286話─始祖たちの過去
「そぉれ、よいしょお!」
「くうっ、腕が痺れるわぁ~……。グラキシオス様に稽古してもらってよかったわ~。そうじゃなかったら、耐えられないもの」
クリガラン渓谷での戦いが始まってから、三十分が経過した。カトリーヌとアシュリーは敵の連携を阻止すべく、別れて戦っていた。
アシュリーが渓谷の奥へとジェイドを押し込んでいったのを確認し、いよいよカトリーヌが反撃に出る。恐ろしい破壊力を持つ攻撃を掻い潜り、接近する。
「そろそろ反撃させてもらうわ~。いくわよ、メタル・クラッシュ!」
「おっと、あぶなーい。いい攻撃だね、当たってたら青アザ出来てたかも。ま、肌青いから出来ても分かんないけどね! アハハハ!!」
渾身の一撃を放つカトリーヌだったが、ひらりとかわされてしまう。小柄な身体による、フットワークの軽さにも秀でているようだ。
ジョークを飛ばせる辺り、かなりの余裕があることが窺える。もっとも、カトリーヌの方も十分な落ち着きを保てていたが。
「あら~、すばしっこいのね~。でも、それならそれでやりようはあるわ~」
「へー、それは楽しみだね。僕の子孫がどれくらい強いのか、見せてもらおっかな!」
ハンマーとタワーシールドを構えるカトリーヌに、アルベルトがそう答える。地殻変動すら引き起こしかねない怪力の持ち主たちが、全力を出そうとしていた。
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その頃、渓谷の奥では……アシュリーとジェイドが壮絶な死闘を繰り広げていた。お互い全身に裂傷を刻みながら、槍を振るっている。
「……中々やるな。お前が私の子孫だとフィニスから聞いていたが、予想以上に強いな」
「へっ、お褒めの言葉ありがとな。……なぁ、一つ聞かせてくれよ。あんたらは何で悪党になっちまったンだよ? これだけつえぇなら、真っ当に生きられたはずだろ?」
「……そうもいかない事情があったのだよ。私たちのいた世界は、もう手遅れだったのだ」
「手遅れ?」
「……ヴァスラサックの支配が完成していた。どう足掻いたところで、絶望が覆らないところまでな」
アシュリーの問いを受け、戦いながらジェイドは答える。元いた平行世界の、悲惨極まる状況を。何故彼らが悪人にならざるを得なくなったのか、を。
「……私が生を受けた時にはもう、ヴァスラサックが天上の神々を滅ぼし終えた後だった。大地の民も闇の眷属も、みなあの女神の奴隷も同然の環境に置かれていたよ」
「そいつは……ひでぇ世界だな」
「……そんな世界で、私は孤児として生まれた。物心ついた頃から、強盗やスリをして生きてきた。泥水をすすり、残飯を食べ、誰も信頼出来ず傷つけ合う日々。この辛さが、お前に分かるか!?」
それまで落としていた声のトーンを上げ、ジェイドは叫ぶ。平行世界のヴァスラサックから受けた仕打ちは、彼の……いや、彼らの心に消えない傷を残したのだ。
「闇の眷属の王たちも、ヴァスラサックの仲間になった。奴らは自分たちの保身を優先して、民を見捨てたんだ。そんな絶望の中、私が出会ったのが……アビダルたちだった」
「……」
「不思議と、彼らといる間だけ……私は痛みを忘れられた。心に安らぎを感じていたんだ。それは、他の者たちもそうだったのだろう。気付けば、私たちはチームを組み……凶悪なならず者集団として幅をきかせていた」
頼れる親も無く、たった一人で生きてきたジェイドにとって、のちの星騎士たちとの出会いは喜びに満ちたものだった。
同じ痛みを共有出来る友を得た彼らは、裏社会でのし上がっていったのだという。数年後、アルベルトが加わるころには少数精鋭の組織になっていた。
「我らは少数ながら、神々にも匹敵する影響力を持つようになった。そこに目をつけ、スカウトに現れたのが……フリードだった」
「コリンのオヤジさんか。何で殺しちまったンだよ、一緒に戦ってりゃあ」
「言ったはずだ、手遅れだと。今更十二人程度が蜂起して、ヴァスラサックを倒せるものか。盤石の支配体制を築いた独裁者を倒すほど、困難なことはない」
アシュリーの言葉を、ジェイドが切って捨てる。基底時間軸世界とは違い、平行世界のヴァスラサックは強大な軍隊を備えていた。
ファルダ神族の生き残りや、徴兵した大地の民や闇の眷属……そして、自分の子どもたち。統制された軍が相手では、勝ち目など無い。
