29話―真の仇討ち
目の前に、ハンスたちが命を落とす原因を作った者がいる。その事実が、コリンの心にこれまで抱いたことのない怒りを呼び覚ます。
「貴様のせいで、ハンス殿たちは死んだ。あの夜の襲撃がなければ、天寿を全う出来ただろうに」
「フン、ロナルドが言っていた庭師のことか、くだらんな。弱い者は死ぬ、それが世の定めだ。そいつが死んだのも、弱かったからに過ぎん!」
「ほう、なるほどのう。では……貴様がここで死ぬのも、世の定めということじゃな! ディザスター・サイス!」
挑発の言葉を口にするベイルに、コリンはそう答えつつ新たな闇魔法を発動する。すると、コリンの背後に大鎌を持った死神が顕現した。
黒い布で全身を覆った、ドクロの頭部を持つ死神は空っぽの目でベイルを見つめる。言い知れぬ恐ろしさを感じたベイルは、一歩後ろに退く。
「なんだ、それは!? おぞましい魔力を感じる……ただの死神じゃあないな」
「ふふふ、ご明察じゃ。ゆけ、死神よ。ベイルの命を刈り取るがよい!」
「クカカカカカカカ……!」
「やれるものならやってみるがいい! 唸れ、構築の剣よ!」
コリンの命令を受け、死神は不気味な声を出しながら突進していく。対するベイルも、大剣を構え相手を迎え撃つ。
「随分と趣味の悪い大鎌だ。だが、我が『構築』の魔力にかかれば無力と化すの……なにっ!?」
「ん~、なんじゃ? 鎌と剣がぶつかる音がうるそうてよく聞こえんのう。何が、無力と化すのじゃ? ベイルよ」
構築の魔力が宿った刀身に触れたものは、全てベイルの意のままに別のモノへと作り替えられる……はずだった。だが、死神の鎌に変化は起こらない。
けたたましく笑いながら繰り出される猛攻を捌きつつ、ベイルは驚愕する。一方のコリンは、腕を組みニヤリと笑っていた。
「ふっ、残念じゃったな。その死神が持つ大鎌だけは、あらゆる魔法効果を無効にする力を持っておる。貴様のなんとかジャンクションも、例外ではない」
「くっ、バカな! 我が魔術は神の理に属するものだ! それを、貴様のような下賎な大地の民が……」
「わきまえよ、下賎なのは貴様じゃ。わしはコーネリアス・ディウス・グランダイザ=ギアトルク。偉大なる英雄と、闇の眷属を束ねる魔戒王の子なるぞ」
「くっ、闇の理に属する魔法というわけか。小癪な真似を!」
侮辱の言葉をかけられたコリンは、ゾッとするほど冷たい声でベイルに己の真名を告げる。脂汗を流すベイルの胴に、死神の鎌が迫る。
「カカカ……死ヌガイイ!」
「! しまった!」
「よいぞ、そのままずんばらりんと真っ二つに……なんじゃと!?」
「バカめ、『分解』と『構築』は! こういう使い方も出来るのだ!」
ベイルは右手を自身の腹に当て、なんと自らを真っ二つに『分解』してしまったのだ。鎌が通過した後、左手から魔力を放出し身体を元に戻す。
「何という荒業……やはりその魔法、危険極まりないのう」
「今度は俺の番だ! その死神を消し去ってくれるわッ!」
ベイルは剣を下から打ち上げて大鎌を跳ね上げ、死神の胴をがら空きの状態に追い込む。すかさず剣を右手に持ち変え、左手を薙いで相手の胴体に叩き込んだ。
「カカァ……」
「クッハハハハ!! どうだ、ざまぁみろ! これで死神も……!? な、なんだ? 千切れた布が、腕に絡み付いて……!」
死神は大量の金貨に変えられ、呻き声を漏らしながら消滅する。勝利を確信するベイルだったが、異変が起きた。
「愚かよのう。まんまとわしの作戦に引っ掛かりおったわ。わしがああ言えば、貴様は確実に死神の胴体を狙うと思っておったがここまでスムーズにくるとは」
「お前、一体何をした!? クソッ、この布、取れない!」
「ほっほっほっ、その布こそが、あの死神……ディザスター・サイスの真の本体。一度纏わりつかれたら最後、決して離れず貴様の身体を侵食していくのじゃ」
「なんだと!?」
二人が話している間にも、布はベイルの左腕に食い込みドス黒く変色させていく。少しずつ上へ上へと伸びてきており、肘への到達は時間の問題と言える。
