293話─それぞれの決着
コリンの戦いが終わった頃、アルベルトもまた戦いを終えようとしていた。もっとも、こちらは無傷での勝利とはいかなかったが。
仲間たちに殉じず、一人生き残ることへのケジメとして……アルベルトは、左腕と両足をわざとホロ・ジェイドに奪わせた上で勝利していた。
「本当に、ごめんなさい。利き腕と目はあげられないけど、それ以外なら差し出すから。これが、僕に出来る精一杯のケジメだよ……う、ぐっ」
「……生キロ、アルベルト。私タチノ分マデ……」
「え……?」
「ケジメハ付イタ。オ前ハモウ、自由ダ……」
血溜まりの中に座るアルベルトに、消滅し始めているホロ・ジェイドは最後にそう告げる。直後、上空に浮かぶホロルグラフから不快な金属音が響く。
全ての目が潰れ、ドス黒い血の涙を流しながら落下してくる。アルベルトの元へと。その場から動くことの出来ない少年は、弱々しい笑みを浮かべる。
「あはは……やっぱり、こうなっちゃうか。カトリーヌやジェイドさんには悪いけど……僕は死ぬ運命だったってことだね」
断面を凍結させて止血していたおかげで、意識はハッキリしている。最期の時まで潰される苦痛を味わい続けるのか、と自嘲していると……。
「シュリ、コリンくんをお願い! 間に合って……バハクインパクト!」
「! そうか、そっちも勝ったんだね……。じゃなかったら、落ちてこないか」
間一髪、カトリーヌたちが戻ってきた。グロッキー状態のコリンをアシュリーに預け、カトリーヌは地を駆ける。
そして、ハンマーをフルスイングしてホロルグラフを打ち返した。跳ね返された魔物は、甲高い金属音を断末魔とし……爆発して滅びた。
「終わったな、これで本当に。……っておい、なンかやべぇ怪我してるじゃねえか!」
「大変、早く治療しないと!」
「平気だよ、これくらい。氷を義手や義足にすればいいからね……よっと」
手足を失う重傷を負ったアルベルトの元に走り寄るカトリーヌ。一方のアルベルトは、氷を操り失った手足の代わりを作る。
見た目こそ精巧だが、足は膝の曲げ伸ばしくらいしか出来ず、手は見てくれだけの飾りだ。今後一生、誰かの助けがなければ生きられない。
生き延びるためのケジメは、とても重いのだ。その事実を痛感したカトリーヌは、押し黙ってしまう。
「そんな暗い顔しないでよ。これでも、結構救われたんだよ? 偽物とはいえ、ジェイドさんが認めてくれたからさ……生きていていいんだよって」
「ご先祖様……」
「くー……すぴー……」
シリアスな空気の中、限界を迎えたコリンが寝た。安らかな寝息に、アシュリーたちの緊張が一気にほぐれる。
大きな代償を払ったものの、彼らは勝ったのだ。フィニスが呼び寄せた新たな刺客たちとの戦いに。戦いが終わった今、彼らがすべきことは……。
「ンじゃ、帰るとすっか。他の連中の安否も気になるしな」
「ええ、そうね。みんな無事だといいのだけれど」
帰るべき場所に戻り、次なる戦いに向けて身体を休めることだ。アルベルトを担ぎ、カトリーヌはアシュリーと共に帝都へ戻る。
イゼア=ネデールでの決戦が終息したのとほぼ同時に、他の大地でも戦いが終わろうとしていた。その結果は、果たして……。
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「終わったな。グランザームが抜けた時はどうなるかと思ったが……ま、オレサマたちがいりゃあ敗北なんてありえねぇがよ! ガハハ!」
「ひとまずはこれで終わりか。とはいえ、いつ次が来るか分からない。油断は出来ないね」
鎮魂の園では、二人の魔神……ミョルドとグリオニールの活躍によってフィニスの軍勢を全滅させることに成功していた。
結界も修復され、より強固な守りの布陣が敷かれている。新たな敵が来ても、今度は結界にヒビ一つ入れることも出来ない。
「おいすー。みんなお疲れちゃーん。いやー、無事勝ててよかったねー。つっても、まだ完全には終わってないけど」
「お、ムーの姐さんお疲れ様っす。そっちはどうなんだ?」
「そりゃーもうバッチリよー。所詮は三下の群れ、あーしたちが本気出せばよゆーだし」
兵士たちが休んでいると、ムーテューラが様子を見にやって来た。上にあるグラン=ファルダでも、神々が敵の殲滅に成功したようだ。
ミョルドたちと談笑していると、一人の兵士が走ってくる。耳打ちされたムーテューラは、真剣な表情を浮かべた。
「ん? 姉さんよ、何があったんだ」
