
「陛下がそうおっしゃられるのであれば……では、普段通りの口調にさせていただきますのじゃ」
丁寧に挨拶をした後、コリンはラファルドにテラスに案内される。席には、四人の男女がすでに座り長方形の机を囲んでいた。
ラファルドが戻ると、四人は頭を下げ一礼する。コリンもそれにならい、ペコリと頭を下げた。
「余の家族を紹介しよう。奥の席、余の座る椅子の隣に座っているのが妻のエメルダだ」
「こんにちは、小さな英雄さん。あなたのことは、夫から聞いていますわ。舞踏会では、ありがとうね」
「いえ、わしのなすべきことを為したまで。一人も犠牲にならず安心しておりまする」
エメルダと呼ばれた中年の女性は、穏やかな笑みを浮かべながらコリンに礼を述べた。すると、彼女の左隣に座っていた青年もお礼の言葉を口にする。
「いや、君には感謝しているんだよ。あの舞踏会には僕の婚約者も参加していたからね。……っと、まだ名乗っていなかったね。僕はベクセル。この国の第一皇子さ、よろしく」
「こちらこそよろしくなのじゃ、ベクセル殿」
「では、次だな。エメルダの向かい側に座っているのが、第二王子のラウルだ」
「おう、オレがラウルだ! よろしくな、ちびっこ!」
ベクセルに続いて、今度は第二皇子が紹介される。十六歳ほどに見える、活発そうな少年だ。聡明な兄と違い、やんちゃそうな雰囲気を醸し出している。
「なぁなぁ、城に来る冒険者から聞いたぜ! コリンって強いんだろ? 一回オレと手合わせしてくれよ! オレ、この国の将軍になりてーんだ!」
「ふむ。なら、今度お時間がある時にお邪魔しますでな。その時に、お相手しましょうぞ」
「はは、ラウルは昔から騎士になるのが夢だったからな。コリンくん、一つ弟を揉んでやってくれ。いい経験になるだろうからね」
皇帝一家と触れ合い、和気あいあいとした雰囲気が場に満ちる。いよいよ、一家の最後の一人……コリンを茶会に招いたエレナ皇女の紹介が始まる。
「こ、こ、こんちには! わ、私は……えっと、エレナです! こ、今年でじ、十三歳になります! コリンさま、よろち……あう」
顔を真っ赤にしながら、エレナは自己紹介をする……が、途中で舌を噛んでしまった。恥ずかしそうにうつむくのを見て、ラファルドたちは笑う。
「はっはっはっ! そんなに慌てなくてもよいのに。コリンくん、これがうちの娘のエレナだ。これから末長い付き合いになるかもしれないからね、覚えてやっておくれ」
「はい、こちらこそよろしくお願いするぞい、エレナ殿」
「は、はい! えっと、今日は、その……た、楽しんでいってくださいね!」
「ふふ。では、お言葉に甘えさせていただくとしますかのう」
にっこりとコリンが微笑みを浮かべると、エレナはさらに顔を赤くする。それを見たベクセルとラウルは、ニヤニヤと笑う。
ラファルドとエメルダも、微笑ましそうに娘を見つめていた。誰の目に見ても、エレナがコリンにホの字なのは明らかだ。
「さ、お茶会を始めよう! この日のために、最高級の茶葉を取り揃えたからね。最高の思い出を作ろうじゃないか!」
「そうね、あなた。侍女さん、皆に紅茶を」
「かしこまりました」
エメルダが近くにいた侍女に声をかけると、城の方からお茶会セットが載せられたワゴンを押す使用人たちがやって来る。
楽しい楽しい、お茶会の始まりだ。
◇―――――――――――――――――――――◇
「はぁ、コリンは今頃城で茶会かぁ。いいなぁ、アタイも参加したかったぜ。旨いクッキーとか出るンだろうな、羨ましいぜ」
「うふふ、そうね~。じゃあ、今度わたしたちでお茶会しましょう。コリンくんを招いて、三人でね~」
コリンがお茶会を楽しんでいる頃、アシュリーとカトリーヌは冒険者ギルドにて旅の支度をしていた。翌日には、ロタモカ公国に旅立つ予定なのだ。
