291話─邪悪への裁き
コリンVSホロ・ガルトロス、アシュリー・カトリーヌ・アルベルト連合VSホロ・ヴァールに別れ、戦いは続く。
全身をバラバラに分離させ、ホロ・ガルトロスはコリンを包囲する。自由自在に遠隔操作出来る手足を用い、攻撃を行う。
「死ぬがいい、ガキ! たっぷりといたぶってから殺してやるぞ!」
「ふん、やれるものならやってみるがよいわ。ディザスター・スライム【分裂】!」
「分裂するスライムか……そんなもの、全て避けてしまえばいいだけのこと!」
「ほー、言うではないか。では、宣言通り全部避けてもらおうかのう!」
ホロ・ガルトロスを挑発しつつ、コリンはクリガラン渓谷の奥へと誘導していく。地の利を得るため、そして、アシュリーたちを巻き込まないようにするために。
「ガルルァァァァァ!!!」
「うおっ、あぶね! チッ、あの四肢無しドラゴン暴れすぎだろ!」
「何かに怒ってるのかしら……でも、どこか悲しそうにも見えるのはどうして……?」
一方、アシュリーたちは上空から雨あられと降ってくる雷を避けるのに精一杯だった。ホロ・ヴァールは雄叫びをあげ、地上を睨む。
狂気の光が宿る瞳を遠目に見ながら、カトリーヌはそう呟く。怒りの咆哮の中に、僅かに宿る悲しみの色を感じ取っていたのだ。
もっとも、カトリーヌ自身が何故そう感じたのかを理解出来ていなかったが。
「仲間が苦戦しているぞ? 助けに行かなくてもいいのか?」
「カッカッカッ、アシュリーたちはあの程度で音をあげるほど軟弱ではないわい。みな、神々や魔戒王との修行を乗り越えた猛者。敗北などないわ!」
「……ああ、本当にイライラさせられる。その態度、仲間への信頼具合……全てが奴を、リオを思い出させる! 不愉快な奴め!」
延々と分裂しながら降ってくる闇のスライムを避けつつ、ホロ・ガルトロスはコリンへ斬撃と蹴りを浴びせかける。
対するコリンは、得意の杖術を使い攻撃を捌く。そんな中、コリンは疑問を抱いた。何故ここまで、相手はリオを嫌うのかと。
「おぬし、さっきからえらいリオを憎んでおるが……一体どんな関係なのじゃ?」
「なんだ、私のことは親から聞いたのではなかったのか?」
「貴様のことなんぞ、名前と能力くらいしか伝わっとらんからのう。小物に割く紹介ページなど多くはないのじゃよ! それっ、スライムおかわりじゃ!」
挑発を交えつつ、コリンはスライムをさらに増やし猛攻撃を仕掛ける。事前に宣言した以上、ホロ・ガルトロスは一発も食らえない。
少しずつ余裕がなくなってきたようで、饒舌だった語りもなりを潜めてもきた。だが、何故リオを嫌うのかだけは話したくて仕方ないようだ。
「なら、教えてやる。何故私がリオを嫌うのか……それはな、私が奴の兄だからだ!」
「なぬっ!?」
「バカめ、隙あり!」
相手の言葉に驚き、ついコリンは攻撃の手を止めてしまった。その隙を突き、ホロ・ガルトロスは右手を飛ばす。
コリンの首を掴み、締め上げていく。文字通り、相手の首に手を食い込ませることに成功してすっかり気を良くしていた。
スライムによる連続攻撃が止まったのをいいことに、余裕の態度を見せる。勝利する前に勝ち誇るという悪手を、やらかしてしまっている。
「ぬっ、しまった……」
「ククク、こうなったらもう終わりだ。絞め殺されるか首をへし折られるか……好きな死に方を選ばせてやるぞ」
「ぬぐぐ……やめておけ、後悔することになるぞよ」
首にかけられた手をはずそうと四苦八苦しながら、コリンはそう告げる。しかし、優位に立っているホロ・ガルトロスは聞く耳を持たない。
「離すものか。自分から渓谷の奥に来たのが仇になったな、ここまで来たら仲間の援護は望めぬぞ」
「むぐぐ……それより、貴様はリオの兄と言うたな。ならば何故、奴をそこまで嫌う? 魔戒王の配下に身を落とし敵となった?」
「知りたいか? いいとも、冥土の土産にするといい。私と奴は、とある王国の王子でな……」
すでに水面下でコリンが『仕込み』を行っているとも知らず、ホロ・ガルトロスは得意気にペラペラ喋り出す。
弟であるリオともども、とある国の王子として生を受けたこと。国王と王妃……両親の言うことなど聞かず、好き放題悪さをしていたこと。
