273話─最後の刺客たち
「ふっ、面白い。では、お前たちでどこまで遊べるか試させてもらおうか! 蠍忍法、砂螺旋槍の術!」
「援護をしよう。出でよ、断殻刀!」
「来るぞエステル! 全力で戦う……星魂顕現・キャンサー!」
「ガッテン承知や! 星魂顕現・スコーピオ! さぁて、腹くくっていくで!」
アビダルとムサシが仕掛けてくる中、ツバキとエステルも動く。星の力を解放した二人は、それぞれの先祖に向かって突撃する。
複数の砂の槍が飛んでくるが、ツバキは断殻刀を用いて全て斬り伏せる。それを見たムサシは、獰猛な笑みを浮かべた。
「ほう、素晴らしい太刀筋だ。惚れ惚れするような動き……見事なものだ。だが、某の速さを見切ることは出来るかな!?」
「! 速い……エステル、気を付けろ!」
「わぁーっとるわ。ウチかてちょーキッツいしゅぎょを乗り越えたんや、これくらい……見切れるわ! 蠍忍法、鋏刃地雷の術!」
一気に加速したムサシが、動く気配を見せないエステルへ飛びかかる。断殻刀の錆にせんとするも、刃を振ろうとした瞬間。
エステルの忍術が炸裂し、砂で出来た大量の地雷がバラ撒かれる。一度踏んだが最後、巨大なハサミが飛び出して踏んだ者を両断するのだ。
ムサシは軽やかな動作で地雷の間を駆け抜けていくが、簡単にたどり着かせるほどエステル立場甘くはない。
「おっと、こちらに来させはせぬぞ。刃性変換、断殻刀【飛龍】! 肆の秘剣、火龍飛翔斬!」
「飛ぶ斬撃……か。中々の細工だが、私からすれば防ぐのは容易い。ムサシ、助太刀するぞ。裏蠍忍法、毒鎧纏身の術!」
「あれは……毒の鎧か! なら、こうするまでや!」
次々と放たれる遠隔斬撃を避けるムサシに、アビダルが助け船を出した。全身を分厚い毒の粘液でコーティングして、斬撃を防げるようにしたのだ。
それを見たエステルは、地雷の位置をズラして無理矢理ムサシとアビダルに踏ませにかかる。少々強引だが、こうでもしないと連携が厄介なのだ。
「来るか。くだらぬ、砂のハサミなどで某を斬ることなど不可能だ。刃性変換、断殻刀【斬鉄】! 秘技、円舞剣!」
「斬られてしもうたか。せやけどな、それくらいは予想済みなんやで! 蠍忍法……」
「させぬぞ。蠍忍法、砂糸呪縛の術!」
何とかムサシに地雷を踏ませ、砂のハサミを作動刺せることに成功した、が……。断殻刀の一撃によって、ハサミが破壊されてしまう。
それを見越していたエステルは、両断されたハサミを分解して無数のマキビシに変えようとする。だが、アビダルが妨害に動く。
「げっ、なんやこれ! くうっ、身体が動かへん!」
「エステル、今助けに」
「お前の相手は某だ。さあ、心躍る戦いをしようではないか!」
「くっ、こんな時に!」
ディザーシーカーの各部から細い砂の糸を繰り出して、エステルの身体を拘束してしまう。身動きが取れなくなったエステルを助けようとするツバキだが……。
ムサシの攻撃を受け、エステルの元から離されてしまう。相手の猛攻を防ぐのに手一杯で、とてもではないが援護には行けない。
「済まない、エステル! 少し遅れる、何とか耐えてくれ!」
「問題あらへんで、ツバキはん。こっからは『プランB』や! お互い気張っていくでぇ!」
少しずつ森の奥へと押し込まれていくツバキに向かって、エステルはそう叫ぶ。彼女の言葉を聞いたツバキは、ニヤリと笑う。
イゼア=ネデールに転送される最中、二人は三つの作戦を立てていた。そのうちの一つが、エステルの叫んだプランBだ。
「承知した。では……こうする!」
「ほう、自分から森の奥に行くとは。仲間は見捨てられたな、可哀想に」
「見捨てる? それは違うな。拙者は信じている、エステルが自分の力で窮地を脱せると」
「その全幅の信頼、無意味なものだな。アビダルは強い。あの小娘では勝てぬ!」
「果たしてそうかな。我々を侮ると、痛い目に合うということを教えてやる! 刃性変換、断殻刀【疾駆】! 伍の秘剣、迅速無限連!」
お互いに叫んだ後、ツバキは断殻刀の性質を変化させる。超高速の連撃を放ちつつ、ムサシを迷いの森の奥へと誘う。
一方、残されたエステルはと言うと……。
「ムギギギギ!! なんちゅう堅い糸や、全然切れへん!」
「ムダな抵抗はやめろ、小娘。その糸はオリハルコやブルーメタルと同等の堅さがある。ディザーシーカーがあるとはいえ、お前の細腕では切れぬ」
糸から抜け出そうと四苦八苦するが、一向に抜け出せずにいた。そんな彼女の目の前には、ニヤニヤ笑うアビダルが立っている。
