30話―落とし子の魔術師
コリンとベイルの戦いに決着がついた頃、地上のダンスホールでも騒動が鎮圧されようとしていた。アシュリーたちの手により、密偵が打ち倒されていく。
アシュリーとカトリーヌは魔法で服を変え、ドレスからいつもの戦闘用の衣装になっていた。
「この、ぐあっ!」
「ハッ、弱すぎて話にならねぇな! カティ、貴族のお偉いさンたちは!?」
「大丈夫よ~シュリ。みんな、ちゃんと安全な場所に逃がしたわ~。それっ」
「く、来るな……あぎゃっ!」
密偵たちがラファルド七世や貴族たちを手にかけることは出来なかった。何故なら――マリアベルによって、腰から下を家具にされてしまったからだ。
「くそっ、何がどうなってやがる。なんで俺の脚がタンスになっちまってるんだァァァァァ!?」
「ふっ。どれだけ卓越した技術と戦闘力を持つ者であろうとも、動くことが出来なければ半分も実力を発揮出来ない。わたくしがいる時点で、もう詰んでいるのですよ。あなた方はね」
全身を歪な形のタンスに変えられた密偵の上に腰かけ、腕と脚を組みマリアベルは笑う。彼女の瞳には、嗜虐的な輝きがあった。
彼女もまたコリンと同じく、人の理を越えた闇の力を宿しているのだ。恐ろしいことに、彼女の力はこれが全てではない。
「これで全員、ですか。怪しい気配はもう、ここにはありません。後は、お坊っちゃまの帰りを待つだけですね」
「そうね~。コリンくん、ちゃんと戻ってこられるのかしら」
「問題はありませんよ。わたくしには分かります。もうすぐ、ここにお戻りになられます」
「ほんとかよぉ? ま、こっちからはどうにも出来ねえし待つしかないか」
皇帝たちは安全な場所に逃げ、密偵たちも全滅させた。あとは、コリンが帰還するのを待つのみ。少しして、床の一部が波打つ。
アシュリーたちが身構えた直後、床が『再構築』され穴が出現する。その中から現れたのは――ベイルの左手と首を持ったコリンだった。
「ふう、ベイルの奴に左手を自切させる作戦は大当たりじゃのう。こうやって、労せず戻ってこれたわ。あよいこらしょっと」
「コリン! よかった、無事戻れたンだな! で、あの男はどうした?」
「ベイルか。奴はキッチリと始末させてもろうたぞ。首を獲ってやったわい」
穴から這い出したコリンは、僅かに魔力が残留しているベイルの左手を使って穴を塞ぐ。最後の魔力を使い果たし、左手は塵になった。
「お帰りなさいませ、お坊っちゃま。不届き者は全員、わたくしたちで殲滅しました。もう、この場に教団の手の者はいません」
「うむ、ご苦労じゃったなマリアベル。礼を言うぞ。さて……カトリーヌよ、実はじゃな」
コリンはマリアベルに労いの言葉をかけた後、カトリーヌの方を向く。そして、ベイルがウィンター家襲撃の黒幕だったことを告げる。
話を聞き終えたカトリーヌは、ハンスたちの真の仇をコリンが討ち果たしてくれたことを知った。柔らかな笑みを浮かべ、コリンの前でしゃがむ。
「ありがとう、コリンくん。あなたには、ずっと助けられてばかりね。お礼になるかは分からないけれど、わたしの感謝の気持ち……受け取ってね。ちゅっ」
「!!?!!???!?!?! な、ななな何をするのじゃ!? お、おでこに……ち、ちゅーなど! そういうのは、お互い好いておる者同士で……ぷしゅー」
「コリンくん? どうしたの~? コリ……た、立ったまま気絶しているわ~……」
「どンだけ恥ずかしかったンだよ……気絶するほど……って、カティ後ろ、後ろ!」
額にキスをされ、あまりの恥ずかしさにコリンは耐えきれなかったようだ。白目を剥き出しにして、立ったまま気を失ってしまう。
何とか起こそうとコリンの身体を揺さぶるカトリーヌだったが、その後ろから凄まじい殺気を放つマリアベルが……。
「……ふ、ふふふ。ついに本性を現しましたね? 謝礼にかこつけてお坊っちゃまの額に口付けをするとは。そこに直りなさい。滅して差し上げます!」
「きゃ~、ごめんなさ~い!」
「あいつはアタイが抑える! 今のうちに逃げぶべらっ!」
「女狐滅殺! 覚悟!」
フリーズしてしまったコリンを抱え、カトリーヌは無人のホールを逃げ回る。アシュリーはマリアベルに瞬殺され、頭から床に埋められた。
般若のような表情を浮かべたマリアベルは、コリンが復活するまでずっとカトリーヌを追いかけ回していた。
◇―――――――――――――――――――――◇
