294話─束の間の休息
イゼア=ネデールの長い長い一日が、ようやく終わりを迎えた。結界に張り付いていた敵は一掃され、束の間の平和が戻る。
疲れた身体を休めるため、そしてひとまずの勝利を祝うためコリンたちはアルソブラ城にてささやかな宴会を行っていた。
「いやー、改めて見てみると……本当にししょーにそっくりだね、コーディちゃんって。何だか変な気分ー」
「暗域でもみんなに言われたわ、それ。みんなコリンと私のこと間違えるんだもの、ちゃんとスカートはいてるのに」
「しかしまあ、この歳でこれだけ容姿端麗なら将来はすげぇ美人になるだろうな! どうだ、オレの嫁にこなへぶぅ!」
「口を慎め、このナンパ男が!」
これまでじっくり話す機会のなかったコーディを、星騎士たちが囲んで賑やかに談笑していた。途中でドレイクが吹っ飛ばされたりしたが、問題はない。
「やれやれ、コーディも人気じゃのう。まあ、いい機会じゃ。みなと親睦を深めるのも悪くかなろうて」
「ええ、わたくしもそう思います。見てください、お坊ちゃま。お嬢さまの嬉しそうな顔を」
ラインハルトのお仕置きを食らい、お手玉のように空中でブン回されるドレイクを見て笑うコーディ。新たな家族を得て、心の傷も癒えたようだ。
アシュリーたちに囲まれ、元いた世界でどんな暮らしをしていたのかを聞かれ、忙しそうに答えていた。
「そうねぇ、私の世界だとみんな平和ボケしてたから……いろいろスポーツが発展してたわね。どんなのがあったか、今度教えてあげる。実戦でね」
「おお、そりゃ楽しみだ。……そういや、そっちの世界のアタイらはどんな感じだったンだろうな?」
「私個人との付き合いはあんまりなかったわね。元の世界のお父様が亡くなって、星騎士のシステムが瓦解しちゃったから。でも、全員との面識はあるわよ?」
「へぇ! なあなあ、教えてくれよ。平行世界のアタイたち、どンな風だった?」
コーディがいた世界でも、星騎士たちはいる。しかし、フリードの死によって団結力を失い、それぞれ自由に動いていたようだ。
それでも、遺児であるコーディとの繋がりはあったようで、たまにエイヴィアス(善)の仲介で連絡を取り合ったりしていたのだという。
「じゃあ、まずはアシュリーからね。あっちの世界のあなたは……そうね、魔術師タイプだったわ。根暗で魔法オタクな、典型的な感じの」
「えっ、マジ? そっちのアタイ、魔法使いだったのかよ……」
アシュリーの一言から端を発し、コーディのいた世界での星騎士の末裔についての話が盛り上がる。みな、平行世界の自分が気になるようだ。
「じゃあ、わたしはどうだったのかしら~?」
「カトリーヌはそもそもオーガじゃなかったわね。あっちだとゴブリンの女の子だったわよ? パワーよりスピード、って感じの」
「あら~、そうなの~。うふふ、見てみたかったわ~」
わいわい盛り上がる中、星騎士たちは平行世界の自分たちがどんな人物だったのかを知る。ほとんどのメンバーが、オリジナルとはまるで違っていた。
世界が変われば、人の在り方も変わる。改めてそのことを認識し、星騎士たちはお互いの運命変異体についての話題に花を咲かせる。
「さて、わしは少し席を外すぞよ。マリアベル、後は頼む」
「はい、かしこまりました。して、どちらへ行かれるのです?」
「ちと風に当たってくるでな。なに、すぐ戻るから心配はいらぬ」
そう告げた後、コリンはアルソブラ城を出る。向かった先は、深い森の中。月明かりが木々の間から差し込む中、コリンは奥地へ向かう。
宴会を退席し、わざわざ森の中にやって来たのには理由があった。しばらく待っていると、青い光の柱が降り注いでくる。
「来たか、バリアス。して、わしに何の用じゃ?」
「そう手間は取らせない、すぐに終わる。フィニスの居場所が判明してな、それを知らせに来た」
宴会の途中、コリンはバリアスのテレパシーを受け取った。重要な話があると言われ、一旦城を抜け出してきたのだ。
相手の言った重要な話……それは、行方をくらませているフィニスに関するもののようだ。興味深そうに目を細め、コリンは息を吐く。
「ほう。そうか、ようやくあやつの居場所が分かったのか」
「ああ。時間を止め、そうだな……現実での八年分の時間をかけて探し当てた。結論から言おう。奴は『今ある』世界線には存在していない」
「なぬ? それはつまり……どういうことじゃ?」
いまいち要領を得ないバリアスの言葉に、コリンは首を傾げる。そんな少年に、神は分かりやすい説明を始めた。
