28話―決戦! オラクル・ベイル
「な、なんだ!? ヘンリーよ、一体どうしたというのだ!?」
「俺はヘンリー・ラドレス伯爵ではない。ヴァスラ教団を束ねる幹部が一人、オラクル・ベイルだ」
ベイルが左手の指を鳴らすと、再構築していた肉体と顔が元に戻る。狼狽えるラファルド七世を守るべく前に立ち、コリンは笑う。
「ほう、奇っ怪な魔法を使うのうおぬし。陛下が狙いのようじゃが、わしらがいる限り手出しはさせぬぞ」
「確かに、先ほどまでは皇帝暗殺が最優先だった。が、今は……貴様の始末が最優先だ、コリン! 神託魔術、D・C:ジャンクション!」
アシュリーたちや警備の騎士たちが到着するよりも早く、ベイルは右手を床に叩き付ける。すると、床の一部が小さなブロックに『分解』され穴が開く。
「我が同胞たちよ! 会場にいる貴族どもと皇帝を始末しろ! その間、俺はコリンを殺す!」
「ぬ、まずいのう。マリアベルよ、そなたはここに残れ! アシュリーたちと協力し、教団の密偵どもを滅するのじゃ!」
「くっ、かしこまりました。お坊っちゃま、ご無事でいてください!」
床に開いた穴は、コリンとベイルを飲み込み真っ暗な地下空間へと誘う。その間にも、ベイルの指示を受け貴族に扮していた密偵たちが暴れだす。
コリンはマリアベルに指示を出した後、ベイルと共に穴の中に落ちていく。しばらく落下したところで、ベイルは左手を下にかざした。
「ぬんっ!」
「! 足場が出来た、じゃと? おぬし……かなりの使い手じゃな。その得体の知れぬ魔術……どこで会得した?」
ベイルの左手から魔力が放たれると、二人の真下に円形の足場が構築された。よく見ると、先ほどの分解によって生じたブロックが素材として使われているようだ。
「我が魔術……【D・C:ジャンクション】は女神ヴァスラサックより授かった神秘の魔術。人の理を越えた奇跡、それが神託魔術だ」
「……ほう。神の理に属する魔法、か。ふ、面白いではないか」
「右手から放たれた魔力に触れたものを『分解』し、左手から放たれた魔力を浴びたものは我が意のままに『構築』される。それが俺の会得せし神秘の魔術よ!」
足場に着地した後、ベイルは両手に魔力を宿しながらそう叫ぶ。対するコリンは、頭上に闇の槍を生み出しながら不敵な笑みを浮かべる。
「ならば、少しばかり試してみよう。おぬしのなんとかジャンクションとやらで、どこまでやれるのかをのう! ディザスター・ランス!」
遥か頭上にある穴が閉じていくのを視界の端に捉えながら、コリンは闇の槍をベイルの胴体めがけて勢いよく発射する。
それを見たベイルは、タイミングを合わせて右腕を振り抜く。闇の槍に手が触れた瞬間、魔力が伝播し槍が崩壊してしまった。
「ふむ、やはり防がれたか。これは近付かぬ方がいいのう。下手に触られたら一巻の終わりじゃわい」
「逃がしはせん。この空間の全てが我がテリトリーなのだから。さあ、『構築』の力を見るがいい! クリエイト・セイバー!」
「む、これは!」
ベイルが『構築』の力を発動すると、どこからともなく無数の小さなブロックが集まり身の丈ほどもある大剣へ変化する。
「貴様は『分解』の力だけを警戒しているようだが……見せてやろう。『構築』の力が持つ恐ろしさをもな! ハァッ!」
「来おるか! ならば迎え撃つのみ! ディザスター・ランス【雨】!」
迫り来るベイルに対し、コリンはバックステップで距離を取りつつ無数の闇の槍を展開する。即座に槍を放ち、一斉攻撃で葬ろうと目論む。
「フン、数を揃えれば対抗出来るとでも? 甘い! ぬぅぅぅん!」
「むうっ、槍が……よく分からんもこもこに!」
「この剣の刀身にも、我が『構築』の魔力が宿っている。生半可な攻撃など、全て無意味だ」
が、そう簡単に攻略出来るほど甘くはないようだ。大きく振られた剣に槍が触れた瞬間、大きな綿の塊に再構築されてしまった。
それを見たコリンは、身体を震わせる。圧倒的な魔術を前に怯えているのかと、ベイルは考えた。が、そうではない。コリンは――歓喜していたのだ。
「ふ……ふふふ。ふっはっはっははは! 面白い、実に面白いではないか! かつて、ママ上の配下たる魔の貴族たちと様々な修行を行ったが……これほどまでに面白い魔術は見たことがない。良い、実に良いぞ」
「ほう、余裕だな。その高笑い、いつまで続けていられるか見せてもらうか!」
