278話─草原の戦士たち
「ここか、反応があった場所は。何とも寂しい場所だな、この国にこんな秘境があったとは」
「ここ、マリス好き。風、気持ちいい」
ランザーム王国南東部。ラインハルトとマリスは、それまで存在が知られていなかった人跡未踏の地に足を踏み入れていた。
穏やかな風が吹く草原を進み、反応の原因……平行世界からやって来た星騎士の始祖たちを探す。その途中、ラインハルトは岸壁の亀裂に目を止める。
「ほう、これは……。この辺一帯に、良質な鉱石が眠っているようだ。開拓出来れば、我が国の財政が潤うだろうな」
「鉱石、いっぱい。マリス、びっく……ラインハルト、来る。気配、強くなった」
「そのようだ。さあ、どこから来る……」
亀裂から覗く鉱石の塊を眺めていた二人は、邪悪な気配の接近に気付く。身構えていると、風の性質が一気に変わった。
爽やかだった風が、嫌な湿り気を帯びた不快なものへと変化する。それと同時に、ラインハルトが身に付けていたペンダントが浮き上がった。
何かに引かれるように、東の方へ引っ張られている。その方向に目を向けた、次の瞬間。
「マリス、下がれ! フルメタルウォール!」
風を切り、六本の矢が飛来してくる。ラインハルトは金属の板を呼び出し、カイトシールドに変形させてマリスと自分を守った。
「防いだか。中々の反射神経……なるほど、ただ狩られるだけの獲物ではないというわけだ」
「ふむ。我輩の子孫だけあってかなりの力量。いやはや、実に面白い戦いが出来そうだ」
草原の向こうから現れたのは、二人の男女。半人半馬の身体を持つ女と、軍服に身を包んだカイゼル髭を生やした男。
女の方は、マリスの先祖シュカ・ガルダ。そして、男はラインハルトの先祖……ヴィルヘルム・フォン・リーデンブルク。
フィニスによって導かれ、基底時間軸世界のイゼア=ネデールに現れた悪しき運命変異体だ。
「お初にお目にかかる、当家の始祖……の運命変異体よ。貴方が悪しき者でなければ、茶を飲みながら談笑したかったのですが……そうもいきませんね」
「我輩も残念だよ。君とは話が合いそうだったのだが……まあ、これも定めだ。悪く思わないでくれたまえ」
「ヴィル、ムダ話は不要だ。すでに四人敗れている。ここで勝たねば、我々のメンツが潰れるぞ」
ラインハルトと語り合うヴィルヘルムに、シュカがそう声をかける。大弓を構え、風の矢を違える。ゆっくりと歩きながら狙いを定め……。
「悪いが、二人とも死んでもらう。シュカ、本気で参る!」
「ご先祖、倒す。心苦しい、でも! 世界、守る。そのため、なる……シュカ様、返り討ち!」
放たれた矢を、マリスが突風を起こして弾き飛ばした。星遺物、ゲイルフローンを構えたマリスは勇ましく叫ぶ。
ラインハルトと目配せを交わした後、マリスは下半身を馬に変え走り出す。互いの攻撃範囲にいると、フレンドリーファイアを誘発する可能性がある。
そのため、二人はあらかじめ決めていたのだ。戦闘になったら、機動力に優れるマリスが距離を取って離れると。
「逃がさん! ヴィル、そっちは任せた。シュカは奴を追う!」
「気を付けたまえ、シュカよ。……さて、我が子孫を名乗る者よ。これで一対一だ。我が系譜であるからには、リーデンブルク家の決闘の作法は知っていよう?」
「もちろんですとも。では、始めましょうか」
ヴィルヘルムも金属板を呼び出し、刃の無い剣へ変形させる。ラインハルトも同様に盾を剣に変え、二人は歩み寄る。
お互いの左肩、右肩、頭の順に剣の腹を乗せ、無言で見つめ合う。少し離れた後、剣を交差させてカン、カンと打ち鳴らす。
これこそが、リーデンブルク家に伝わる決闘の作法だ。正々堂々、己の持てる技術と力のみを用いて戦うことの誓い。
