274話─修行の成果を、今
絶対に破れない自信があった砂の糸を破壊して見せたエステルに、アビダルは目を見開く。そんな相手を見て、エステルはほくそ笑む。
「なんや、びっくりしとるな。言うておくけど、最初から出来たんやで? これくらいの芸当は」
「これは驚いた。なるほど、侮ったまま勝てる相手ではないということか」
「今更気付いたんか? 残念やな、あんたはもうゲームオーバーや! 地の利を活かした戦いを見せたるわい!」
そう叫んだエステルは、懐から取り出した煙玉を炸裂させる。濃くなりつつある霧と併せて、アビダルの視界を奪うつもりだ。
その目論見は成功し、エステルは相手の視界から消えることに成功した。完全に気配を消し、こっそりと背後に回り込む。
「チッ、どこに行った? こうまで似た景色が続くのでは、奴を見つけるどころか今どこにいるのかも……」
「今や! 裏蠍忍法、呪毒手裏剣の術!」
「ぐうっ! く……しまった!」
迷いの森の土地勘が無いアビダルは、すぐにエステルを見失ってしまう。そこに、猛毒が塗られた手裏剣が放たれる。
不意を突かれ、腕に当たってしまったアビダルは即座に悟る。急いで解毒しなければ、片腕を捨てなければならなくなる、と。
「やってくれたな……だが、この程度の毒など! 手製の解毒薬があれば問題ない!」
「せやろなぁ。そんなのは計算の内や、ウチかて同じことするからな。ま、飲めればの話やけど」
「なに……? う、ぐはっ!」
懐から解毒薬を取り出そうとするアビダル。だが、彼女は見誤っていた。エステルが練り上げた、毒の強さを。
自分が用いる物よりも、遙かに即効性と致死性が高いことに気付いても、後の祭り。全身を鋭い痛みに襲われ、薬を落としてしまう。
「バカ、な。これほどまでの毒……いつからだ? いつから練り上げていた? たった数分程度で練れるような代物ではないはず……」
「最初っからや。あんたらと戦い始めた時から、こっそり練ってたんよ。一度に複数の『仕込み』を出来るようにする……神はんとの修行の成果、キッチリ出させてもろうたで」
そう告げるエステルの脳裏に、フィアロとの修業の一幕がよみがえる。毒物に関しての知識を、一通り伝授されていたのだ。
『いいですか、エステルさん。貴方には知識も必要です。特に、毒物に関しての知識が』
『なんや、そんなん今更教わっても……へごっ!』
『くちごたえをするんじゃありません! トレントに毒を使う様子を見ていましたが、毎回ワンパターンなのはダメですよ! 耐性を付けられたらどうにもなりませんからね』
『あぐぐ……! せ、背表紙で殴るのは反則やろ……』
『貴方の一族は、毒と砂を操る力があるそうですね。なら、伝授しましょう。神々の世界に伝わる、秘伝の毒をね。さ、これからは座学も追加です。ミッチリシゴぎすよ!』
(なーんて言われて、みっちり知識仕込まれたさかいな。このまま一気に仕留めたいとこやけど、タダでは終わらへんやろな、あいつ)
毒による攻撃が決まった時点で、勝敗はもう決していた。アビダルは十分もしないうちに死ぬ。だが、エステルは油断しない。
最後の足掻きに、何か仕掛けてくる。彼女の第六感がそう告げ、警戒を促してくるのだ。そして、その予感は的中する。
「ぐ、ならば……お前も、道連れだ! 蠍忍法、無限砂分身の術!」
「来るか! ええで、全力で迎撃したるわ!」
アビダルは数十体の分身を作り出し、一斉にエステルを襲う。自分の命が尽きる前に、相手を仕留めてみせる。
鬼気迫る気配に、エステルは呑まれそうになるも踏み留まった。そして、トレントの群れに蹂躙されたことで身に付けた技術を発揮する。
「一対多の戦いは、散々やらされとるんや! 今更この程度の数、相手にならんわ! 蠍忍法、飛び砂嵐の術!」
「怯むな、進め分身たち! 奴を殺せぇぇぇ!!」
エステルはディザーシーカーの隙間から大量の砂を呼び出し、大嵐を巻き起こす。砂の嵐はアビダルの分身たちを呑み込み、一気に滅していく。