一時間後。ようやく全ての騒動が収まり、舞踏会が再開されることとなった。ダンスホールに貴族たちが戻り、騎士団が警備を固める。
「さて、お集まりの諸君! 華やかなる舞踏会を再開……する前にだ。我々の命を救ってくれた、偉大なる英雄を讃えようではないか! さあ、小さくとも勇敢なる者よ、ここへ」
「ハッ!」
貴族たちやアシュリーらが見守る中、コリンは堂々とした佇まいでラファルド七世の前に進み、ひざまずく。皇帝はコリンに、感謝の言葉をかけた。
「コリンくん、君が教団の企みを阻止してくれたおかけで、我々は無事だった。本当にありがとう。さあ、皆も讃えよ! 現代に現れた、新たなる英雄を!」
「おおーーーー!! コリン万歳! コリンばんざーい!」
皇帝の言葉に、ホールに集っていた者たちはドッと沸き立つ。そんな中、コリンはラファルド七世に向かって静かに声をかける。
「……陛下。もし、よければ……一つ、叶えていただきたい願いがあります」
「ふむ、申してみよ。そなたは恩人だ、余に出来ることなら何でも叶えようぞ」
「今の私は、名乗るべき二つ名を持たぬ存在。陛下が許してくださるならば、父母より授けられし二つ名……『落とし子の魔術師』を名乗ることを、お許し願いたいのです」
「何だ、そんなことでよいのか? ふむ、あい分かった。では、この場にいるみなを証人とし認めよう。これよりそなたが、『落とし子の魔術師』の二つ名を名乗ることを!」
コリンの懇願を受け、ラファルド七世はそう宣言する。新たなる英雄の誕生の瞬間に立ち会った人々は、歓喜をあらわにする。
そんな彼らへ振り返り、ラファルド七世は声高に告げる。コリンを讃えるための、舞踏会の始まりを。
「さあ、宴を始めよう! 今日はみな、大いに踊り、歌い、楽しむがよい! この国の歴史に残る、めでたき日なのだから!」
「おおーーーー!!」
穏やかで荘厳な音楽が流れ始め、貴族たちはめいめい好きな相手を見つけ踊り出す。そんな中、コリンの元には大量の貴族令嬢が殺到していた。
「コリン様、ぜひわたくしと踊ってください!」
「いえ、ここは私と!」
「ダメよ、あたしと踊ってもらうんだから!」
「お坊っちゃまを囲むのはやめなさい、娘たち。一人ずつ順番に並ぶのです。いいですね?」
「は、はぁい……」
マリアベルの圧を受け、令嬢たちは大人しく一列に並び始める。一方のコリンは、周囲をきょろきょろ眺めていた。
「何探してンだ? コリン」
「いや、カトリーヌはどこかと思うてのう。最初に踊る相手は、彼女とそなたの二人と決めておるでな」
「三人で踊るのか? 前代未聞だぜ、そンなの。おもしれえじゃねえか、カティは……お、あそこにいるな」
ドレス姿に戻ったアシュリーは、茶菓子を食べながらカトリーヌを探す。すると、会場の端っこで柱の陰に隠れているのを見つける。
カトリーヌの方もドレス姿に戻っているのを確認したアシュリーは、幼馴染みの元に向かいコリンの方へ引っ張っていく。
「ほら、コリンの指名だぜ? 観念してこっち来い! 皆にカティの綺麗な姿見てもらおうぜ!」
「は、恥ずかしいわ~。でも、コリンくんの頼みなら……うふふ。いい、かな」
「済まんのう、カトリーヌ。わしのわがままに付き合わせてしもうて。じゃが、せっかくの社交界デビューなのじゃ。大切な仲間と共に、と思うてな」
「ありがとう、コリンくん。それじゃあ、エスコートお願い出来るかしら~」
コリンの前まで来たカトリーヌは、にっこり笑いながら手を差し出す。力強く頷いた後、コリンはその手を掴み笑い返した。
「うむ、もちろんじゃとも! さあ、楽団よ! もっと熱く、激しいビートを刻むのじゃ! 身も心も、魂までも焦がす情熱の舞いを、ご覧にいれてしんぜようぞ! さあ、二人とも手を!」
「おう!」
「ええ!」
「今こそ見せよう! 我が一族に伝わる、秘伝の舞いを!」
手を繋いだ三人は、ホールの中央に躍り出る。その直後、楽団の奏でる曲がゆったりとしたクラシックから激しいアップテンポな曲へ変わった。
コリンはアシュリーとカトリーヌの頭に踊り方のイメージを魔力で伝え、サポートを行う。その甲斐あって、二人はスムーズにステップを踏めた。
「いいぞ、いいぞー!」
「なんて情熱的な踊り……それも、三人一緒にだなんて。あんな素敵なの、見たことないわ!」
「はっはっはっ! 愉快、愉快! 英雄の息子は、踊りも達者というわけだ!」
ラファルド七世や貴族たちから拍手喝采を浴びながら、三人は踊り続ける。彼らの顔には、晴れやかな笑顔が広がっていた。