リオが生まれてすぐ、王位継承権を失いグランザームの勢力に寝返ったこと。これらを悪びれることもなく、楽しそうに語った。
「両親は私に王位を継がせるつもりがなかった。生まれたばかりの赤子を、下らぬ予言を信じ王にしようとしていたのだよ。だから殺してやった。私を軽んじる者など不要だからな!」
「……なるほどのう。貴様、清々しいまでのゲスじゃな。世界広しといえど、これほどまでのクズなどそうはおるまい。リオの奴も、可哀想なものよのう」
「ええい、どいつもこいつも同じような反応を! 何故だ、何故誰も私の行動を理解しない? 賛同しないのだ!」
「当たり前じゃよ。身勝手な屁理屈で起こした凶行など、誰が支持するものか。聞きたかったことは全部聞けた、もう死んでよいぞ」
「何を言う。死にかけているのはお前のほ……」
そこまで言ったところで、ホロ・ガルトロスは違和感に気が付いた。右の手のひらに、ひんやりする感覚が広がってきたのだ。
その感覚の正体は、闇のスライム。首を掴まれた時点で、喉に魔力を流して少しずつスライムを染み出させていたのだ。
「こ、これは!?」
「残念じゃったのう。一度捕まったらもう仕舞いじゃよ。わしのスライムは凶暴で貪欲。捕らえた獲物はまるごとペロリじゃ!」
「舐めるなよ、私は首から下を鎧に同化させている。その鎧も、いくらだって再生させられ……なっ!? 何故頭の方にスライムが!?」
手を食われながらも、まだ余裕の態度を見せていたホロ・ガルトロスだったが……頭部まで侵食されていると分かった途端、狼狽し始める。
「フン、身体を遠隔操作しているならばそちらにスライムを転移させればいいだけのこと。貴様のチャチな魔法など、わしには簡単に攻略出来たわ」
「ぐうっ、このっ! 離れろ、気色悪いドロドロめがァ!」
「ムダじゃ、一度食らい付いたらもう離れんよ。もう一度死ぬがよい。ま、肉体という殻を持たぬ今の貴様だと、魂を丸々食われて消滅することになるがの」
今のガルトロスは、魂をホログラムとして投影された特殊な状態にある。肉体という防御膜を持たない、魂が剥き出しの今。
ディザスター・スライムに触れられれば、無防備な魂を直接貪り食われることになる。そうなれば、存在そのものが消滅する……本当の最期になる。
「い、嫌だ! せっかくチャンスを掴んだのに! こんなところで死ぬなど……そんなの、認められ……ぐぁぁぁぁぁぁ!!!」
「せいぜい、苦しみながら消えてゆけ。どうしようもない極悪人には、相応しい末路じゃろうて」
剥き出しの魂を食われる激痛に襲われ、悲鳴をあげるホロ・ガルトロス。あえてトドメを刺さず、コリンはその場を立ち去る。
ひと思いに楽に……などという慈悲は与えない。犯した罪の重さと愚かさをじっくり味わわせながら、消滅という罰を与える。
それが、コリンの彼に対する裁きだった。背後から聞こえてくる悲鳴を聞き流し、コリンはアシュリーたちの元へ戻ろうとする。が……。
「さて、さっさと戻って……む? チッ、またホログラムか! これで四体目……今度は誰じゃ? もうよほどのことがないと驚かぬぞ、わしは」
遙か遠くから光が投射され、その中にホログラムが浮き上がっていく。退屈そうにしていたコリンは、ホログラムの輪郭がハッキリしてくるのにつれ……。
嫌な予感を覚えた。少しずつ、確実に……立体映像が自分の見知った人物へと変化していくのだ。その場を離れることすら忘れ、コリンは呟く。
「ま、まさか……!? こんな、こんなことがあってよいのか!? よりにもよって──」
「ホログラム投影完了。ホロ・フェルメア……眼前の敵を抹殺します」
「ママ上の相手をせねばならぬとはな」
現れたのは、コリンの母にして序列第三位の魔戒王──フェルメアだった。これには、流石のコリンも驚きを隠せない。
イバラを模したムチを呼び出し、ホロ・フェルメアはゆっくりと歩き出す。コリンが身構える中、さらなる敵が現れる。
「ホログラム投影完了。ホロ・ギアトルク……殲滅を開始する」
「く、ふはは。わははははははは!! ここまで来ると、もう笑うしかないわい! ここまで悪意のある人選をしてくるなど……ふっ、よかろう。所詮はホログラム、遠慮せず倒してくれるわ!」
父と母。いつの日か超えるべき存在が、幻影の戦士として……コリンの前に、立ちはだかる。