ベイルは剣を構え直し、コリン目掛けて走り出す。対するコリンは、父より託された星遺物……闇杖ブラックディスペアを呼び出した。
「闇魔法、スリップブーツ! さあ、来るがよいベイル。邪神に与する者に、闇の裁きを与えてくれようぞ!」
「やれるものならやってみろ! 真っ二つにしてくれるわ!」
コリンの眼前に迫ったベイルは、剣を横薙ぎに振り払う。が、それよりも早くコリンはスライディングで攻撃を掻い潜る。
そのままベイルの背後に回り、立ち上がりつつ魔力を宿した杖で背中を殴り付けた。
「ほれっ!」
「ぐうっ! ちょこざいな!」
「ほっほっほっ! 当たらんのう、そんな大振りな攻撃は。ほれ、今度は脚に一発!」
振り向きざまに振り下ろされた剣を滑るような挙動で避け、コリンはベイルの右足に再度杖を叩き込む。二度も攻撃を避けられたベイルは、苛立ちを募らせる。
「ちょこまかと動き回りおって! ならば、こうするまでだ! クリエイションハンド!」
「むっ、床に起伏が……。なるほど、移動を妨害するつもりじゃな」
ベイルは一旦剣を右手に持ち替え、左手を地面に叩き付ける。すると、平坦だった地面が波打ち、複雑な起伏が出現した。
コリンが移動に手間取っているところを突き、一気に両断して倒すつもりなのだ。闇の魔力を練り上げつつ、コリンは杖を構える。
「小細工をしたとて、そう簡単にわしを捕らえることは出来ぬ! ディザスター・ランス【二重奏】!」
「フン、何が二重奏だ。たった一本しかないではないか! また再構築してくれるわ!」
杖を前方に向けたコリンは、先端に取り付けられた宝玉から太い闇の槍を放つ。速度はやや遅く、ベイルは鼻で笑いながら叩き落とそうとする。
「ふっ、甘いのう。今じゃ、分裂せよ!」
「なっ!? バカな、槍が二つに!」
振り下ろされた剣が触れる直前、槍が二つに分裂し攻撃を回避した。同時に、飛翔速度が上がり一気にベイルの元へ突進していく。
「チィッ! ディサセンブルハンド!」
「むっ、惜しいのう。あと十数センチでおぬしの身体に風穴を空けられたのじゃがな」
「おのれ……どこまでも舐めた真似を! 苛立たしい……ウィンター家断絶の計画を挫かれた、あの時よりも苛立つぞ!」
「なに……おぬし、今何と言った?」
あと少しのところまで迫った槍だったが、ベイルの右手に触れ分解されてしまう。苛立ちをさらに募らせたベイルは、思わず余計なことを口走る。
それを聞いたコリンの顔から、笑みが消えた。僅かにドスの利いた声で問うが、ベイルはその変化に気付かず得意気に話し出す。
「ああ、お前が知る由もないか。数日前、懐柔したロナルドを使ってウィンター家への襲撃を計画したのはこの俺なのだよ」
「……そうか。おぬしが……いや、貴様があの惨劇を招いたのか。貴様のせいで……ハンス殿たちは、命を落とすことになったというのじゃな」
「ああ、そうとも。ロナルドを手下に引き込むのは実に簡単だった。少し欲望を刺激してやったら、すぐにウィンター家の財産乗っとりを」
「もうよい、黙れ。生かしたまま倒し、帝国による裁きを受けさせようと思うていたが気が変わった。貴様のような外道、生かしてはおけぬ。ここで死ね」
ペラペラと言わなくてもいいことまで口にしているベイルを遮り、コリンは静かにそう告げる。瞳の奥に暗い光を宿す姿は、死神そのものだった。
「殺す? お前が俺を? ハッ、寝言は寝てから言えコリン! 俺には同じ手は二度通じん。先ほどの小細工はほんのちょっぴり驚いたが、ネタが割れれば対処法などいくらで」
「何を勘違いしておる? わしのカードがあれだけで終わりだとでも思うておるのか? 愚かな。ならば見せてやろう。このわし……『落とし子の魔術師』の本気をな」
またしてもベイルのセリフを遮り、コリンはそう口にくる。直後、より一層濃い闇の魔力がコリンの身体から放出され周囲に満ちていく。
「……!? な、なんだこの凄まじい魔力は! これほどの濃い魔力など、見たことがない!」
「……リミッターを、一つ外したぞ。オラクル・ベイルよ。貴様には――己が所業の愚かしさを、死よりもおぞましき苦痛によって思い知ってもらう」
杖を構えながら、コリンはそう宣告する。恐ろしき闇の魔術が、今――激しい怒りと共に、ベイルに襲いかかろうとしていた。




