276話─大海原の大決戦
マリンアドベンチャー号、甲板。アルマー家の始祖、ヴィンセント・アルマーとファンダバル家の始祖、バリオール・ファンダバルとの戦いが始まる。
「大暴れの時間だ! 来い、水神斧アルマトーレ!」
「誰が相手だろうと負けない! 魚鱗爪ラスカータ展開!」
ドレイクとディルスは、それぞれの星遺物を呼び出し構える。星の力は、まだ使わない。相手の手の内が分かるまでは、温存しておきたいのだ。
「気迫は十分、ってトコかね。でも、アタシに勝つのは無理だよ。海賊としての年季が違うからねぇ! 来な、アルマトーレ!」
「そっちの大男は任せた。私はもう一人を殺す」
海賊ルックに身を包んだ大柄な女……ヴィンセントは、ドレイクのように斧を呼び出して走り出す。礼服を着た青年、バリオールはディルスに狙いを定める。
長い黒髪を振り乱し、ヴィンセントは大斧を力一杯振るう。ドレイクも迎撃に動き、相手の攻撃を受け止めていなす。
「パワーも中々……これは楽しめそうだ。アンタの首を戦利品のリストに加えるのが楽しみでしょうがないよ!」
「悪趣味なことしてんな。運命変異体とはいえ、ご先祖サマがんなことしてるってのは嫌なもんだぜ!」
甲板の後方で、ドレイクとヴィンセントの一騎討ちが始まる。一方、甲板前方ではディルスとバリオールが取っ組み合いの戦いをしていた。
魚鱗で出来た爪が空を裂き、互いの喉笛を掻き切らんと乱舞する。両者共に着ている服がズタズタになり、その下のボディスーツがあらわになる。
「スピードはあるが、肝心の威力がイマイチだな。情けない、この程度の実力しかないのなら……我が一族に存続の意味無し! ここで絶やしてくれよう!」
「けっ、調子に乗るなよ! 俺は強くなったんだ。今は本気を出してないだけ……そんなにお望みなら、本気を見せてやる!」
こちらもこちらで、一進一退の攻防を繰り広げていた。バリオールはディルスの実力に何の期待も抱いていないようで、やる気を見せない。
バチバチに闘志を燃やしているヴィンセントとは、まるで対照的だ。暗く濁った殺意を向け、手早く片付けてしまおうと襲いかかる。
「死ね、名も知らない子孫よ! スケイルスプラッシュ!」
「! 広範囲への攻撃……避けたらドレイクさんに当たる! なら!」
バリオールはボロボロになった上着とシャツを脱ぎ捨て、ボディスーツの表面に大量の魚鱗を浮かび上がらせる。
それらを一斉に放ち、ディルスへ攻撃を仕掛けた。避けるのは容易だが、それでは背後にいるドレイクに当たってしまう。
負傷してしまえば、ヴィンセントに勝つのは困難になる。逡巡した結果、ディルスが選んだ答えは……。
「全部打ち落とす! リングスケイル・ガーディアン!」
「! ほう……私も知らない技だ。なるほど、弱いとはいえ技の研鑽をしてはいるのか。本人も技も、イマイチパッとしないが」
「チッ、いちいちくさしやがって。イラつく野郎だ、ぶっ殺してやる!」
ディルスは魚鱗をリング状に並べ、高速回転させて飛んでくる鱗を弾き落とす。全ての鱗を防ぎきったデイルスに、バリオールはようやく興味を示した。
が、すぐにいつものネガティブ思考に戻りネチネチくさし始める。それが気に入らないディルスは、ある目標を打ち立てた。それは……。
「決めた。何が何でも、てめぇに俺の実力を認めさせてやる! 俺をバカにしたことを後悔しながら死んでいけ!」
「おお、怖い怖い。なら、ここでは舞台が狭すぎる。あいつらの攻撃に巻き込まれるかもしれないしな……着いてこい。海の中こそ我らに相応しい舞台だ」
「上等だ、受けて立ってやる! 水中戦こそ俺の本領発揮の場だ! 返り討ちにしてやるぜ!」
甲板の後方から飛んできた水飛沫を避けた後、バリオールは手すりを越え海に飛び込む。それを見たディルスは、ドレイクの方を向き叫ぶ。