「これほど、までとは……我が子孫、侮り難し……」
「これで終わりやで、往生せいや! 天蠍星奥義、モータルハート・スティンガー!」
「ぐ、があっ!」
分身を全滅させられ、打つ手の無くなったアビダル膝をつく。そこに、エステルが突撃し……必殺の一撃をもって、相手を貫いた。
顔を覆っていた布が外れ、アビダルはドス黒く染まった血を吐く。そのまま倒れ伏し、二度と……立ち上がることはなかった。
「さよならや、ご先祖様。あんたが善人やったら、こんな戦いせぇへんでよかったんやけどな……」
アビダルの亡骸を見下ろし、エステルは手を合わせる。合掌しながら、小さな声で寂しそうに呟いた。
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「ハハハ!! いいぞ、実にいい。やはり戦いはこうでなくては!」
「何ともタフな御仁だ。拙者としては、そろそろ死んでいただきたいのだがな!」
エステルとアビダルの戦いが決着した頃、迷いの森の奥ではツバキとムサシが激闘を繰り広げていた。断殻刀同士を交え、剣劇を交わす。
(この辺りか。エステルが言っていた例の場所は。なら、そろそろ……)
「戦いの最中に考え事か? 随分と余裕だな! 刃性変換、断殻刀【飛龍】! 秘剣、無限飛斬衝!」
「さあ、もっと来るがいい! 拙者はこっちだ、ムサシ!」
「逃げるか? 形成不利と見たか……だが、決して逃がさぬぞ!」
特定のポイントに誘い込むべく、ツバキは最後の仕上げにかかる。わざと背中を見せ、逃走を始めた。当然、そうなればムサシは追ってくる。
あらかじめエステルから教えてもらっていた、決戦のポイントに向かってツバキは飛ぶ。数分後、ついに目的地に到着した。
「さあ、追い詰めたぞ! 潔く諦め──!? な、なんだこの落とし穴は!?」
「ふっ、かかったな。ここはロタモカ公国とゼビオン帝国の国境近辺……敵の侵入を阻むために作られた、罠のエリアだ。まんまと誘い込まれたとも知らず、よく着いてきてくれたな」
歩みを止めたツバキに、斬りかかろうとした次の瞬間。ムサシが踏んだ地面が陥没し、深い落とし穴が現れる。
間一髪、飛び退いて落下は免れたが……そんなムサシに、ツバキは笑みを浮かべる。あらかじめ、この場所についてエステルから聞いていたのだ。
この場所に相手を誘い込み、一気に倒す。それが、プランBの正体だ。逃げようにも、土地勘の無いムサシは遭難するのが関の山。
何の疑念も抱かず、ツバキを追ってきた時点で策に嵌まっていたのだ。そのことに気付いても、時すでに遅し。罠が起動し、ムサシを襲う。
「考えたものだ。だが! お前を倒してしまえば万事問題はない!」
「やってみるがいい。大量の罠を掻い潜り、拙者を倒せるというのなら! 刃性変換、断殻刀【神討】!」
ツバキは刀を変化させ、近くの木の幹を這うつるを両断する。すると、木々の奥から無数の矢がムサシ目掛けて飛んできた。
刀を振るい、矢を弾き飛ばす……が、そのうちの一本が木の枝に偽装していたレバーに当たる。新たな罠が作動し、木の上から丸太が落ちてきた。
「チッ、ここまで手の込んだ罠があるとは!」
「それだけではない。拙者もいるぞ、ムサシ。そろそろ終わらせよう、この戦いを。フィニスとの決戦が待っているからな! 巨蟹星奥義……双鋏破邪斬!」
「くっ、させるか! 奥義、羅刹絶衝撃!」
ツバキとムサシ、二人の奥義が同時に炸裂する。ぶつかり合う中、勝ったのは……ツバキだった。ムサシの持つ断殻刀を砕き、そのまま相手の心臓を貫く。
「バカな! 某が敗れ……がふっ!」
「終わりだ、これで。平行世界の存在とはいえ、我がコウサカ家から出た恥は自らの手で始末する。永遠に眠れ、ムサシ」
手向けの言葉を告げ、ツバキは刀を捻る。力尽きたムサシが事切れたのを確認した後、ゆっくりと刃を引き抜く。
刀を振って血を落とした後、ツバキは森の中を進む。エステルと合流するために。




