270話─そして、少女も想いを継いだ
コリンたちの戦いが終結した頃、アゼルもまた戦いを終えようとしていた。エイヴィアス(悪)が呼び出した、かつての宿敵。
『八つ裂きの騎士』の異名を持つ狂戦士、ゾダン……最後の一人を、討伐しようとしていた。仲間たちが見守る中、アゼルは斧を構える。
「……つええな、この世界のお前も。結局、俺ぁてめぇを二度も殺し損ねたってわけだ」
「ええ、そうなりますね。運命変異体とはいえ、お前にくれてやるほどぼくの命は……安くありませんからね! 戦技、アックスドライブ!」
「がはっ! ……へっ、こんな最期も……悪か、ねぇ」
返り血で錆び付いた鎧を纏う騎士は、アゼルの一撃を受け倒れた。決着がついたのを見届けた仲間たちが、アゼルの元に集う。
「助かった、アゼル。しかし、大量のゾダンに襲われるなど悪夢以外の何ものでもないな」
「ええ、わたくし今夜から早速うなされそうですわ……」
「そうですね、これはちょっとぼくも予想外でしたよ。でも、リリンお姉ちゃんやアンジェリカさんたちが無事でよかった」
斧を消したアゼルに、二人の女性が話しかける。リリン、アンジェリカと呼ばれた二人は、愛する夫の言葉に頷く。
「そうだな、蘇生出来るとはいえ全員死なずに済んでよかった。そうだ、アーシア。私たちを助けに来てくれた二人の様子はどうだ?」
「ふむ、気配を探る限りでは終わったようだが……何かあったな、これは。悲しみの感情が、余にも伝わってくる」
「迎えに行った方がいいんじゃねえか? 何かあったらあいつらのかーちゃんにどやされるぜ、アタシら」
「では行ってくる。アゼルとリリンはここで待っていてくれ。シャスティ、アンジェリカ、メレェーナ。殿下たちを迎えに行くぞ」
修道服を着た女性、シャスティに問われたアーシアは頷き、仲間を連れコリンたちの元へ向かう。一方、残ったアゼルは……。
それまでの態度を崩し、悲しそうな顔をして座り込んでしまう。そんな彼に寄り添い、リリンも座る。
「……アーシアには感謝しないとな、気を利かせてくれたから。アゼル、今なら我慢しなくていい。君も辛いだろう? 私の胸で泣くといい」
「う、うう……ぼくは、ぼくは……運命変異体とはいえ、兄さんを……この手で、殺した……! 殺して、しまった……ぐすっ、わぁぁぁん!!」
「本当に……惨いことを。エイヴィアス……奴が死のうとも、私は決して許さん。闇寧神に掛け合って、冥獄に繋がれた奴を叩きのめしてやる……!」
己の胸に顔を埋め、泣きじゃくるアゼルをあやしながらリリンはそう呟く。エイヴィアスとの戦いは、少年少女たちに癒やしがたい痛みを植え付けた。
元凶が滅びた今、新たな悲劇が生まれることはもうない。だが……一度刻まれた傷は、易々と消えることはないのだ。愛する者の悲しみを想い、リリンも涙を流すのだった。
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「……そうか。では、運命変異体の手でエイヴィアスは葬られたのだな」
「はい。ですが……あまりにも、コーディが可哀想で。あれからずっと、塞ぎ込んでしまっておるのじゃ……」
エイヴィアスとの決戦から、二日が経った。養父を失った悲しみから、コーディは部屋に閉じ籠もってしまっていた。
父フリードに事の顛末を話して聞かせた後、コリンは悲しそうにそう口にする。フリードの方も、難しい顔をして考え込んでしまう。
「難しい問題だ。下手に介入しても、コーディを傷付けるだけだろう。時間が、彼女が心に負った傷を癒してくれるのを待つしかないな」
「のじゃ……」
フリードの言葉に、コリンは悲しそうに項垂れる。一方、コーディは自室にいた。泣き疲れて眠っていると、夢にエイヴィアス(善)が現れる。
