280話─外の世界の一幕
ラインハルトたちの戦いが終わった頃。鎮魂の園での大決戦も、決着の時を迎えようとしていた。ミョルドたちの活躍により、第一陣を殲滅したのだ。
「つ、強い……! これが、基底時間軸の……オリジナルのグランザームの力……!」
「ふむ。期待値の七割程度……か。まあ、それなりには楽しめた。だが、やはりリオには届かぬ」
鎮魂の園、上空。激しい戦いの末、勝利を掴んだのはグランザームであった。魔戒王としての力は失っているが、それでも生前の技術は健在。
エカチェリーナも強者ではあるが、かつての王が相手ではあまりにも分が悪かった。片腕が千切れ、全身から血を流している。
「わたくしの再生を封じるとは……。その力、一体どこで……」
「余はこの千年と少しの間、冥府の底の牢獄で修行を続けていた。死の女神は話の分かる女だ。余が模範囚として千年過ごしていれば、好きな時に仮釈放すると約束してくれた」
「……? 話が見えませんわ。何故そんな話になるのです」
「全ては、リオとの再戦のためだ。分かるか? 至高の好敵手と、余はもう一度戦いたいのだ! そのために磨き上げた力が、貴公に用いた封魂の爪。再生能力を封じられるのは辛かろう?」
息も絶え絶えなエカチェリーナに、グランザームは心底楽しそうに告げる。今でも千年前の決戦を夢で見ると、かつての王は語った。
「あれほどまでに、我が血潮を熱く燃やせる戦いはなかった。後にも先にもな。もう一度……いや、一度では足りない。何度でも戦いたいのだ!」
「……まるで子どもですわね。わたくしたちの世界のあなたも……そんな性格をしていたら、運命は変わったのでしょう」
情熱たっぷりに語るグランザームを見て、エカチェリーナはそう呟く。彼女やフィニスのいた世界のグランザームは、典型的な独裁者だった。
オリジナルのような武人としての高潔さは欠片も無く、エイヴィアスのように謀略を巡らせることを好む性質であった。故に、フィニスとの和解は不可能。
最後の最後まで、打ち倒すべき世界の敵であり続けたのだ。
「最後に一つ聞きたい。アブソリュート・ジェムの中には時を支配する力を持つ宝石もあるという。ならば、何故時を巻き戻さない? 全てを破壊するより、一からやり直して歴史を変えればいいだろう」
「ムダですわ。そうしたところで、フィニスの心の傷は癒えませんもの。覚えておくといいですわ、グランザーム。一度砕かれた心は、二度と元には戻りません。例え、時を巻き戻そうとも」
「……そうか。哀れなものだ、貴公たちは。運命とは……かくも、残酷なものなのだな」
そう口にした後、グランザームは一気に距離を詰める。死神の鎌を振るい、エカチェリーナの首をはねてトドメを刺した。
これで、フィニスを除く全ての超越者が敗れ、滅びた。だが……これで終わったわけではない。首謀者たるフィニスはいまだ健在。
それに、堕天神たちの連合軍もまだまだ大勢残っている。少し経てば、第二陣、第三陣と大挙して侵攻してくるだろう。
「さて、一度園に戻るとしよう。一旦休憩を……」
「あー、いたいた。よっすー、元気そっすねーグっさん」
「ムーテューラか。何用だ? そちらも暇ではあるまい」
「ギール=セレンドラクから緊急の支援要請が来たんよねー。フィニスのやつ、ラ・グーの運命変異体を大量に送り込んで来たらしくてさ。手が足んないから、手伝ってほしーんだと」
エカチェリーナを仕留めたグランザームが鎮魂の園に戻ろうとすると、ムーテューラがテレポートしてきた。そして、頼み事をする。
「よいのか? 余を生者の世界に戻せば、貴公が仲間から批判されよう」
「今はそんなこと言ってらんないからねー。バリアスたちからは許可取ったからへーきへーき。ちなみに、要請が来た大地にはグっさんの娘がい」
「何だと!? 何故それを早く言わない! 分かった、すぐに向かおう。アーシアの危機とあればな!」
「ワオ、食いつきはやっ! あ、そうそう。一人じゃキツそうだから、一人だけ部下連れてっていーよ。すぐ冥牢から出してくっから」
「む、そうか。それはありがたい。では……」
娘がいると聞いて、俄然やる気を見せるグランザーム。そんな彼に、ムーテューラは人差し指を立てながらそう話す。
少し考えた後、かつての王は連れて行く仲間の名を女神に告げる。ムーテューラは頷き、鎮魂の園の深部にある冥府の牢獄へ向かう。
「待っているといい、アーシア。婿殿共々、余が助けに行くぞ」
大鎌を消しつつ、グランザームはそう呟いた。
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「はあ、はあ……。数が多すぎる。あの忌々しい空飛ぶ蛇め……次から次へと湧いてきおって!」