それを立てた二人は、剣を真上に放り投げる。大量の金属板を呼び出し、同じように剣へ変えた。今度の剣は、刃が備わっている。
「さあ、始めようか! 我輩と君、どちらが強いのかを……この決闘で、白黒つけようぞ!」
「望むところです。神々との修行で得た新たな力……お見せしましょう!」
互いに剣を相手に降り注がせながら、ヴィルヘルムとラインハルトはそう叫ぶ。リーデンブルク家の誇りと世界の命運を賭けた戦いが、始まる。
一方、マリスの方は……。
「いつまで走っているつもりだ? 背を向けていてはシュカへ攻撃出来ないぞ」
「十分、離れた。マリス、反撃!」
ラインハルトの磁力操作の効果範囲から離脱したマリスは、逃走をやめ反撃に出る。シュカの放つ矢を避けつつ、岩壁を蹴って反転する。
「エアソニック・アロー!」
「疾い……! だが、シュカの機動力を甘く見るな!」
狙いを定め、神速の矢を放つマリス。対するシュカは、華麗なステップで攻撃を避ける。すかさず矢を番え、一気に六本射る。
それを見たマリスも矢を放ち、キカイのような正確さで相手の矢を射ち落とした。寸分の狂いなく、ピッタリ合わせて。
「素晴らしいな。その射ち方、どこで習った?」
「半分、独学。半分、修行。マリス、魔戒王、教わった。精密射撃、妙技を」
「へぇ、それは面白い。なら、見せてもらおうかな。魔戒王とやらに習った、お前の射撃の極意を!」
二つの風が駆け抜ける草原で、マリスとシュカは矢を放つ。荒ぶる獣のように、二人は好戦的な笑みを浮かべた。
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「ダークネス・メティオ!」
「ギィヤァァァァ!!!」
「フッ、他愛ない。平行世界の堕天神はどれほどの実力があるか楽しみにしていたが」
同時刻、鎮魂の園。グランザームたちの手によって、侵攻してきた堕天神や異神たちが次々に討ち取られていく。
魔法陣から闇の隕石を召喚し、グランザームは一気に多数の敵を葬る。呆気なく死んでいく敵たちを前に、どこか退屈そうだ。
「詰まらぬ。相手がリオであれば、血沸き肉躍る素晴らしい戦いになるのだが……奴らでは力不足にも程があるな」
「あら、だったらわたくしと踊っていただけませんこと? 貴方のラスト・ダンスにして差し上げましてよ!」
千年前の戦いを思い出していると、エカチェリーナの声が響く。堕天神たちの間を縫うように高速飛行しながら、真っ直ぐ突っ込んでくる。
「おい、来てるぜ! どうする、オレサマが行こうか?」
「いや、いい。どうやら、あの者は余をご指名のようだからな。少し暇を潰すとしよう。フンッ!」
ミョルドに問われたグランザームは、背中に生やした闇の翼を羽ばたかせ飛翔する。フィニスの放った刺客と、一対一で戦うつもりだ。
「なるほど、貴方がこの世界のグランザーム……」
「そちらの世界の余がどんな人物だったか、興味が尽きないが……その様子だと、あまり優れた人物ではなかったようだな」
「いいえ、優れていましたわ。腹立たしいほどにね。わたくしたちの故郷を滅ぼした元凶……ここでリベンジさせてもらいますわ!」
「いいだろう、来るがいい。千年ぶりの戦いで腕が鈍っていないか……貴公であれば、試金石にするにはちょうどいい相手だ」
エカチェリーナと対峙しながら、グランザームはそう口にする。笑みを浮かべ、大鎌を構えながら魔力を練り上げていく。
膨大な魔力を前に、エカチェリーナは思わず喉を鳴らす。目の前の怨敵が持つ圧倒的な力に、気圧されているのだ。
「さあ、始めようか。余と貴公、どちらのラスト・ダンスになるのか……それはこれから分かる。いざ尋常に勝負!」
「負ける訳にはいきませんわ。超越者最後の一人として、宿願を果たさせてもらいます!」
イゼア=ネデールと鎮魂の園。二つの世界で、戦いが始まった。




