272話─フィニス、胎動
「ふむ、やはりいい使い心地だ。試運転にと数百の世界を滅ぼしてみたが、不調に陥る気配がまるでない。実に素晴らしいものだ」
アシュリーたちが儀式を行っている頃。エイヴィアスに託された力を使い、フィニスは平行世界を渡り歩いては滅ぼしていた。
「エイヴィアスが死に、力が私に移った……残念なことだ、せっかく友情を築けたというのに。惜しい者を亡くした。なら、この力を有効活用して手向けにしようか」
この日も、一つの平行世界を滅ぼしていたフィニス。エイヴィアスはあらかじめ、自分が死んだらフィニスに力が譲られるようにしていたのだ。
結果、誰にも止めることの出来ない最悪の怪物が生まれてしまった。悦に入っていたフィニスだったが、ふと思い出す。
「ふむ、そろそろ基底時間軸世界の様子を見てみるか。場合によっては、平行世界から新たな仲間を集める必要があるからな……」
廃墟となった街の片隅に腰を下ろし、フィニスは左手を握る。『空間のサファイア』が輝き、目の前に映像が映し出された。
流魂転生の議によって、星騎士たちが闇の眷属に生まれ変わっているシーンを見たフィニスは、顎を撫でながら考え込む。
「ふむ。奴ら、闇の眷属になったか。であれば……アーリャたちでは相性が悪かろう。復活させた超越者たちは基底時間軸世界の魔神にぶつけるとして……ああ、いいことを思い付いた」
闇の眷属の頑丈さに、本家本元には呼ばぬとはいえ魔神の再生能力を手に入れたのだ。鬼に金棒、リオに盾。
アーリャたちに相手をさせるのは荷が重いと判断したのだ。少しして、フィニスはニヤリと笑う。
そして、エイヴィアスから継承した力を用いて平行世界の検索を始める。
「奴ら星騎士の戦意を最も強く削ぎ落とせる者たちを味方に引き込めばいい。となれば、やはり適任は……奴らの先祖だな」
そう呟いた後、フィニスは再び左手を握る。青色の宝石を輝かせ、平行世界に通じる門を呼び出して中へと進んでいく。
「あと少しだ。あと少しで、最後の決戦が始まる。私の方も、万全の態勢で臨まねばなるまい」
映像を見るだけで、フィニスは悟った。以前蹂躙した時よりも、星騎士たちは力を増していると。侮ってかかれば、今度は自分が敗れる。
全ての世界の滅亡という大願を成就させるために、フィニスは慢心も油断も全て捨て去る。門を潜り、滅びた世界から去って行った。
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「はあ、はあ……」
「おー、いいじゃんいいじゃん。うん、ごーかく。よく頑張ったねー、これならもう言うことなし! だね」
「ありがとうございます、ムーテューラ様……ぜえ、はあ……」
流魂転生の儀を終えてから、七日後。ついに、修行を終える時がやって来た。各星騎士たちは、苛烈な修行を乗り越えたのだ。
離れ小島にある森の中、ツバキとがムーテューラに課せられた卒業試験に挑んでいた。目の前にある巨木を、一刀の元両断する。
師より授けられた剛の剣を用い、ツバキは達成したのだ。卒業と実力を認められ、嬉しそうに笑っていた……その時。
「ムーテューラ様、来ました! イゼア=ネデールに強大な反応が複数出現しています!」
「お、ナーイスタイミング~。ビルチ、フィーくん呼んできてちょ」
「ハッ! お任せを!」
グラン=ファルダ本島から、ムーテューラの部下がやって来る。とうとう、フィニスが攻めてきたのだ。テキパキ指示を出しつつ、女神は笑う。
この一ヶ月と少し、地獄のような修行をやり抜いた弟子がどこまで成長したのか。早速成果を確かめる機会が来たのが嬉しいのだ。
「誰が相手かは知らないけどー、ま、ツバキちゃんならだいじょーぶっしょ」
「ええ、拙者も……ぜぇ、そう思……おえ」
「あー、シゴ気過ぎてゲロっちゃった。しょーがないなー。それっ、元気ちゅーにゅー!」
フィアロとエステルが来るのを待っている間、疲労が限界を超えたツバキが吐いた。しょうがないと言わんばかりに、ムーテューラはステッキの先端でツバキを小突く。
すると、ツバキの全身を支配していた倦怠感と疲労がしゃっきりぽんと抜け、元気が溢れてくる。
