281話─回り出す歯車
「ここね、反応があったのは。そろそろ出てくるはずなんだけど……」
「気を付けてネ、イザリーチャン。案外、すぐ近くにいたりするかラ」
「ええ、そうね。油断してやられちゃったらかっこ悪いもん、気を付けなくちゃ」
グレイ=ノーザス二重帝国最北端、ノースエンドから南西にある雪原。そこに向かっていたのは、フェンルーとイザリーの二人だ。
他の星騎士たち同様、フィニスが送り込んだ刺客……平行世界の先祖を探していた。だが、彼女たちが見たのは……。
「! フェンルーちゃん、隠れて! あれ、あの人は一体……?」
「もう誰かが戦ってるヨ。あの男、何者なんだロ?」
雪原の一角にて、二人の女が大男と戦っていた。身体に浮かぶ星痕から、女たちはフェンルーとイザリーの祖先……。
『処女星』リージア・バーウェイと『白羊星』ベルネッサ・バルダートンであることが見て取れた。しかし、彼女たちと戦っている相手。
大口を開けたサメの絵がプリントされた青いバンダナとダメージジーンズを身に付け、素肌の上に直接ジャケットを羽織る男の正体を、イザリーたちは掴めずにいた。
「はあ、はあ……。強い。私の歌魔法があってようやく互角とは……貴方、一体何者なの?」
「知りたいか? ま、ワケあって名は名乗れねえんだ。面倒くさいことになるからな。ただのお節介な異邦人とだけ理解してくれりゃ、それでいい」
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! 教えなさい、あんたの正体をね! シールズリングで締め上げてやるわ!」
フェンルーたちは岩の陰に隠れ、戦いの様子を見守る。紫色のチャイナドレスを着た女、ベルネッサが帯を操り男を攻撃する。
全身を締め上げられながらも、男は余裕の笑みを浮かべていた。リージアは歌魔法を使い、帯の締め付けをさらに強めていく。
「まずいわ、このままだとあの人死んじゃう! 早く助けに行かないと!」
「待って、イザリーチャン。あの人、手ガ……」
岩の陰から飛び出そうとするイザリーを、フェンルーが制止する。ヒソヒソ声で話しかけつつ、男の方を指差す。
よく見てみると、男の手が変化し始めていた。指が鋭い牙へと変わり、手首から先が顎のような形状になる。
身体を締め付ける帯を牙で切り裂き、男は力任せに脱出して見せた。
「やれやれ、この程度の締め付けじゃあオレは殺せないぜ? シャークファング!」
「!? バカな、シールズリングを噛み千切っただと!?」
「星装具を破壊するなど、普通は不可能なはずよ。それこそ、神でもなければ……まさか、貴方は!」
「おっと、お喋りはここまでだ。あんたらを倒すのに適任な奴らが来たからよ!」
拘束から逃れたバンダナ男は、イザリーたちが隠れている岩の方を見ながら叫ぶ。いよいよ出番だと、イザリーとフェンルーが飛び出した。
「そうよ、ここからは私たちが相手するんだから!」
「ウン! 覚悟してもらうヨ! ……ところで、オジサンは結局誰なノ?」
勇ましく啖呵を切る二人だが、直後にフェンルーがバンダナ男に問いかける。手を元に戻した後、男は話し出す。
「まあ、アレだ。平行世界からこっそりやって来た、お節介で場違いな男だと思ってくれ。あいつらが街の方に行かないよう足止めしてたが……オレの役目は終わりだ。後はあんたらの番だ、頑張れよ!」
「あ、ちょっと! もうっ、結局名乗ってくれないのね。失礼だわホント」
最後まで己の名を告げず、役目は果たしたとばかりに男はどこかへとテレポートしていった。その直後、再生した帯がフェンルーたちを襲う。
「これで邪魔者は消えた。あんたたちがワタシたちの子孫というわけか。消えてもらうぞ、今ここでな!」
「お前たちを殺せば、心臓に埋められたジェムのレプリカを消してくれるとフィニスが約束してくれたわ。私たち、死にたくないの。だからここで死になさい! 私たちの代わりにね!」