他愛もない会話をしながら、のんびりと荷造りをしていたその時。窓の外から、快活な少女の声が聞こえてきた。
「聞いたで~、お二人さん。アンタら、ロタモカ公国に行くんやろ?」
「うおっ!? ビックリした、いつからそこにいたンだよ……エステル。っつーか、何でそれ知ってンだお前は」
アシュリーたちが声のした方を見ると、開かれた窓のところに一人の少女が座っていた。いたずらが成功した子どものような笑みを浮かべながら。
少女――エステルはボディラインが浮かぶ、ピッチリした黒いタイツ状のスーツの上に紺色の忍装束を着ている。装束の背中には、二重の円に囲まれたサソリの紋章が刻まれていた。
「そんなん、理由なんて一つしかないやろ? ウチの一族は裏社会を牛耳る忍やで。どんな生まれたてほやほやな情報も、即座に伝わるんや」
「そういえばそうだったわね~。それで、今日は何のご用かしら~?」
「いやなー、ウチのオトンが例の『磨羯星』の少年の様子見てきーって言うてな。会いに来たんやけど、なんやおらへんのかいな」
「今はゼビオン城でお茶会の真っ最中だぜ。夕方くらいには戻ってくるから、それまで待ってろ」
「ほーん、そうなんか。ま、ええわ。なら、帰ってくるまでここで待たしてもらうさかい。邪魔するでー」
エステルは部屋の中に入り、ベッドに寝転がる。勝手知ったる我が家の如く、ごろごろしていた。
「おー、ふかふかやな。しっかり手入れしとるみたいやな、感心感心」
「ところでよ、おめぇホントにコリンに会いに来ただけか? 最近、色々聞くぜ。お前ンとこ……『黒蠍衆』のウワサをよ」
「んー、なら話が早いわ。お二人さん、これからロタモカ公国に行くんやろ? なら、どないして国境に広がる迷いの森を抜けるつもりや?」
むくっと身体を起こし、エステルはアシュリーたちにそう問いかける。ゼビオン帝国とロタモカ公国の間には、迷いの森と呼ばれる広大な森林がある。
複雑な地形が広がる森に一度でも足を踏み入れたが最後、案内人がいなければ二度と外に出ることは出来ない。恐るべき天然の迷宮なのだ。
「そうね~、森を案内してくれるエルフさんを雇うつもりよ~。国境沿いの町に住んでるから~」
「そりゃ無理や。帝国に住んどったエルフらは、とっくに公国に引き上げたで。教団の連中が、えらい嫌がらせしたみたいや」
「まじかよ、そりゃ困ったな……エルフがいねぇと、公国に行けねえぞ」
迷いの森は、公国の西と南北に隣接する国との国境全域に広がっている。森を迂回して進もうとすると、途方もない時間がかかってしまう。
そうなれば、公国に入るまで数ヵ月はかかる。とてもではないが、現実的な選択ではない。悩むアシュリーに、エステルがある提案をした。
「そこでや、ウチを案内人に雇わへんか? あの森の抜け方はバッチリ覚えとるから、スムーズに抜けられるで」
「おお、そりゃ助かる……と言いてえトコだが、お前なンか企んでるな? おめぇンとこの忍者軍団、『黒蠍衆』が無償で何かやってくれるってのはまずあり得ねえからな」
「バレたかー。ま、そう構えへんでも大丈夫や。ウチの一族とコリンはんの間に、人脈という名のパイプが欲しいだけや」
アシュリーに詰められたエステルは、あっさりと自身の狙いを白状した。もっと面倒な案件だと思っていたアシュリーは、拍子抜けしてしまう。
「何だ、そンなことか。ま、そこはコリン本人に聞いてくれ。アタイたちからじゃ何とも言えねえよ」
「そうね~、こっちで勝手に話を進めるわけにはいかないもの。エステルちゃん、それでいいかしら」
「ウチはかまへんで。ま、とりあえずここでコリンはんを待たしてもらいますわ」
そう言った後、エステルはゴロンとベッドに寝転がる。新たなる星騎士の末裔、エステル・ラーナトリアとコリンとの出会いの時が、すぐそこまで迫っていた。




