282話─新たなる脅威
「ふう、ふう……。相手、強いネ。でも、勝てない相手じゃないヨ」
「そうね……。こっちもボロボロだけど、相手はもっと傷だらけ。このまま押していけば勝てるわ!」
戦いが始まってから、一時間が経過した。激しい戦いの果てに、フェンルーたちが優勢になっていた。だが、油断は禁物。
相手も一流の武闘家と歌姫、僅かな慢心が逆転の一手となるだろう。事実、リージアとベルネッサは反撃に出ようとしている。
「ここまで追い詰められるとはね。少し油断してたようだ。リージア、『あの歌』を歌っておくれ。奴らを一気に仕留めるためにね!」
「分かったわ。行くわよ……歌魔法、幻影哀歌!」
ベルネッサが耳栓を着けると、リージアが歌い始める。その瞬間、フェンルーを異変が襲った。隣にいるはずのイザリーが、怪物に見えてきたのだ。
サッと飛び退き、イザリーに向かって攻撃を仕掛けていく。瞳は暗く濁り、異質な妖気を漂わせている。それを見たイザリーは、歌魔法の効果を悟る。
「イザリーチャンをどこにやったネ! 怪物め、覚悟しロー!」
「もう、面倒なことするわね! ここにきて同士討ちなんてシャレにならないわよ!」
「くく、いいぞ。今のうちに、我々は傷を癒やすとしよう。だいぶ傷を負ったからな、このままでは思うように戦えぬ」
幻を見せられているフェンルーがイザリーを攻撃している間に、怪我を負ったベルネッサたちは身体を癒やす。
ここで回復されてしまえば、この一時間がムダになる。そうはさせまいと、イザリーは翼を広げ空に飛び立つ。
フェンルーの攻撃が届かないところまで飛翔した後、咳払いをする。そして……アルハンドラから伝授された、『とっておき』の歌を口にする。
「思い通りになんてさせないんだから! 歌魔法……目覚めノ時ノ歌!」
「なんだ? あいつ、何を……う、ぐうっ!?」
「む、胸が……胸が苦しい……!」
イザリーが歌い出すと、ベルネッサとリージアが苦しみ始めた。幻影哀歌が中断されたことで、フェンルーは幻から解放される。
「あレ? 怪物ハ? 何がどうなってるノ?」
「ぐう、あ……やめろ、やめなさい! その歌を今すぐ止めてぇぇぇぇぇ!!」
キョトンとしているフェンルーとは対照的に、先祖二人は苦しみながらへたり込む。イザリーが教わった歌には、特殊な力があった。
偽りを破り、真実を照らし出す。歪められたモノをあるべき姿に戻し、呪いを解く。イザリーたちは知らなかったが、その作用が……。
(あの二人、何で苦しんでるの!? よく分からないけど……これ、一度歌い出すと最後まで止められないのよね……)
リージアたちの体内に埋め込まれた、『霊魂のトパーズ』のレプリカを破壊しようとしていたのだ。何が起きているのか確かめたいイザリーだが、歌は中断出来ない。
歌い終わるまで、イザリーは上空から見下ろしていることしか出来ないのだ。何が起きているのかをフェンルーに調べてもらおうにも、意思を伝えられないので不可能。
「ぐ、う……おえぇっ!」
「わっ、なんか出たヨ! ナニコレ……宝石?」
フェンルーともども困惑していると、ベルネッサたちが何かを吐き出した。吐瀉物の中に、粉々に砕けたオレンジ色の粒が混ざっている。
歌魔法の力で砕かれた『霊魂のトパーズ』のレプリカが、体外に排出されたのだ。これでもう、ベルネッサたちは洗脳の恐怖から解放された。
ようやく歌が終わり、イザリーが地上へと戻ってくる。リージアの元に駆け寄り、心配そうに声をかける。
「ご先祖様、大丈夫ですか!?」
「はあ、はあ……バカな、子ね。私に敵意が残ってたら、貴女殺されてるわよ。無防備に近付いてきちゃって……」
「残ってたら? じゃあ、今は……?」
「もう、ないわ。不思議と……穏やかな気分だわ。多分、貴女の歌魔法のおかげだと思う。埋め込まれてたアブソリュート・ジェムのレプリカを吐き出せたのは」
完全にグロッキー状態になっているベルネッサと違い、リージアにはまだ喋る余裕が残っていた。口を拭い、イザリーに礼を言う。
「ありがとう。貴女のおかげでフィニスの支配から解放されたわ。これで」
「自由になれるって? ざ~んねん、無理でぇ~す! お前たちを野放しにしておくわけないじゃ~ん! アッハハハハハハハハ!!!」
ヴィルヘルムやシュカと違い、生きたまま戦いを終えられる……かと思われたその時。上空から、狂ったように笑う少女の声が聞こえてきた。
その場にいた全員が見上げると、空に一人の少女が浮いていた。サーカスのピエロのような服と帽子を身に付け、派手なメイクをしている。
「お前、何者ネ!」
「知りたいぃ~? いいよ、教えてあげる。ボクはインサニティ。フィニス様が生み出した狂気の分身にして、君たちのよ~な役立たずに代わる腹心だよぉ! アハハハハハ!!」
「なん、だと? もう我々は用済みということか?」
「そうだよ? 少なくとも負けちゃったれんちゅ~はねぇ。ここまで全敗なんてさ~、やる気なさ過ぎじゃな~い?」
