277話─死闘の行方は
マリンアドベンチャー号の甲板にて、ドレイクとヴィンセントが激しい戦いを繰り広げる。床には穴がいくつも開き、マストはメイン・サブの両方が根元からへし折れてしまっていた。
「自分の船だってのに、お構いなしに大暴れかい。これじゃ、ただのハリボテだねぇ!」
「ハッ、船はいくらでも直せらぁ。でもな、世界はそうもいかねえんだよ。世界を救えるってんなら、オレは喜んでこの船をぶっ壊す! アックスマキシマム・デラックス!」
ヴィンセントの頭をカチ割るべく、ドレイクは損害を無視して猛攻を仕掛ける。元々、ジャスミンたちには『甲板から大きな音がしたら魔法陣を使って逃げろ』と指示をしてある。
つまり、今マリンアドベンチャー号にはドレイクたち二人しか残っていない。もし船が沈んでも帰れるように、ディルスをパートナーに選んだのだ。
「おっと、残念だが効かないよ。アクアコンバートを発動させてもらった。アンタの攻撃は全部無効化させてもらう!」
「ハッ、魔法に頼るのかぁ? 情けねぇなぁ、一ついいことを教えてやる。……筋肉は偉大なんだぜ!」
つい一月ほど前まで、自分もアクアコンバートに頼り切りだったことを棚に上げるドレイク。ボディビルダーのようにポーズを決めると……。
筋肉が膨れ上がり、海賊服が破れて上半身が剥き出しになる。想像の範疇を超えた筋肉の仕上がりに、思わずヴィンセントの動きが止まった。
「えぇ……。な、なんだいその筋肉は! 一体どうやったらそこまで鍛えられるんだい!?」
「聞きたいか? おうともよ、聞かせてやるぜ。この一ヶ月と少し、ひたすらマッチョジジイと取っ組み合いして筋トレして骨折られての繰り返しだ。その果てに得たのが! この筋肉!」
「はぁ……?」
この一ヶ月、ドレイクは地獄のような日々を送ってきた。毎日毎日筋肉爺さんに付きっきりでトレーニングをさせられたのだ。
おまけに、事ある毎に手足をへし折られるという拷問付きで。ディトスやラインハルトの目を忍び、ファルダ神族の女性と逢瀬を重ねていなければ根を上げていただろう。
「思い出したらなんか腹立ってきたな……。この怒り、お前にぶつけてやる! 食らえやぁぁぁぁぁ!! デッドリートルネード!」
「ぐっ、なんだこの吸引力は!? まずい、吸い寄せられ……」
「っしゃぁぁぁぁぁ!!! このままめった斬りにしてやらぁぁぁぁぁ!!」
「ムダだよ、水の身体になったアタシにはどんな攻撃も……!?」
効かない。そこまで言い切る前に、ヴィンセントは異変に気が付いた。速い。あまりにも、ドレイクの攻撃速度が速すぎるのだ。
アクアコンバートは、身体を水に変換することで欠損等の重傷から自分を守る魔法だ。当然、魔法である以上……維持には魔力が要る。
攻撃を食らい、水を失えば失うだけ、補充のために魔力を消費することになる。その消費速度が、ドレイクの猛攻によって普段の十倍近く跳ね上がっていた。
「ま、まずい! 早く離脱しないと……」
「させねぇぇぇぇぇぇ!! 筋肉は勝ぁぁぁぁつ!! スピードアップだオラァァァァ!!!」
「ダメだ、魔力が切れ……がはっ!」
たった数分で、水の身体を維持するための魔力を使い果たした……否、使い果たさせられてしまったヴィンセント。
そんな彼女を斧の一撃で跳ね上げ、ドレイクも天高く飛び上がる。数分間全力で斧をブン回していたというのに、息切れすらしていない。
「ジジイ! てめぇの修行、腹立たしいくらいに効果バッチリだったぜ! このまま終わらせる……星魂顕現・アクエリアス! 宝瓶星奥義、アクアエンド・クラッシャー!」
「がはあっ!」
星の力を解放したドレイクは、ヴィンセントを水瓶に閉じ込める。そこに向かってダイブし、全力を込めて斧を叩き付けた。
水瓶ごと両断され、ヴィンセントは息絶える。……のだが、勢いが止まらない。甲板をブチ破り、船内をドンドン破壊し……竜骨を砕いてしまう。
「ノォォォォ!! やっべぇぇ、竜骨はダメだ! オレの船が……一から造り直しかよ、トホホ……」
沈みゆく船の中、ドレイクは力なく崩れ落ちるのだった。
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「このっ、食らえ!」
「フン、ノロいな。そんなもの当たるか!」
一方、海の中ではディルスとバリオールが激闘を繰り広げていた。縦横無尽に泳ぎ回りつつ、互いに鱗を飛ばし合う。
