290話─ホログラムの戦士たち
「行くぞカティ、コンビネーション攻撃だ!」
「ええ、それっ!」
「グ、ウ……フェイタルエラー、戦闘続行フノウ……」
戦いが始まってから、十数分後。アシュリーとカトリーヌの連携攻撃を受け、ホロ・アシュリーは機能不全に陥った。
全身に紫電が走り、バチバチと音を立てた後……小規模な爆発を複数回起こし、そのまま消滅する。直後、天に浮かぶホロルグラフに変化が起こる。
「ホログラム防衛システム、損傷を確認。リカバリー作業ヲ開始シマス」
「む、見よ。下の面にある目が潰れたぞよ!」
「なるほど、ホログラム? を撃破すると、連動して目にもダメージが入るのか。なら、僕たちの戦いの方向性は決まったね」
ホロ・アシュリーの消滅と同時に、ホログラムを作り出していた目が潰れたのだ。光が消え、呻き声にも似た音を出しつつ回転する。
本体への攻撃はバリアで阻まれてしまうが、こうやってホログラムを倒せば連動してダメージを与えられるようだ。
その事実が判明し喜ぶアルベルトだが、コリンは心の中で訝しんでいた。
(おかしい。フィニスの放った刺客にしては、あまりにも攻略法がストレート過ぎる。あの捻くれた者が、何の裏も無くこんな魔物をけしかけるのか?)
あまりにもあっさりと攻略法を見つけられたこと……それも、限りなく正攻法に近いものであることに疑念を抱くコリン。
少年の抱いたその懸念は、思わぬ形で現実のものとなってしまう。そう簡単にホログラムを倒されなければいい。
そんな精神が見えるような展開が、コリンたちの目の前で起こった。新たに下を向いた面から光が放たれ、新たなホログラムが投射されるが……。
「ホログラム投影。『ホロ・ガルトロス』ヲ召喚シマス」
「はぁ!? 誰だよそいつ、いきなり知らねぇ奴が出てきたぞ!?」
「むむ、どこかで聞いたような……ダメじゃ、まるで思い出せん」
新たに現れたのは、真っ白な鎧とマントを身に付けた重装備の騎士だった。フルフェイスの兜で顔を覆っているため、素顔は見えない。
てっきり、星騎士のホログラムを呼び出してくるのかと思っていたアシュリーは素っ頓狂な声をあげて驚きをあらわにする。
一方、コリンは相手の名を知っているようで、詳細を思い出そうと一生懸命首を傾げる。そんな中、敵……ホロ・ガルトロスが動く。
「敵は四人……か。どれも小粒、この『死騎鎧魔』ガルトロスの敵ではない」
「あら~、本当にそうか確かめさせてあげるわ~。ご先祖様、やっちゃいましょ~」
「分かった、それっ! ダブルアタックだ!」
コリンたちを順番に見回し、小バカにするような笑みを浮かべ……たのかどうかは分からないが、少なくともホロ・ガルトロスは相手を侮っていた。
そんな相手に向かって、カトリーヌとアルベルトが連係攻撃を仕掛ける。二人のハンマーが空を切り裂き、ホロ・ガルトロスを挟むように振るわれる。
「そーれ! 合体奥義……」
「サンドプレスクラッシュ!」
「へっ、何だあいつ。あれだけ偉そうなこと言ったクセに、無防備に食ら──!?」
「どうした、この程度では私は死なないぞ?」
「う、嘘!? どうして生きてるの!?」
二人の攻撃は、ホロ・ガルトロスの鎧を砕き胴体を完全に挟み潰した。普通なら、生きていられるわけがない致命傷だ。
だが、それにも関わらずホロ・ガルトロスは平然としていた。二振りの剣を呼び出し、驚いているカトリーヌとアルベルトを斬り付ける。
「きゃっ!」
「いたっ!」
「さあ、ここからは私が攻撃する番だ。死ぬがいい! スウィングブレード!」
「危ない! 死神よ、二人を守るのじゃ!」
煌めく白刃が、吹き飛ばされたカトリーヌに襲いかかる。コリンは死神をけしかけて、仲間を守る盾にした。