『コーディ、コーディ……聞こえているかい?』
『おじ様! 夢の中とはいえ……また会えて嬉しいわ』
『私もだよ、愛しき娘よ。闇寧神の許しを得て、最後にもう一度……君に贈り物を届けるため、こうして会うことを許された』
『贈り物?』
『そうだ。コーディ、君はオリジナルの子がそうだったように……星騎士フリード・ギアトルクの血を引いている。生前の彼から預かった星遺物を……今こそ、授けよう』
首を傾げるコーディに向かって、エイヴィアス(善)は右手を伸ばす。呪文を唱えると、白銀の輝きを放つ両刃の片手剣が現れた。
『これは、私たちのいた世界のフリードがヴァスラサックを討つために使った聖なる剣……イヴィルブレイカー。さあ、剣を』
『これが……本当のお父様の、星遺物……』
促されたコーディは、右手を伸ばして剣の柄を握り締める。すると……剣に宿っていた、亡き父やエイヴィアス(善)の想いがコーディの中に流れ込む。
そして、同時に気が付いた。この剣は、ずっと待っていたのだと。コーディ……コーデリアが、新たな使い手となる日が来るのを。
『コーディ……忘れるな。私たちの想いは、愛は……その剣と共にある。前を向いて生きよ。もう一人の君と一緒に……光と愛に溢れる、素晴らしい人生を』
『おじ様……お父様……ありがとう。私、もう泣かないわ。新しい家族と共に、フィニスを討つ! それが私からの、おじ様たちへの鎮魂歌よ!』
流れ落ちる涙を拭い、コーディは微笑む。それを見たエイヴィアス(善)も笑みを浮かべ、光の粒となって消えた。
直後、コーディは目を覚ます。ふと横を見ると、机の脇に……鞘に収められたイヴィルブレイカーが立て掛けてあった。
「……鎮魂の園で見守っていてね、おじ様。コリンと一緒に、私は戦う。そして……フィニスを倒すから」
そう呟いた後、悲しみを乗り越え吹っ切れたコーディは剣を持ち、部屋を飛び出していく。善は急げ、剣の使い勝手を試したくて仕方ないのだ。
「コリーン! いるー!? ちょっと手合わせしてほしいんだけどー!」
剣を抱え、廊下を走る。その顔には、笑みが広がっていた。
◇─────────────────────◇
「フィニス様、完成致しました。これこそが、我らの技術で生まれ変わった……リアル・アブソリュート・アームでございます」
「ほう、素晴らしい。見るだけで分かる。溢れ出る力がな」
その頃。フィニスは『霊魂のトパーズ』の力で洗脳した神々を使役し、アブソリュート・アームの修復とバージョンアップを完了させていた。
ところどころに金と銀のラインが走る、虹色の篭手を左腕に嵌め……フィニスは笑う。これさえあれば、七つ全てのジェムの力の解放にも耐えられる。
身に付けた瞬間にそれを確信し、喜びを抱いたのだ。
「ご苦労だった、神の鍛冶師たちよ。では早速……リアル・アブソリュート・アームの力の実験台になってもらおうか!」
「はい、ありがたき幸せ……」
そう口にし、フィニスは左手を握る。鎧の胸元に埋め込まれた七つのアブソリュート・ジェムが輝き……一瞬にして、平行世界が崩壊した。
虚無の空間を漂いながら、フィニスは大笑いする。最大出力でも傷一つ付かない篭手の頑丈さに、大いに満足したようだ。
「ははははははは!! いいぞ、実に素晴らしい! とはいえ、ここまでの威力を出すとなると流石に魔力が底をつくな。力のセーブは必要だな……ふむ。さて、そろそろ戻るとするか。基底時間軸世界にな」
目的を果たしたフィニスは、エイヴィアス(悪)から託された力を使い平行世界を移動するための門を開く。
試練を乗り越え、大きな成長を果たしたコリンたちの元に、今──最後の巨悪が、帰還しようとしていた。
世界の命運を賭けた最後の戦いの時は、近い。