これまでとは違い、得意の水中戦ということでバリオールのテンションが少しずつ上がってきているようだ。
「お返しだ! スパイラルフィン・カッター!」
「食らうか! スケイルガード!」
「甘い。こいつはどうだ!」
ディルスの攻撃を避けたバリオールは、右腕に槍のような形状をしたヒレを生やす。ヒレを高速で回転させながら、突撃していく。
対するディルスは、魚鱗の盾を作り出して攻撃を防御する。反撃に移ろうとした瞬間、バリオールの起こした水流によって体勢を崩してしまう。
「やべっ……!」
「隙あり! スパイラルフィン・カッター……なにっ!?」
「かかったな、カウンターを食らえ!」
「なっ……がはっ!」
一気に劣勢に陥ったディルスを仕留めるべく、再度攻撃を仕掛ける。が、即座に体勢を立て直したディルスはカウンターの回し蹴りを放つ。
わざと水流を食らい、油断した相手が近付いてくるのを狙っていたのだ。まんまと嵌まってしまったバリオールは、遠くに吹き飛ぶ。
「俺には戦いの経験が不足してる。以前の歴史ならともかく、今の世界線じゃあな。その経験不足を補ってくれたフォルネウスさんには……後でお礼しとくか」
他の星騎士と違い、ディルスはほとんど実戦を経験していない。邪神側に立って戦っていた以前の歴史の記憶はあるが、ただそれだけ。
ただ知識があるだけなのと、実際に戦ったことがあるのでは天と地ほども差がある。その差を埋めてくれたのが、フォルネウスとの修行だった。
ありとあらゆる戦いの流儀を徹底的に仕込まれ、力押しからフェイント……様々な戦い方を学んだ。その結果、ディルスは他の星騎士にも負けない戦士に成長した。
「やってくれたな……! 雑魚のクセにこの私の顔に傷をつけおって! もう許さぬぞ!」
「それはこっちのセリフだぜ。あんたらがこの世界を滅ぼそうなんて、そんな蛮行は認めねえし許さねえ。ここで海の藻屑になれ! 星魂顕現・ピスケス!」
星の力を解放し、全身を魚鱗に覆われた半魚人の姿になるディルス。バリオールの周囲を高速で旋回し、大きな渦を作る。
渦を破ろうと、バリオールは攻撃を仕掛ける……が、強烈な水流に呑まれ、どんな攻撃も通らない。堅牢な水の牢獄が完成したのだ。
「こんなことをして何になる? 先ほどから搦め手ばかりで、真正面からかってこないじゃないか。やはり、雑魚は」
「いい加減うるせぇぞ! そうやって人を見下してばっかりいると、足下を掬われるぜ! そろそろ終わりにしてやる。本気の奥義を食らえ! 双魚星奥義、パーフェクトフィン・カッティンソー!」
大渦の中を移動し、時折飛び出しながらディルスはヒレによる斬撃の嵐を見舞う。攻撃のために渦から飛び出す度、ヒレが外れ狙いを定める。
激しい攻撃に晒されたバリオールは、防戦一方の状況に追い詰められる。即座にヒレを再生させ、ディルスは何度も斬撃を浴びせていく。
「チッ、この私が防御に手一杯だと……? これは、相手を雑魚と侮れぬな……」
「今更か? だがもうおせぇ。よーく周りを見てみろバリオール。てめぇをぶっ殺すための舞台は! もう完成したんだからな!」
「なに……!? こ、これは!」
渦の中には、大量のヒレが浮かんでいた。その全てが、渦の内側にいるバリオールの方を向き高速で回転している。
一斉に放てば、さしものバリオールも防ぎきることは出来ない。全身をズタズタに切り裂かれ、ゲームオーバーとなるだろう。
「これで終わりだ。パーフェクトフィン・カッティンソーの恐ろしさ……たっぷり味わいながら死ね!」
「くっ、まだだ! まだ終わら」
「いいや、終わりだよ。俺を侮ってコケにしたこと……あの世でたっぷり反省しろ! これでフィナーレだ!」
ディルスが渦に飛び込み、指を鳴らすと……全てのヒレがバリオール目掛けて飛び出していく。魚鱗を切り裂き、致命傷を与える。
雑魚と侮った相手からの猛攻に、バリオールはついに屈し、認めざるを得なくなった。ディルスの本当の実力を。
「クソ、が……お前……本当は、強いじゃ……ないか……。ぐ、がはっ」
「そうだろ? 俺は強いんだ、いや……強くなったんだ。今日この日のため……世界と、弟を守るためにな」
力尽き、海底に沈んでいくバリオールに向けディルスはそう呟く。大海原での戦いは、ドレイクとディルスの勝利で幕を閉じた。