「キュリア=サンクタラムが集中攻撃受けてるんだってさ。フィニスの奴、自分のオリジナルだけは絶対ぶっ殺す! ってなってんだろうね。珍しくリオくんから救援要請来たよ」
「ほう、では……我々に行かせてはもらえないかな、女神よ。その方が、いい『サプライズ』になるだろうしね」
フィニスは現在残っている戦力の全てを一転集中させ、リオを討ち取ろうとしているようだ。キュリア=サンクタラムに常駐させている連絡係から、ムーテューラの元にその情報がもたらされる。
そして、リオからの救援要請も届く。基本、自分たち魔神だけで危機を乗り越えることを信条としている彼から要請が来た。
その意味は一つしかない。それを察したからこそ、グリオニールは自分たちが行くと進言したのだ。もちろん、ムーテューラは首を縦に振る。
「ん、いーよ。あっちも最初からそのつもりだろーしねー。とりま、蘇生させっから後は……アレだよアレ、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応、みたいな?」
「イマイチ頼りねーな……ま、いいか。千年ぶりの現世だ、大暴れしてやろうぜアニキ!」
「ああ。そうさせてもらおう。狼は群れの仲間を大切にする。家族を傷付ける者には……容赦など一切しないよ」
一つの戦いが終わっても、新たな戦いの始まりがすぐにやって来る。ミョルドとグリオニールは、お互いに顔を見合わせニヤリと笑った。
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その頃、アゼルたちがいる大地、ギール=セレンドラクでは慌ただしい戦後処理が行われていた。一時は危ない状況に追い込まれたものの、何とか勝利し……。
戦死者たちを蘇生するべく、アゼルが大地の隅から隅まで飛び回っていた。特段やることもないので、グランザームもくっついてきている。
「ほう……流石の余も、死者の蘇生は初めて見るな。ふむ、実に興味深い能力だ」
「えっと、ありがとうございます……お義父さん」
「そう硬くなることはない、婿殿……いや、アゼル。我々はもう家族なのだ、そんなによそよそしい態度を取ることもあるまい」
「そう言われても……流石に緊張しちゃいますよ、ええ」
ボーンバードを駆り、アゼルは空を駆ける。その隣を、悠々とグランザームが飛んでいく。二人が次に向かったのは、とある谷だ。
アゼルが所属するネクロマンサーの一派、スケルトン使役の専門家……『操骨派』のメンバーが住む里があるのだ。
「ほう、こんな辺鄙な土地にも里があるとは」
「ぼくの父の出身地なんです。……あ、そういえば。この里に、お義父さんの弟子が住んでたっけ……」
「弟子? ……ああ、言われなくとも分かるぞ。ポルベレフだな? 余の弟子の中で、暗域の外にアトリエを構えるような変人は奴しかいない」
「……やっぱり、師匠目線でも変人認定されてるんですね、彼……」
そんな会話をしながら、アゼルたちは里へと降り立つ。この地でも、多くの戦士たちが命を散らしたのだろう。
愛する妻や子、夫、両親に兄弟……さらには親友や恋人を守るために。人それぞれの悲劇が、数多の数存在している。
「まずは里長のところに行って、被害の状況を確認します。それから、遺体の損傷が激しい方から蘇生を……」
「ふむ、では微力ながら余も力を貸そう。婿殿の魔力タンクくらいはやれるからな」
「ありがとうございます、お義父さん」
だが、アゼルがいる限り悲劇は悲劇のままで終わらない。死者蘇生の力が、悲劇を喜劇に変える。不条理な死を、一つでも多く減らすために。
戦いが始まっても、終わってからも。力無き者たちを悲惨な運命から救う。そのために得た力を、アゼルは振るい続けるのだ。
求める者がいる限り、永遠に。
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「報告します、フィニス様。レイジたちの代わりに差し向けたホロルグラフが敗北しましたが……如何致しましょう」
「しばらくは小康状態を保つ。敵も味方も、今は蓄える時だ。完膚なきまでに叩き潰し、絶望を与えるためには……奴らに敗北の『言い訳』をさせる余地を残してはならぬからな」
一方、フィニスはクレイヴィンからホロルグラフ敗北の報を受けていた。特に悔しがることもなく、配下にそう告げる。
「じきに時が満ちる。それまでの間、最後の平穏を楽しむといい。最後に勝つのは……この私だ」
左手を握りながら、フィニスはそう呟いた。