絶対的な優位にいるが故の、余裕の態度を見せている。何もせず、アリジゴクに落ちたアリのようにもがくエステルを眺めていた。
「いらつくやっちゃな。いつでもウチを殺せるからって、そんな余裕ぶっこいてると後で恥かくで!」
「おお、怖い怖い。出来るものならやってみるといいさ。今だって、砂の糸から抜け出せないクセに」
「ぐぬぬぬ……! 全く、ウチがオトンから聞いたご先祖様像とはかけ離れた奴や。いくら運命変異体っちゅーても、ここまで性格悪いとは思わへんかったわ!」
「悪い? ふっ、何を言うかと思えば。忍の世界に善も悪もない。あるのはただ、弱肉強食の掟だけだ。元の世界でも、私はその掟に従い生きてきた」
エステルが抵抗出来ないのをいいことに、アビダルはペラペラと語り出す。この時点で、すでにエステルが『プランC』を発動しているのだが……。
絶対的な優位を取り、慢心と油断をしきっているアビダルは気付いていない。
「ほー。そんじゃ、あんたがフィニスに味方しとるんはその掟に従っとるからっちゅーことか? どうせ、負けて手下にされたんやろ?」
「……チッ。ああ、そうだ。私たちは負けたのだ、フィニスにな。フリードを殺し、星の力を思いのままに出来ると浮かれていた矢先に」
アビダルの話した内容に、エステルは個人的な興味を抱く。そもそも、何故彼女らが悪に染まったのか。最初からそうなのか、力を得て増長したのか。
どのようにフリードと出会い、力を授かったのか。向こうの世界の邪神との戦いはどうなったのか……知りたいことがどんどん溢れてくる。
(ほー、ちょっといい気にさせて情報話させたろと思ってたけど……こら予想外にいい収穫がありそうや。プランC成功のための時間稼ぎも兼ねて、いろいろ聞き出してみよか)
そう判断したエステルは、出来る限り情報を聞き出そうと試みる。相手に悟られないよう、それとなく質問を投げかけた。
「へぇ、あんたらコリンはんのオトンを殺したんか。恩知らずなやっちゃの、え?」
「恩知らず? ハッ、そもそも我らのようなならず者たちの手綱を握れるとうぬぼれていた、奴の自業自得だよ。神の子だか何だか知らぬが、胡散臭い相手に従うなどバカのすることだ」
どうやら、平行世界の初代星騎士の面々は、元からならず者として活動していたようだ。鬱憤が溜まっていたのか、アビダルは聞いてもいないことまで話し出す。
「私たちからすれば、邪神が支配している方が生きやすいのさ。何しろ、どれだけ犯罪を犯してもいいのだからな。そんな悪のパラダイスを壊そうなど、なぁ? 認めるわけがないだろう」
「……なるほどな。大方、フリードはんの話に乗ったフリして、力だけ貰って裏切って殺したってとこか」
「よく分かったな。そうとも、私たちは最初からそのつもりだった。まんまとフリードを殺したまではよかったが……そこにフィニスが来た」
嫌悪感をあらわにするエステルだったが、アビダルの様子がおかしいことに気付き眉をひそめる。これまでと違い、明らかに怯えているのだ。
「神すら殺せた私たちが負けるはずなどない。新しく得た力を試してやろう。そう思って挑んだが……それが間違いだった。私たちは、奴に敗れた。完膚無きまでに。そして、世界を滅ぼされた」
フィニスの目的はたった一つ。基底時間軸世界を含む、全ての平行世界の破壊。故に、アビダルたちの世界が滅ぼされるのも自然なことだ。
だが、何を考えたのか……フィニスは平行世界の星騎士たちを生かした。そして、屈服させた彼らを自らの部下として支配下に置いたのだ。
「ハッ、哀れなやっちゃな。散々イキり倒しといて、最後は自分らより強い奴に負けて奴隷にされるなんてなぁ。そんなん、ただのチンピラやんけ」
「黙れ! 貴様には分かるまい。奴の力を、恐ろしさを……圧倒的な恐怖を!」
「いや、分かるで。ウチも……いや、ウチらもフィニスに挑んでぶっ殺されたさかい。せやけどな、ウチらはあんたらと違う。フィニスを倒すために、もう一度立ち上がったんや!」
アビダルに向かって、エステルは叫ぶ。何も出来ず、一方的になぶられいいように殺された、忌まわしい記憶がよみがえる。
その屈辱と恐怖を糧とし、彼女たちは誓いを立てたのだ。全ての世界を、命を守るために。もう一度、絶対なる超越者と戦うと。
「もうそろそろ、十分時間も稼げたわ。あんたに教えたる、ウチらの不屈の精神をな!」
砂のクナイを作り出し、エステルは糸を切断して自由の身となる。平行世界から来たる刺客を見据え、そう叫ぶのだった。