「ドレイクさん! 俺今から水中戦してきますんで! 何も気にせず大暴れしちゃってください!」
「おう! そっちも暴れてやりな! ムカつくご先祖サマをぶっ飛ばしてやれ!」
「はい!」
ドレイクの声援を受け、ディルスも海の中に飛び込んでいく。こうして、甲板の上にはドレイクとヴィンセントだけが残った。
ジャスミンや部下たちには、決して甲板に上がるなと厳命してある。邪魔者を気にすることなく、思う存分戦えるのだ。
「いいのか、行かせて。何かあった時、仲間に頼れなくなるぞ?」
「ハッ、その言葉そっくりお返ししてやるよ。そっちこそ、あのいけ好かねぇ優男の助けがなくていいのか? オレは強いぜ?」
「助けなどいらないね! アタシは常に一人……悪名高き孤高の大海賊! キャプテン・ヴィンセントだ! ストロームシェイバー!」
「渦の刃か……面白え! なら、こっちも仕掛けさせてもらう! アクアビートスラッシャー!」
両者共に斧を掲げ、水の刃を作り出す。お互いの攻撃がぶつかり合い、マリンアドベンチャー号が激しく揺れる。
船上と海中。二つの舞台で、それぞれの戦いが始まった。
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「さて、各地の戦況は……と。ふむ、やはり押されているな。ま、この程度は予想済み。所詮、堕天神どもは神々や闇の眷属たちを疲弊させるための駒に過ぎぬ」
コリンによって歴史を改変され、なかったことにされた狭間の世界。そこに、フィニスがいた。『空間のサファイア』の力を使い、各地の戦況を窺っている。
「そう簡単にはグラン=ファルダも暗域も落とせぬ……だが、他の大地はそうもいかない。神々が派兵しているようだが、どこまで持ちこたえられるか見物だ。ククク」
リオやコリンたちのいる各大地の様子を見ていたフィニスは、顔色を変える。鎮魂の園に、忌むべき宿敵の姿を見たからだ。
「奴は! チッ、すっかり忘れていた。この世界線のグランザームは、私と和解していたのだったな。許せぬ……奴だけは殺す! エカチェリーナ、目覚めよ。我らが宿敵を抹殺するのだ!」
とある事情により、狭間の世界から動けないフィニスは策を巡らせる。左手を握り、『霊魂のトパーズ』と『境界のオニキス』の力を発動させた。
遠く離れたグラン=ファルダに囚われているエカチェリーナを目覚めさせ、グランザームへの刺客として動かすつもりなのだ。
「聞こえるか? エカチェリーナ。他の連中には目をくれるな、破壊工作もしなくていい。グランザームただ一人を殺せ!」
『かしこまりましたわ、フィニス。わたくしにお任せを。この世界のグランザームを、必ず仕留めてみせますわ!』
「油断はするな。万が一の時には潔く撤退するのだ。準備が整い次第、私も動く。最悪の場合、二人で仕留めればいい」
『かしこまりました。では行ってきますわ!』
アブソリュート・ジェムを用いた通信を終えた後、フィニスは立ち上がる。ガラスのように砕け散り、無数の破片になった世界を見上げ笑う。
「最強の軍団が必要だ。使えるものは全てリサイクルし、壊れるまで使い潰す。さあ、集まれ。平行世界に住まう……邪神とその子どもたち。そして、彼らを崇拝する者たちよ!」
フィニスはエイヴィアスから受け継いだ力を使い、平行世界に通じる門を開く。そこから、この世界に呼び寄せようとしているのだ。
別の世界に住まう、ヴァスラサックのその子どもたち、そしてヴァスラ教団の運命変異体の群れを。広角を歪め、フィニスは邪悪な笑みを浮かべる。
「存分に足掻くがいい。足掻けば足掻くほど、後に来たる絶望が大きくなるのだから! ククク、ハハハハハハハ!!!」




