266話─星遺物の復活
商談の翌日、フェルメアはコリンとコーディを連れてグラキシオスのいる第十九階層世界を訪れていた。破壊された杖を、作り直してもらうために。
コリンはカトリーヌに会えるかも……と期待していたが、それは叶わなかった。修行が終わるまでは、会うのはご法度らしい。
「ほーお、こいつぁすげぇ! ヴァルの野郎、本当にウルの陰陽鉄を手に入れてきやがったのか! よし、俺に任せとけ。おい、八十四番炉を開けろ!」
「ええ!? 無理ですよ親方、あっこの炉はもう三十万年は使ってないんですよ!?」
「バッキャロ、アレじゃなきゃウルの陰陽鉄は鍛えられねぇ。言いつけ通りちゃんと掃除してあんなら、すぐにでも使えるはずだ。まさか、サボってたんじゃねえだろうな!?」
「と、ととととんでもない! すぐに準備してきますぅー!」
一家を迎え入れたグラキシオスは、弟子に炉の準備をさせる。円塔の上へとエレベーターで上っていき、たどり着いたのは百四十三階。
グラキシオス曰く、このフロアが丸々一つの炉になっているのだとか。さぞかし巨大なのだろうと、姉弟はわくわくして胸を躍らせる。
「着いたぜ。ここが八十四番炉だ。ここでボウズの杖をバッチリ直してやる」
「おー、でっかい炉じゃのう! ほー、こんな風になっておるのか!」
「うん、ちゃんと整備してあるな。うちの職人は鍛冶の腕はいっちょ前だが、掃除がとにかく嫌いでな。全く、誰に似たんだか」
「それはあんたでしょ、あんた」
「へっ、よせやいフェルメア。俺はしっかり掃除してるぜ!」
「どうかしらねぇ……」
フェルメアとお互いに軽口を叩いた後、グラキシオスははしごを登って炉の上部に向かう。あらかじめ待機していた弟子たちに指示し、炉を起動させる。
レバーが引かれ、歯車が回り出す。すると、天井に埋め込まれていた半円状の蓋が開き、炎の塊が剥き出しになった。
「わあ、凄いギミックね。ここからどうなるのかしら?」
「あの火炎球から熱線が炉に注がれて、中に入れた素材を溶かすんです。で、溶けた金属がタンクからレールに注がれていって、下にいる職人が型に入れて……」
コーディの呟きを聞いていた職人が、作業ついでに解説を行う。話を聞いていたコリンは、作業着を着ている職人たちとは違う者たちの存在に気付く。
「のう、あそこにいる黒服たちはなんぞや?」
「ああ、彼らは反乱を起こしたエイヴィアスのところにいた、大魔公の部下たちですよ。主君が軒並み捕まって処刑されたんで、親方が引き取ったんです」
「こーちゃんは知らなかったわね。十日くらい前、エイヴィアスが反乱を起こして逃げたの。……今思えば、その時からフィニスと組んでたのね、彼」
フロアの隅で職人たちを手伝っている者たちを見ながら、フェルメアはそう呟く。無言で作業を眺めていたコリンは、今度は上を見る。
赤々と燃える炎の塊に心を奪われていると、グラキシオスが降りてきた。炉の安全確認をしてきたようで、問題は何もなかったらしい。
「よし、問題は無しだ。んじゃ、ブツを貰うぞ。こいつをタンクに入れて、絞りを開いて熱線の通り道を固定したら準備完了だ」
「はい、どうぞ。ところで、杖を作るのにどれくらいかかるのかしら?」
「そうだな、だいたい二時間あればいけるな。その間、城下町で遊んでるか? 終わったら呼ぶからよ」
「そうね、私はそうするわ。こーちゃんズはどうする?」
「わしは残るぞよ。一度、鍛冶の様子を見てみたかったのじゃ」
フェルメアに問われ、コリンは即答する。コリンが残るなら私も、とコーディも残ることにしたようだ。
「そう、分かったわ。でも、作業の邪魔しちゃダメよ? 端っこの方で見学しててね」
「はーい!」
「はーい!」
「んじゃ、うちの弟子を付けとく。そうすりゃ安心だろ。おいトム、俺は上に戻るからボウズどもを見とけよ。頼んだぞ!」
「イエッサ、親方!」
コリンたちに説明をしてくれた職人の青年、トムがお目付役になった。彼に連れられ、コリンたちはフロアの隅に移動する。
フェルメアが去った後も作業は続き、あとは絞りを開放するだけ……というところまで進んだ。このまま何事もなく、無事終わる。
誰もがそう思っていた。だが……エイヴィアスの残した悪意が、コリンたちに牙を剥く。
「よし、絞りを開けたぞ! お前ら、作業を始め」
「今だ! 炉を破壊しろ! エイヴィアス様に託された使命を果たせ!」
「あ、こら! 何をする、炉から離れろ!」
グラキシオスが号令をかけた瞬間、エイヴィアスの元部下たちが工具を手に炉を襲撃する。みな、瞳がオレンジ色に輝いていた。