故に、フリードからの打診を受けたジェイドたちは決めたのだ。──フリードから力だけを奪い、これまでのように裏社会で暮らそうと。
「私たちは知っていた。神々に関わってもロクなことにはならんと。だから、奴を殺して力を奪い、さらに裏社会でのし上がっていった。だが……そこに、フィニスが来た」
「それで、世界を滅ぼされて仲間に……ってわけか」
「ある意味、フィニスには感謝しているよ。あんな掃き溜めのような世界を滅ぼしてくれたのだからな。他の者たちがどう思っているかはともかく……私はそう考えている……はあっ!」
「ぐっ、やべっ!」
話を終えた瞬間、ジェイドが一気に踏み込み槍を突き出す。不意を突かれたアシュリーは対応が遅れたもの、辛うじて防ぐことが出来た。
「さあ、ムダ話は終わりだ。そろそろ体力も尽きてきた。終わりにさせてもらうぞ!」
「へっ、だらしねぇな。こっちはまだ、体力が有り余ってるぜ! 神との修行で、基礎体力をバッチリ鍛えたからな!」
数十分に渡る打ち合いと、長話が合わさってジェイドは疲弊していた。一方、アシュリーの方は元気いっぱいだ。
バリアスの指導によって基礎体力を向上させた結果、三時間全力疾走しても疲れないタフネスを手に入れたのだ。
「食らえ! サウザンドフラムスピアー!」
「くっ、ちょこざいな! この程度の突き、捌ききって……」
今こそ勝機アリと見たアシュリーは、それまで温存していた力を解放して果敢に攻め立てる。対するジェイドも、維持を見せ攻撃を捌いていく。
だが、少しずつ相手に押されていき押し込まれる。体力を回復する暇も無く、槍を弾かれてしまう。しまった、と思った時には、もう遅かった。
「これで終わりだ! 獅子星奥義、ギガブレイブ・ドリラー!」
「まだだ! ここで負けるわけにはいかぬ! ギガブレイブ・ドリラー!」
お互いに奥義を放ち、炎を纏った槍がぶつかり合う。しかし、決着はすぐに着いた。アシュリーが押し勝ち、ジェイドの腹を貫いたのだ。
脇腹を消し飛ばされたジェイドは、その場に崩れ落ちる。少しずつ目から光が失われていく中、手を太陽に伸ばす。
「……こうなる、定めか。これほどまでに……生まれの不幸を呪う日はなかった。私は……アシュリー、お前が……羨ましいよ。何不自由なく、自由と幸福を……謳歌、してい……て……」
「わりぃな、ご先祖様。アタイもよ、いろいろあったンだぜ。決して、平坦な道のりじゃあなかった。ここまで来るのに……長い時間がかかったンだよ」
憧憬と呪詛の言葉を呟き、動かなくなったジェイドのまぶたを閉じさせた後アシュリーはそう口にする。歴史を変える前、彼女もまた地獄の底にいた。
だからこそ、ジェイドの気持ちを理解出来た。右手を伸ばし、遺体を火葬する。せめて、来世は幸せな人生を歩めるように。そんな願いを込めて。
「……安らかに成仏してくれよ。せめて、死んだ後くら……おわっ!?」
喪に服していたその時、凄まじい揺れがアシュリーを襲う。直後、渓谷を形作る崖や谷が崩れ、あるいは隆起し形を変えていく。
「おいおいおい!? カティの奴、どンだけ大暴れしてンだ!? って、驚いてる場合じゃねえ。はぇえとこ脱出しねぇと呑み込まれちまう! 走れぇぇぇぇぇぇ!!!」
アルベルトとカトリーヌの戦いの余波で、渓谷の地形が大きく変貌しようとしていた。いつまでも留まっていては、どうなるか分からない。
冷や汗をかきながら、アシュリーは全速前進で渓谷の外を目指す。基礎体力を鍛えておいてよかった……と、心の底からバリアスに感謝しながら。
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「あそぉれ! パワーハンマー!」
「させないわよ~! バハクインパクト!」
その頃、カトリーヌとアルベルトは驚天動地の大迫力バトルを繰り広げていた。互いの振るうハンマーが激突し、衝撃波が放たれる。
その余波が広がり、渓谷のあちこちを破壊していた。ちょっとした天災レベルの攻防に、渓谷に住む竜たちは大慌てだ。
「面白いねぇ、君。ここまで歯応えのある人と戦ったの、初めてだよ!」
「うふふ~。なら、もっと本気を出さないとね~。覚悟してね、ご先祖様?」
二人の戦いも、クライマックスに突入しようとしていた。