身代わりとなった死神は、相手の攻撃を食らって消滅してしまう。だが、そのおかげでどうにかカトリーヌは窮地を脱せた。
「運のいい奴め。だが、私の猛攻からは逃れられぬぞ! 魔鎧再生!」
「……む、そうじゃ! 思い出したぞよ、貴様が何者なのかを! 貴様はかつて存在した魔戒王、グランザームの配下の者じゃな!」
「ほう、私を知っているのか小僧。その出で立ちと気配……なるほど、お前は魔族……いや、闇の眷属か!」
死神を退けたホロ・ガルトロスを見て、コリンはようやく相手の正体を思い出す。昔、母であるフェルメアから聞かされていた。
夜眠る前のお話として、彼女の同胞だったグランザームとその配下たちの物語を。その中で語られた人物の一人が、目の前にいる敵。
ホロ・ガルトロスなのだ。同時に、白亜の騎士もコリンの正体に気が付いた。かつて仕えた主と同じ闇の眷属だと知り、愉快そうに笑う。
「ハハハハ!! ちょうどいい、貴様を倒してフィニスへの手土産にしよう。そうすれば、ホログラムから実体のある生者に昇格してもらえるからな!」
「フン、やれるものならやってみい! ママ上から、昔話として貴様のことは聞いておる。どんな長所と短所があるのかもな! ディザスター・ランス!」
かつてグランザームに取り入ったように、今度はフィニスに取り入って実体を獲得し、成り上がろうと企んでいるようだ。
一番手のホロ・アシュリーと違い、別の大地の人物だからか本人の魂がホログラムとして投影されているらしい。
本来ならば大罪人として鎮魂の園に幽閉されているはずなのだが、アブソリュート・ジェムを持つフィニスに不可能はないという事なのだろう。
「フン、どこを狙って……チッ!」
「知っておるぞ、貴様は全身を鎧に変える能力を持っておるが……頭部だけは生身のままじゃとな。実体無きホログラムでも、弱点は弱点のままなようじゃのう? ん?」
「小癪なガキめ……貴様を見ていると、リオを思い出して苛立ちが募る。まずは貴様から殺してやるぞ!」
頭部を狙って放たれた闇の槍を、舌打ちしながら避けるホロ・ガルトロス。実体を持たないホログラムの状態でも、頭部は弱点なようだ。
その情報を知っているコリンを敵視し、ホロ・ガルトロスは全身を分解する。そして、手足をコリンに向けて飛ばした。
「おっと、コリンばっかり相手してねぇでよ、アタイらとも遊んでくれよ! フラムスピアー!」
「おっと、危ない。言われずとも、相手をしてやるさ。ただし……私以外のホログラムがな!」
「シュリ、気を付けて! 別の相手が来るわ!」
ホロ・ガルトロス一人では荷が重いと判断を下したホロルグラフが、再び回転し始める。アシュリーとカトリーヌ、アルベルトの相手を呼び出すつもりだ。
「ホログラム投影。『ホロ・ヴァール』ヲ召喚シマス」
「グルウゥアアァァ!!」
「アタイらの相手は……ドラゴンか! ……でも、何で手足がねぇンだ? あのドラゴンは」
すでに下面への投射が行われているためか、今度は上を向いた面にある目からホログラムが放たれる。新たに投射されたのは……六枚の翼を持つ、四肢の無い竜だった。
狂ったような声のトーンで雄叫びをあげ、眼下のアシュリーたちを睨み付ける。……が、正気を失っているらしく、焦点が合っていない。
「何だか嫌な予感がする。二人とも、気を付けて。あの竜、かなり手強いよ」
「分かったわ~。シュリ、油断せず行くわよ~。多分、まだ三体残ってるはずだから」
「だな。やれやれ、いつになったら終わるンだろうな、このながーいながーい戦いはよ」
途切れることなく続く戦いに、アシュリーはため息をつきながら槍を構える。虚ろの騎士と狂乱の竜のコンビが、コリンたちに襲いかかろうとしていた。