「おお、力が沸いてくる! 師匠、ありがとうございます!」
「へっへー、これなら頑張れ……お、来たね。フィーくん、こっちこっちー」
「すいません、遅れました! 話は聞きました、いよいよですね!」
「よっしゃ、出撃やでツバキはん! ウチらの力を見せ付けたろうや!」
「ええ。パワーアップした拙者たちの恐ろしさを見せ付けてやりましょう!」
少しして、フィアロとエステルが合流する。二人の神は、イゼア=ネデールに通じる転移用の魔法陣を作り出す。
最も反応が強く現れているポイントを特定し、座標を合わせる。準備が完了した後、ツバキたちはムーテューラとフィアロに促され、魔法陣を踏む。
「さあ、行こう! この世界を守るために!」
「おう! 絶対に勝つで、ウチらはな!」
「二人とも、頑張って! 僕たちはグラン=ファルダの守りを固めます。ご武運を!」
「ファイトー! 一発かましてやりなー!」
ムーテューラたちの声援を受けながら、ツバキたちは決戦の地へと向かう。だが、そこで彼女たちを待ち受けているのは……。
◇─────────────────────◇
「着いたな。ここは……ロタモカ公国の迷いの森か」
「やなトコに出たもんやな。ま、ウチはここの地理に詳しいから問題あらへんけど」
「警戒を怠らないようにしよう。いつどこから、超越者たちが奇襲してくるか──そこだ!」
エステルたちが送られたノは、ロタモカ公告の西側の国境沿いに広がる迷いの森だった。敵の攻撃を警戒する中、ツバキが殺気を捉える。
濃い霧の向こうから、二つのクナイが飛んでくる。断殻刀を抜き払い、一刀の元叩き落とす。その直後、落ち葉を踏む音が二つ、近付いてくる。
「今回は二人いるようだな。ちょうどいい、一人ずつ相手が出来る」
「せやな。さあ、どっからでもかかって──!?」
「……へぇ。お前が……遠い未来に生まれる予定の私の子孫なのか。随分と貧相な奴だ」
「う、嘘や……。何で、こんな……ウチのご先祖様がおるんや!?」
霧の向こうから現れたのは、エステルが纏う星遺物、砂鎧装ディザーシーカーと瓜二つの装束を身に付けた女だった。
右手の甲には、エステルのものと同じ【ラーナトリアの大星痕】が浮かんでいる。それを見たエステルは気付く。
目の前にいるのは、自分の先祖……初代『天蠍星』アビダル・ラーナトリアであるということに。
「へえ、気付いたか。平行世界の存在とはいえ、血の繋がりが気付かせるのか……興味深い」
「どういうことだ? 何故エステルのご先祖様がここに? ……まさか、もう一つの足音の正体は」
「そうだ。某はムサシ。ツバキと言ったか……お前の先祖に相当する者だ。この世界では、だがな」
アビダルの後ろから、もう一人の敵が姿を現す。藤色の武者鎧と、蟹を模した兜を身に付けた男が歩いてくる。
ヘソの辺りに浮かぶのは、【コウサカの大星痕】。第二の敵は、ツバキの祖先……ムサシ・コウサカの運命変異体だった。
「ど、どうなっとるんや!? ウチはてっきり、前にも戦った腐れ【ピー】やとばかり」
「彼女たちは基底時間軸世界の魔神たちを攻めているよ。お前たちに加勢出来ないようにね。代わりに連れてこられたのが……」
「某たちというわけだ。お前たちからすれば、我らはさしずめ……『悪に染まった世界線』の存在になる」
エステルは、アブソリュート・ジェムの力で復活したエミカが来るものだと思っていた。故に、このような事態になるのは全く計算していなかった。
それはツバキも同じだったようで、彼女も狼狽えている。別の世界の存在とはいえ、自分の先祖と戦うことになるとは思っていなかったのだ。
切れ長の目を細め、アビダルは布を上げて顔の下半分を覆う。ムサシも刀を抜き、一歩ずつ近寄ってくる。
「さあ、始めようか。私たちの子孫とやらがどれだけの実力があるのか……見せてもらおう」
「失望させないでくれたまえよ。さあ、戦いを始めよう。血沸き肉躍る、素晴らしき戦いをな!」
「くっ、こうなったらやるしかあらへん! 例え相手がご先祖様の運命変異体でも、悪なら倒す……それだけや!」
「ああ。彼らの……フィニスの思い通りになどさせぬ! 絶対に!」
世界を超えた、先祖と子孫の激闘が……今、始まる。