「簡単に言えば、奴は今現在歩んでいる歴史の世界にはいないということだ。奴がいるのは……君とフォルネウスによって改変され、存在を消された【もう一つのイゼア=ネデール】だ」
「なんと! 奴め、そんなところに隠れておったというのか。なるほど、道理で見つからぬわけじゃわ」
本来であれば、歴史を改変された時点で世界が二つに分岐し、改変される前の世界は消滅してしまう。のだが、フィニスはそこに目を付けた。
消滅した世界の残滓を元にして、まがい物の世界を再構築し隠れ家にする。アブソリュート・ジェムの力を使えば簡単なことだ。
神々ですらも観測出来ない、滅びた世界。その存在を感知し、入り込むのは容易なことではない。神々にも魔戒王にも、至難の業なのだ。
「私とフォルネウスで協力し、あの世界に入るための道を作っている最中なのだがね。一つ、問題が起きてるんだ」
「何じゃ、その問題とやらは」
「道を通り、かの世界に至れる人物が限られてしまっているんだ。フィニスの意思とは関係なく、まがい物として再生した世界がえり好みをしているらしくてね。我々神は全員弾かれてしまったんだ」
バリアス曰く、道を作っても通れる者がいないのでは何の意味も無いと言う。道を通れる者を見つけ出して、まがい物世界に入ってもらう。
その後、まがい物世界側から道を補強すれば誰でも入り込めるようになる。バリアスとフォルネウスは、そう考えているようだった。
「なるほどのう。そのために、わしらに協力してもらいたいということじゃな?」
「話が早くて助かる。イゼア=ネデールの住人である君たちならば、道を通りまがい物の世界に至れる確率が高い。フィニスが逃げ去る前に、開通させたいのだ」
「そういうことであれば、喜んで協力しよう。ただし、今日はもう遅い。明日以降、みなに事情を話してから改めて協力する。それでよいかの?」
「ああ、私としてはそれで構わない。協力に感謝するよ、コリン。では、私はもう戻る。君も風邪を引かないうちに、家に帰るといい。風が冷たいからね」
話がまとまった後、バリアスは礼を言って帰っていった。一人残ったコリンは、大きなあくびをしてから闇魔法でドアを作る。
「さて、城に帰ろうかの。明日に備えて、英気を養っておかねば」
そう呟き、アルソブラ城へ帰っていった。
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「はぁ、はぁ……。何でこっちだけこんな敵いるんだよ!? フィニスとかいう野郎、配分間違えてんじゃねぇのか!?」
「それだけ、僕たち……いや、正確には僕を殺しておきたいんだろうね。魔神の厄介さは、同じ魔神が一番知ってることだろうし」
その頃、リオたちはいまだ戦乱の最中にいた。全戦力が注がれ、キュリア=サンクタラムを滅ぼそうと邪神たちがひしめいている。
タフな魔神たちとはいえど、一日中戦っていると流石に疲れてしまったようだ。リオやカレン、ダンテはみなやつれている。
「やっぱ、バルバッシュに残ってもらうべきだったんじゃねえのか? オレたちだけじゃ、いい加減キツくなってきたぞ」
「援軍要請したんだろ? いつになったら来るんだよそいつら、大幅に遅刻して……やべ、ぐあっ!」
街を守るべく、防壁の外で戦うリオたち。そんな中、カレンが体当たりを受け吹き飛ばされてしまう。
運悪く、吹き飛んだ方向は敵陣のど真ん中。このままでは、リオとダンテの救出が間に合わない。
「カレンお姉ちゃん、今助けに……もう、邪魔!」
「やべぇぞリオ、急がねえと取り返しのつかないことにな」
「ハーッハッハッハァ! 待たせたなァ、最強の助っ人が来てやったぜ! 食らいな、魑魅魍魎ども! サンダーバレス・インパクト!」
「ギィヤァァァァァ!!!!」
絶体絶命の状況にて、ついに援軍がやって来た。大地に降り立ったミョルドが、大規模な放電による攻撃を行い、敵を滅ぼす。
少し遅れて、今度は突風が吹き荒れ……カマイタチが邪神たちを切り刻む。頼もしい助っ人を見たカレンとダンテは、思わず涙ぐむ。
「へっ……何だよ、懐かしいツラが見えるじゃねぇか。来るんだったら、もっと早く来いよ……バカ先代が」
「ははっ、こりゃあいいサプライズだ。一本取られたぜ、リオの奴……オレたちに内緒にしてやがったな」
「久しぶりだなァ、後輩ども! 黄泉の国から助っ人に来たぜ! ここからはオレサマたちも加わってやる! もう安心しな!」
「そういうことだ。さあ、共に戦おう。一気に敵を殲滅してやろうじゃないか」
フィニスの放った軍団との、最後の激闘が始まった。