「そうはいかないわ。こんなところで死んだら、みんなに笑われちゃうもの。行くわよフェンルー! 星魂顕現・ヴァルゴ!」
「もちろんネ! ゴセンゾ様が相手でも、容赦なく戦うヨ! 星魂顕現・アリエス!」
リージアたちが攻撃を仕掛けてくる中、フェンルーとイザリーは星の力を呼び覚ます。雪が降り始める中で、第四ラウンドの幕が開く。
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「……む。どうやら、招かれざる者が数名動いているようだな。私が平行世界の門を開いたのをいいことに、基底時間軸世界を救いに現れたか」
その頃、フィニスは自身の管理下にない運命変異体が複数存在していることに気付いた。同じ人物でも、世界が変われば立場も変わる。
とある世界では世界を救う英雄でも、別の世界では邪悪の権化として君臨している場合もある。その逆もまたしかり。基底時間軸世界では悪人でも……。
「やはり、全てをチェックするのは無理か……。幸い、我が意に沿わぬ者は片手で数えられる程度の数しかいない。今のうちに芽を摘まねば」
平行世界には、無限の可能性が広がっている。しかし、その全てがフィニスにとって都合のいい『もしも』ではない。
コーディを育てたエイヴィアスの運命変異体が、善の心と自己犠牲の精神を持っていたように。フィニスの意に沿わない者たちが、独自に動き始めたのだ。
「分身を創り出し、始末に向かわせよう。特にこやつ……『牙の魔神』バルバッシュの運命変異体……いや、特異変性体はまずい。リオたちに合流される前に潰さねば」
各世界の様子を映し出す鏡を見ながら、フィニスはそう呟く。左手を握り、『創造のエメラルド』『霊魂のトパーズ』『境界のオニキス』を発動する。
自身の精神から闘争心を分離させ、自我を与える。創造した肉体に魂を宿らせて、現実の存在として固定化することで……新たな腹心が生まれた。
「ご命令を、創造主様」
「お前は私の闘争心から生まれた。故に、ストライフを名乗ることを許そう」
「はい、かしこまりました。して、私の役目は?」
血のように真っ赤な肌と、銀色の長い髪を持つ女がフィニスにこうべを垂れる。瞳には闘争の炎が渦巻き、爛々と輝いている。
物静かな態度の裏に、今にも暴れ出しそうな暴力性を秘めていた。フィニスは鏡を指差し、女……ストライフに指令を下す。
「この男が、仲間と合流するべく大地を渡っている。合流する前に殺せ。そのための力は与えた。ゆけ、ストライフよ!」
「全ては、創造主様の意のままに。必ずや、ご期待に応えてみせましょう」
「期待しているぞ。……そうそう、私の前だからといってかしこまる必要はない。ありのままの自分を解き放て。その方がお前も楽だろう」
「……へへへ、ありがてぇや。それじゃ、ここからは好きなように振る舞うぜ。行ってくるからよ、吉報を待っててくれよなぁ!」
フィニスの許しを得たストライフは、これまでとは一転し乱暴な口調になる。バルバッシュの運命変異体を仕留めるべく、出撃していった。
「……ふむ、そうだな。腹心をもう少し増やしておくのも悪くない。来るべき最終決戦に向けて、な」
ストライフの誕生で何かを閃いたのか、フィニスはさらなる腹心の増産を行うことを決める。左手を握り締め、己のうちに眠る負の心を呼び覚ます。
怒り、憎悪、渇望、狂気。それらの化身を、自らの手足として創り出していく。
「五体もいれば十分だろう。我が手と足、そして頭脳となる者たちよ……生まれ出でるがいい。私の宿願を阻む全ての者たちを滅するために!」
フィニスの中に宿る五つの負の側面が、新たな生命として誕生する。全ての世界の破壊という、悪しき悲願を果たすために。




