289話─フィニスの『運命』
「各地の戦況報告は以上です。鎮魂の園、キュリア=サンクタラムでの敵対勢力の増長が現段階で最も対策が必要な事態になっています」
「ふむ、そうか。新たに生まれた平行世界からも、駒を連れてこなければなるまい」
抹消された歴史の世界にて、フィニスは新たに生み出した分身の一人……クレイヴィンから報告を受けていた。
白く透き通った、透明な身体を持つ少年は淡々と言葉を口にする。報告を受けたフィニスは、壊滅しつつある軍団の補充を行うことを決めた。
「仕方あるまい、レイジたちを呼び戻す。今、彼らは何をしている?」
「はい、ちょうど件の星騎士……コーネリアスの一味と交戦中です。もう一つの任務を遂行中ですが、呼び戻してもよろしいので?」
「構わぬ。奴らの力の学習は後からでも出来る。今は途切れなく襲撃を仕掛け続けなければならん。神と魔と人……三種族の連携を絶つ必要がある」
「かしこまりました。では、伝えてきます」
「アレを持って行け。レイジたちの代わりにはなるだろう。代理で戦わせよ」
「よろしいのですか? では、そのように致します」
クレイヴィンは一礼した後、姿を消した。一人残ったフィニスは、再び平行世界の門を開く。新たな手勢を呼び込むために。
「今はただ、時を稼げればそれでいい。あと少しで、真なる軍団を生み出せる。それまでは……どれだけの敗北を重ねようが問題はない。『運命』は私の味方なのだから」
そう呟き、フィニスは胸に嵌めた宝石を一つずつ順に撫でる。『運命のダイヤモンド』が、妖しい輝きを放っていた。
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「食らえや! ブラッディチョッパー!」
「そうはいかぬわ! 死神よ、奴を押し留めよ!」
「カカカカカ!!」
クリガラン渓谷での戦いは、泥沼の様相を呈していた。コリンたちが激しく攻め立て、大小様々な傷を与えていく。
が、レイジたちに備わる『創造のエメラルド』由来の再生能力のせいで、どれだけダメージを与えても無効にされてしまうのだ。
「あっははは! そ~れそ~れ、どんどん切り刻んじゃうよ~!」
「私は穴を穿ってやろう。全身余すところなく! 全てをな! サウザンドラッシュニードル!」
「チッ、何で二人もこっちに来るンだよ! 忙しくってしゃーねーだろーが!」
数だけで言えば、死神がいる分コリンたちが優位に立っている。だが、相手の持つ再生能力によってひっくり返されてしまっているのが現状だ。
これまでの戦いで消耗している分、コリンたちの方が不利。このまま体力が尽きれば、そこで敗北が決定してしまう。
「おのれ……何とかして奴らの自己再生を封じねば。もしくは、再生する間も無い短時間で殺し切れる攻撃をせねばならぬが……」
「出来ないだろ? 魔力をたんまり失ってるものなぁ! 知ってるんだぜ、アタシはよ。お前が結界防衛のために魔力を大量消費したのは!」
「チッ、嫌な奴じゃ。魔力が満タンなら、貴様如き消し飛ばしてやれるものを!」
ストライフの言う通り、コリンは結界を守るための戦いで魔力を大幅に消耗していた。本来であれば使える上級魔法も、今は使えない。
結界を破壊せんと押し寄せてくる、数万もの堕天神たちを倒し続け。魔力を回復する暇も無く、ひたすら魔法を放っていたのだから。
「まずいわ、コリンくん。ご先祖様、だいぶ辛そう。このままだと負けちゃうわ」
「むむ、まずいのう。なれば……ここは一旦退く! わざわざ不利な状況で戦い続ける必要なぞ、これっぽっちもないからのう!」
レイジたちと戦いながら、コリンは思考を巡らせる。その末に出した結論、それは……一時退却だった。
「あっははは! 面白いこと言うね~、君。ボクたちが逃がすと思う? 千載一遇のチャンスをさぁ!」