「これは、ちょっとまずいですね……。救援が来ないと、このままじゃ全滅してしまいます」
同時刻、ギール=セレンドラクにある大平原にて激しい戦いが行われていた。空を埋め尽くすほどの、大量の敵がひしめいている。
かつてアゼルたちに討たれた魔戒王、単眼の蛇竜ラ・グーの運命変異体たちが第二陣として襲いかかってきたのだ。
アゼルとアーシアは岩の陰に隠れ、身体を休める。グラン=ファルダに援軍を要請したが、到着前に全滅する可能性もあった。
「アーシアさん、身体は大丈夫ですか? いくら魔法で多重防御しているとはいっても……」
「身重の身体で戦うな、と? 平時であれば、大人しく引っ込んでいるさ。だが、この戦いだけは何としても勝たねばならん。戦力を温存しておく余裕はない。そうだろう?」
「それはそうですが……でも、お腹の中の赤ちゃんに何かあったら! まだ生を受けていない者をよみがえらせるのは、蘇生の炎でも出来ないんです!」
アーシアはアゼルの子を身籠もっていた。他の嫁たちに先んじて。故に、アゼルは彼女が戦いに加わるのを反対した。
だが、他ならぬアーシア本人が頑として譲らなかったため、渋々参加を認めたのだ。
「ククク、見つけたぞ! そんなところに隠れてもムダだ。我の眼は! 地を這うアリ一匹たりとも見逃しはせぬ!」
「まずい、気付かれた! アーシアさん、先に逃げてください!」
「バカめ、遅いわ! 死ねぇ! カースドブレス!」
身体を休めていたその時、上空を旋回していたラ・グーに見つかってしまった。アーシアを逃がそうとするアゼルだが、それより早く呪いのブレスが襲いかかる。
退避が間に合わない。そう悟ったアゼルは、自身に蘇生の炎を宿しアーシアを庇う。ブレスが到達しようとした、その時。
「ビーストメタモルフォーゼ……モード・トータス! トータス・シェル・ディフェンス!」
「!? ば、バカな……! 余は、幻覚でも見ているのか? 何故、お前がここにいる。父上の腹心……ダーネシア!」
「姫、ご無事でしたか。不承ダーネシア、遅ればせながら主君と共に……救援のため、馳せ参じました」
ブレスとアゼルたちの間に、割り込む影が一つ。右腕を変化させ、亀の甲羅を模した盾を作る。そして、ブレスを受け止め二人を守った。
突如現れた影の正体は──かつてグランザームに仕えた、魔王軍最高幹部の一角。『千獣戦鬼』の異名を持つ虎の獣人、ダーネシアだった。
「久しぶりだな、アゼル。己のこと、覚えているか?」
「ええ、ええ! もちろんですよ、忘れるわけないじゃないですか! 助けに来てくれたのがあなただったとは……本当に嬉しいです!」
「チィッ、グランザームの手下が来たか。だが、奴一人が来たくらいで戦況が変わることは」
「変わるとも。援軍は一人ではない。余もいるのだからな」
「な……ぐはっ!」
遙か上空から様子を見ていたラ・グーに、声がかけられる。その直後、天を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が現れた。
そこから闇の隕石が雨あられと降り注ぎ、ラ・グーや堕天神たちの運命変異体を抹殺していく。そして……最強の助っ人が降臨する。
「あ、ああ……! そんな、まさか! 父上……父上、なのですね?」
「そうだ、愛しき娘よ。……数千年見ぬ間に、立派に育ったな。アーシア」
「父上……ちち、うえ……!」
叶うはずのなかった、親子の再会。奇跡を目の当たりにしたアーシアは、泣き崩れてしまった。そんな彼女の頭を撫でながら、グランザームはアゼルの方を見る。
「貴公が……アーシアの婿殿か。お初にお目にかかる。余はグランザーム。アーシアの父だ」
「ひゃ、ひゃい! ぼ、僕はアゼルといいましゅ! えっと、その、娘さんとは仲睦まじくあうあうあう……」
まさかの義父の登場に、アゼルは完璧に混乱していた。トンチンカンなことを言うアゼルに、みな笑ってしまう。
「ははは。よいよい、そう慌てることもない。別に取って食うわけではないからな。さて、ダーネシア。婿殿と語らう時間が欲しい。そのためにも……手早く終わらせるとしようか。この戦いを」
「ハッ、かしこまりました。このダーネシア、必ずやグランザーム様のご期待に応えてみせましょう」
「ぼ、ぼくたちも頑張ります! お義父さん……と呼ぶのも憚られますけど、一緒に戦います!」
「頼もしい限りだ。では、共に行こうか婿殿。空飛ぶ害竜を、一体残らず仕留めてやろう」
「はいっ!」
生と死の垣根を超え……アゼルたちの反撃が始まる。