「このままでは……ハッ、そうか。読めたぞコリン、貴様の狙いが!」
「ほっほっ、ようやくか。さあ、選ぶがよい。貴様の『分解』の力で腕を切除し生き延びるか。甘んじて侵食を受け入れ、そのまま死ぬかを」
「おのれ……! クソッ、こうなれば! ディサセンブルハンド!」
暫し迷った末に、ベイルは決断した。己の左腕を分解し、布の侵食から逃れることを。だが、それこそがコリンの狙いだった。
『分解』と『構築』、神の理に属する力はコリンにとって軽視出来るものではない。だが、それらが厄介なのは二つが揃っているからだ。
「ベイル。貴様の持つその魔法、確かに強い。じゃが……片方だけになれば、対処するのは実に容易いことじゃ」
「キサマァ……! 殺してやる、殺してやるぞコリン……いや、コーネリアス! ディサセンブルハンド!」
片腕を自ら捨てることになったベイルは、激昂しながらコリンを睨み付ける。直後、右腕をコリンの方に向け上から下に振り下ろす。
「む、いきなり何を……!? むうっ、引き寄せられる!?」
「我が『分解』の力で、空間そのものを消し去った! 空けられた穴は、すぐに埋まる。その反動で、貴様を引き寄せたのだ! これが俺の切り札よ!」
ベイルは二人の間に存在する空間そのものを分解し、隙間が埋まる反動を利用して自分の元に引き寄せた。今度は腕を下から上に振りかぶり、コリンを分解しようとする。
「死ね! コーネリアス! 我が腕の痛みを思い知れ!」
「痛みを思い知るのは貴様の方じゃ、ベイル! ハンス殿たちの怒りを、悲しみを! 味わうがよい!」
「なっ……ぐあっ!」
「まだ終わらぬ! むううぅん……てやぁっ!」
下から襲い来る腕を避けつつ、コリンは逆に手首から先に触れぬように腕を掴む。素早く背を向け、ベイルを一本背負いで投げ飛ばした。
相手が起き上がるよりも早く、コリンはさらなる追撃を放つ。ベイルを真上に放り投げ、無数の闇の槍を作り出す。処刑の時間がやって来たのだ。
「裁きの時間じゃ、ベイル! これは、敬愛する主を守るために命を落としたハンス殿たちの分!」
「ぐっ、がああっ!」
コリンが腕を横に振ると、上を向いた槍が射出される。威力を調整してあるようで、ベイルの身体を消し飛ばすことなく、さらに上空へ打ち上げていく。
「そしてこれは、ハンス殿たちを失い悲しみに暮れているウィンター家の人たち……そして、孤児院のみんなの分!」
「ごふっ、がはっ!」
ベイルの企みによって悲劇に巻き込まれた者たちの怒りを、悲しみを、無念を。全てを込めた攻撃が、ベイルの身体を貫く。
今度は出力を上げているらしく、手足が吹き飛び消滅する。もはや抵抗する手段はなく、ベイルは痛みと苦しみに叫ぶことしか出来ない。
「がふあっ! ぐ、こほっ、うう……」
「これでもう、自慢の魔法は使えぬ。あとは、トドメを刺すのみじゃな」
「ま、待て! 頼む、殺すならせめて一思いに始末してくれ! これ以上苦痛を味わいたくない!」
「ほう、みっともなく命乞いでもとするかと思いきや安楽な死を望むか。じゃが……その懇願への答えは一つ。ノーじゃ」
地に落ちたベイルにゆっくりと近付きながら、コリンは大量の闇の槍を頭上に浮かべる。死の瞬間が刻一刻と迫ってくるのを感じ、ベイルは恐怖に震える。
「い、嫌だ! 頼む、許してくれ! これまでのことは全部謝る! だから」
「ダメじゃな。貴様が謝れば、ハンス殿たちは生き返るのか? 生き返らぬわ、死んだ者は決して。だからこそ、貴様には償ってもらう。死をもってな!」
「そんな……嫌だ、俺はまだ死にたくない! 俺にはまだ、やり残した仕事がたくさんあるんだ!」
「ならぬ。貴様はもう……ここで終わりじゃ。上級闇魔法、ディザスター・ランス【豪雨】! ウーーーラーーー!!!!」
コリンは杖を頭上に掲げ、大声で叫ぶ。直後、浮かべられた大量の槍が一斉に降り注ぎ、ベイルの身体を穿つ。
声を上げることも出来ず、ベイルは降り注ぐ槍に全身を貫かれる。槍の豪雨が止んだ後、残っていたのは……恐怖と苦痛に顔を歪める生首だけだった。