「インサニティの言う通りだとも。私たちが生きて帰すわけないだろう。フィニス様の敵を」
だが、そう簡単に逃げられるほど相手は甘くない。インサニティやヘイトの言う通り、彼らはコリンたちを逃がすつもりはゼロ。
全員無傷での撤退は、容易く出来ることではない……どころか、ほぼ不可能と言える領域だ。それを理解しているコリンは、自分がしんがりになるつもりでいた。が……。
「そこまでです。我が同志たちよ、退きなさい。フィニス様からのご命令です、帰りますよ」
「あっ、クレイヴィンてめぇ! 今まで何してやがった! いきなり出てきて帰れたぁふざけてるのか!」
その時、コリンたちの間に割って入るようにクレイヴィンが姿を表す。突然の撤退命令に、レイジが食ってかかる。
あと少しで追い詰められるというところでコレなのだから、怒るのも無理はない。しかし、レイジに詰め寄られてもクレイヴィンは涼しい顔だ。
「ふざけてなどいません。全ては、フィニス様の御意志なのです。あの方が定めた『運命』なのですよ、レイジ。逆らってもいいことはありません」
「……チッ、そういうことか。なら、しゃーねーな。おい、帰るぞお前ら」
「おい、あいつら帰ってくぞ。一体何がどうなってやがるンだ?」
「分からん。じゃが、助かったのじゃろうな」
運命というワードを聞いたレイジたちは、渋々ではあるがテレポートして徹底していく。何が起きたのか理解出来ず、困惑するコリンたち。
このまま終われる……全員がそう思っていたが、クレイヴィンは無慈悲な置き土産を残していった。全ての面に目が付いた正方形の魔物を呼び出し、けしかけてきたのだ。
「あなたちの相手は、フィニス様が生み出した魔獣…ホロルグラフがします。私たちの代わりに、その子に蹂躙されてください。では、ごきげんよう」
「あっ、待てこの野郎! チッ、結局戦闘続行かよ!」
「でも、相手が一体になってだいぶ楽になったわ~。これならすぐに片付く」
「敵対的生命ハンノウ確認。コレヨリ、ホログラム式殲滅戦闘ヲ開始シマス」
「わ、喋った! この魔物、どこから声出してるんだろ?」
魔物……ホロルグラフはコリンたちを視認するや否や、即座に戦闘態勢に入る。コリンたちの手の届かない上空に向かい、高速回転を始める。
それを見たコリンたちは、警戒し身構える。少しして、回転が止まり……下側を向いた目から、スポットライトのような光が放たれた。
「おい、マジかよ。あれは……アタイか?」
「うむ、どこからどう見てもアシュリーにしか見えぬのう。あの魔物、何をしたのじゃ?」
スポットライトの中に、ぼんやりとした影が現れる。次第にクッキリと形が整っていき、最後にはアシュリーの姿になった。
本物そっくりの立体映像が投影されているのだが、コリンたちはまだそれを知らない。警戒を強める中、ホログラムが動き出す。
「抹殺タイショウ確認。ホロ・アシュリー……任務ヲ開始スル」
「来たぞ、コリン! 気ィ付けろ!」
「やれやれ、今度はアシュリーの偽物と戦う羽目になるとはのう。この分だと、他の星騎士の偽物も出てきそうじゃな……」
突撃してくるホロ・アシュリーを避けつつ、コリンはそう呟く。上空では、ホロルグラフが目を見開き不気味に佇んでいる。
全ての目が見開かれ、地上にいるコリンたちを見つめている。試しに、本体から倒してみてはどうだろうとコリンは思い付く。
「それっ! ディザスター・ランス!」
「攻撃ハンノウ確認。防御機能ヲユウコウニシマス」
「むう、ダメか。やはり、先に偽アシュリーを倒すとしようかの!」
闇の槍を放つも、バリアによって阻まれてしまう。先にホロ・アシュリーを倒してから、じっくりバリアを攻略することを決めたコリン。
だが、彼は知らなかった。ホロ・アシュリーはまだ脅威の序章に過ぎなかったことを。彼らの知らない敵の幻影が、控えていることを。