少女……インサニティはそうのたまった後、また笑う。指を鳴らすと、胸元に紫色の光が宿る。フィニスから『破壊のアメジスト』のレプリカを与えられ、力を得ているのだ。
「というわけでぇ~、四人まとめて殺しちゃいま~っす! さぁて、誰から殺そっかな~」
「もうちょっとで決着って時に……! レプリカとはいえ、流石にジェム持ちが相手はキツいわね……」
「それに、あいつ凄い強いヨ。見ただけで分かル。ボロボロの状態じゃ、勝てないネ」
万全の状態であれば、フェンルーたちの勝機は十分にあっただろう。だが、ベルネッサたちとの戦いで疲弊している状態で勝ち目はない。
アブソリュート・ジェムの恐ろしさは、他ならぬフェンルーたち自身がよく知っている。だからこそ、理解出来てしまう。
万全の状態に回復しなければ、インサニティに勝ち撃退することは不可能だ、と。
「決~めた! まずはそこのふりふりドレスちゃんからこ~ろす♪ クラウンズ・ソード!」
「イザリーちゃん、危ないネ!」
最初のターゲットに選ばれたのは、イザリーだった。インサニティは一本の剣を呼び出し、ダーツにように投げる。
あまりのスピードに、疲労が溜まっているイザリーは反応出来ない。心臓を貫かれる……と思われた、その時。
「ありゃりゃ? な~んで敵を助けてるのかなぁ? ボクには理解ふの~なんだけどぉ~」
「ぐ、ふ……だい、じょうぶか? イザリー」
「どうして……どうして私を助けたの? あなたからすれば、私は敵なのに!」
残った力を振り絞り、リージアがイザリーを突き飛ばした。結果、剣に貫かれ、致命傷を負ったのは……リージアの方だった。
「私、たちだって……全員が、心からフィニスに従ってるわけじゃない。あいつに反逆したい者も……いる。あいつは、故郷を滅ぼした敵だから……」
平行世界から来た星騎士の先祖たちは悪人ではあるが、フィニスに心酔しているわけではない。故郷の世界を滅ぼされ、力と恐怖で縛られているだけ。
表にこそ出さないが、みな狙っていたのだ。体内に埋め込まれたジェムのレプリカをどうにか排出し、フィニスに逆襲出来る時を。
だが、自力では不可能。故に、彼女たちはしぶしぶフィニスに従い星騎士たちを襲っていたのだ。
「ご先祖様……」
「これは……因果応報、よ。私たちのしてきた悪事の報いを……受けただけ。だから、貴女が悲しむことは……ないの、イザリー」
「ごちゃごちゃうるさいなぁ。さっさと死んでよ、後がつかえてるんだからさぁ!」
「そうはさせない! ワタシたちの不始末……今ここで清算する!」
再び攻撃を仕掛けようとするインサニティに対し、ベルネッサが先制攻撃を放つ。帯で相手の身体を締め付け、動きを封じる。
リージアは最後の力を振り絞り、地面に転移用の魔法陣を作り出す。尻尾をベルネッサの身体に巻き付けて、少しずつ相方の方に身体を寄せる。
「ご先祖様、何をしてるの!?」
「あいつを……インサニティを、野放しには出来ない。例え死ぬとしても……あいつを、この大地から追放する!」
「そんなの無茶ネ! みんなで戦おう、そうすればきっと勝てるヨ!」
「無理だよ、ワタシの末裔。みんなボロボロ、一人は死にかけ。あいつは元気いっぱいで、どんな手を隠してるのか分からない。不利にも程がある、だから……ワタシたちが、奴を道連れにする!」
ベルネッサとリージアは、自分たち諸共インサニティを次元の狭間に追い返すつもりなのだ。フェンルーたちの方に顔を向け、二人は笑う。
「ごめんなさい。私たちが来なければ……こんなことにはならなかったのに。せめて、ケジメは付けさせてもらうわ」
「奴を倒すことは出来ないだろう。だが……時間を稼ぐことは出来る。そのためなら、この薄汚い命……いくらでも捧げよう」
「もー、この帯キッツ~い! 離してくれないかなぁ~、どうせ何やってもムダなんだしぃ~」
覚悟を見せる二人に、インサニティはぶつくさ文句を言う。その気になれば拘束など解けるが、すでにやる気を完全に無くしているようだ。
「黙りなさい、フィニスのしもべよ! 私たちはもう、お前たちに屈しはしない! 悪人には悪人なりの使命感があるってことを教えてやるわ!」
「さらばだ、我が子孫とその友よ。もし生まれ変われたら……その時は、友だちになりたいな」
「ダメ、待って! 他に方法があるはずよ! 行かないで!」
「そうだよ、死ぬなんてダメだヨ!」
「……いや、これでいい。これでいいんだ。さらばだ……二人とも」
イザリーたちの制止を振り切り、ベルネッサは帯を引きながら魔法陣に飛び込む。リージアも引きずられるように魔法陣に落ち、最後にインサニティも引きずり込まれた。
「あ~あ、テンション下がる~。ま、いっか。また遊びに来るから、じゃあね~」
最後にそう言い残し、新たな敵は消えた。魔法陣が閉じ、消滅した後……イザリーたちは無言で立ち尽くしていた。