「! コリン、あいつらジェムの力で操られてるわ! あいつらから漂う魔力……間違いなくアブソリュート・ジェムのものよ!」
「ぬう、奴らは撒き餌じゃったか! 急ぎ鎮圧するぞ、炉を壊されては困る!」
「俺も戦うぞ! 怖いけど……」
炉を破壊されないようにと、鎮圧戦が始まった。何人かは炉に登り、上から破壊しようとする……が、すぐにグラキシオスに投げ落とされる。
「べらぼーめ、炉に手ぇ出そうたぁいい度胸だ! 一人残らずギタギタにしてやる! オラッ!」
「ぎゃあっ!」
「ヒヒッ、別に炉を壊すつもりはねぇ。あの絞りさえ壊せりゃそれでいいんだよ! そらっ!」
「! しまった!」
上に登っていたのがグラキシオス一人だったのが災いし、対応しきれなかった敵が炉の上部に取り付けられている絞りを破壊してしまった。
絞りが機能しないと、炎のエネルギーを炉に注ぐことが出来ない。そうなれば、杖を完成させることは不可能。黒服たちを鎮圧したコリンは、炉を登る。
「グラキシオス殿、下にいた者たちは全員沈黙させたぞよ!」
「おう、助かったぜ! だが、絞りが壊されちまった。こいつでレールを固定しないと、作業が……」
「ふむ、そのレールを固定するのは……人力では不可能なのかえ?」
「バカ言うな、絞りのすぐ側にレールがあるんだぞ! 人力でやれないこともないが、最低でも五分は絞りを開いてないといけない。熱線で身体を焼かれちまうぞ!」
コリンの問いに、グラキシオスはそう答える。耐熱スーツはあるが、熱線に耐えきれるものでない、とも語った。
「じゃがの、ここで諦めるわけにはいかぬ。それに、この程度の窮地など……偽りの太陽に照らされた大地を見た時の絶望に比べれば、屁でもないわい」
「……やるんだな? 本当に。なら、こいつを着ておけ。この耐熱スーツがあれば、多少はボウズを守ってくれる。だが、すぐに溶けるぞ」
「大丈夫よ、よいしょ……私も力を貸すから。冷却の魔法で、熱を相殺するわ!」
何を言われても折れないコリンに、グラキシオスは耐熱スーツを渡す。そこに、コーディも登ってきた。力を合わせ、共に絞りを開くのだ。
「スーツを着て、と。ふむ、このハンドルを回せば絞りが開くのじゃな」
「こっちも出来るだけ早く終わらせる。五分だけでいい、耐えろよボウズ! お前ら、作業開始だ! 超特急でやるぞ、遅れるな!」
「イエッサー!」
「よし……開けるぞよ!」
準備を終えたコリンは、タンクのすぐ側にあるハンドルを回す。すると、絞りが開いて火球から熱線が降り注ぐ。
熱線がタンクの中に置かれたウルの陰陽鉄をドロドロに溶かしていく。溶けた金属がレールを流れ、炉の下部に向かう。
下に降りたグラキシオスが型を用意し、その中に溶けた陰陽鉄を流し込む。ある程度冷えたところで、魔力を流し込みながらハンマーで打つ。
「ぐうう、熱い……! もうスーツが溶け始めておるわ……!」
「頑張って、コリン! クーリングエアー、出力全開よ!」
タンクが空っぽになるまで、絞りを開いたままにしておかなくてはならない。だが、凄まじい熱に晒された耐熱スーツがどんどん溶けていく。
コーディが冷風を起こして必死にコリンを守るも、熱量に対抗しきれない。コリンの左半身に火傷が広がる中、下の方では急ピッチで作業が進む。
「急げ! 二時間の作業を五分で終わらせるんだ! 早くしねえとボウズが死ぬぞ!」
「い、イエッサー!」
コリンのためにも、急ぎ杖を完成させねばならない。急遽弟子を大量に呼び出し、役割分担して杖を完成させていく。
そして……五分が経過した。
「もう、ダメじゃ……これ以上、耐え……」
「コリン! コリン、しっかりして! うっ、酷い火傷……早く治療しなきゃ!」
限界を迎えたコリンが、意識を失い倒れてしまう。絞りが閉じ、熱線が遮断される。タンクの中には、溶けた金属はもう残っていない。
どうにか間に合ったのだ。コーディがコリンを担いで下に降りると、グラキシオスが走ってくる。その手には、生まれ変わった黒い杖が握られていた。
「出来たぞ、杖の完成だ!」
「それよりも医者よ! 早くコリンを……!?」
その時、コリンの懐から【黒曜色の神魂玉】がこぼれ落ちる。オーブが杖に吸い寄せられ、先端の台座に収まった。
すると……グラキシオスの手から杖が離れ、コリンの元に飛んでいく。開かれた手に杖が触れた瞬間、火傷が治っていった。
「おお!? 火傷が勝手に治ってくぞ!」
「これが、杖の力なの……?」
「う……む、どうやらそのようじゃな。ブラックディスペア……いや、これからは黒き希望と呼ぼう! この杖をな!」
そう口にし、コリンは黒光りする杖を掲げる。トラブルを乗り越え、今……星遺物はよみがえったのだ。




