264話─それぞれの修行・六人の魔戒王編
時が進み、正午。地の底の世界……暗域でも、星騎士たちの修行が行われていた。フェルメアの打診を受けた上位六人の魔戒王が、一人ずつ担当する。
「はあ、はあ……強すぎる。あんたヤバいな……」
「なんだ、もう息があがったのかい? 情けないねぇ、そんなんじゃ僕には勝てないよ? 結界の外に放り出されたくなかったら、僕に触れられるようになりな」
第二十階層世界を統べる王、フォルネウスと組み手をするディルス。空間の力を駆使する相手に翻弄されて、攻撃を当てるどころか指一本触れられない。
一方的に叩きのめされ、ズタボロにされてしまう。荒い息を吐くディルスに、フォルネウスはアドバイスを送る。
「君はセンスがいい。だが、力任せな戦法がそれを殺してしまっている。先を読む力を身に付けろ、ディルス。相手が何を考え、どう動こうとしているのかをね」
「簡単に言ってくれるな……でも、諦めるわけにゃいかねぇ。今度の時間軸では、最後までソールを守るって決めたんだ。俺は成長してやる!」
「いい心意気だ。じゃあ、第……うん百ラウンドの開始だ。そりゃっ!」
「ちょ、少し休ませへぶうっ!」
へとへとのディルスとは対照的に、元気いっぱいなフォルネウスは不意打ちの飛び膝蹴りを放つ。クリーンヒットを貰ったディルスは、もんどり打って倒れるのだった。
「ふーむ……まあまあ、だな。だが、合格ラインにゃ届いてねぇ。もう一本造れ、ほれ」
「あの~……わたし、何で武器を造らされてるのかしら~? 修行は……」
「バッキャロウ! その修行に使うためのブツを自分で造るってぇのがウチの流儀だ! ほれ、つべこべ言わず打て打て! 熱いうちにやらねぇと、鉄は曲がらねえぞ!」
「は、は~い!」
一つ上の第十九階層世界では、序列第二位の魔戒王……グラキシオスの指導の元カトリーヌがハンマーを造らされていた。
何かが間違っている……そう感じながらも、怒鳴られるのが怖いのでカトリーヌはグラキシオスに従い鎚を振るう。
「いいかい、嬢ちゃん。あんたのパワーはとんでもねぇ代物だ、だがな。それを大雑把に使うだけじゃ勝てるモンも勝てなくなるんだぜ。鍛冶と一緒だ、キッチリパワーをコントロールしねぇといい武器は……」
(また長話が始まったわ~。おじ様、一度話し出すと延々ループするのよねぇ……。今日は何時間コースかしら……)
「……というわけでだ、こうして武器を造るのは実戦にも繋がる訓練にもなるってわけだ。おい、聞いてんのかカトリーヌ!」
「ひゃっ! はいぃぃ~~~!!!」
話半分に流しているのを悟ったグラキシオスが、カトリーヌに雷を落とす。相棒のアシュリー共々、波瀾万丈な出だしを飾ることになった。
「……ふっ」
その頃、マリスは一人……第十七階層世界にある広い射的場で矢を射っていた。本来ならば、序列四位の魔戒王ヴァルツァイト・ボーグが修行を監督するはずなのだが……。
「……さみしい。マリス、ひとりぼっち。王、なんで来ない?」
『社長は現在、商談に向かわれておりますので。大口の顧客がお待ちなのですよ。ざっと八人は』
「終わる、いつ? マリス、さみしい」
『そうですね、夕方には……おっと失礼、社長から通信です。はい、繋がりました。はい、はい……』
だだっ広い射的場にいるのは、マリス一人とプロペラが付いたボール状のドローン一機のみ。何しろ、ヴァルツァイトは暗域最大規模を誇る商社……。
『ヴァルツァイト・テック・カンパニー』を統べる社長なのだ。そのため、商談が終わるまでマリスの修行には参加出来ないのである。
『かしこまりました、では新たに取り付けた商談以外はトップエージェントに割り振ればよいのですね? はい、ではそのように手配します。カンパニーに栄光あれ!』
「何て言ってた? こっち来る?」
『緊急性の高い商談を一件ねじ込んだ代わりに、他は全てエージェントに代行してもらうことにしたようです。その商談が終わり次第、こちらに向かうとのことです』
「分かった。それまで、マリス頑張る!」
放置プレイをかまされて落ち込んでいたマリスは、俄然やる気を見せる。監視用ドローン──勝手にミーコちゃんと名前をつけた──に見守られながら、射撃訓練に打ち込むのだった。
一方、イザリーはと言うと……アニエス&テレジアの双子と一緒に、序列第六位の魔戒王、アルハンドラのところにいた。
第十五階層世界の中央にそびえる、豪華絢爛な金ぴかの城の中で……何故か三人は、バレエをやらされていた。
何故三人なのか。テレジアの魂を一時的にビスクドールに宿らせることで、アニエスと分離独立して行動出来るようにしてあるからだ。
「はい、そこまで~。やっぱり動きがビミョーに合わないわね~」
「あの、一ついいかしら? なんで私までこっちのお厄介に……?」
「しょーがないのよ、本来の担当がボイコットしちゃったんだもん。フィービリアったら、ヴァルツァイトに下剋上されてからずっとふて腐れてるのよ。まだまだお子ちゃまなのよね~」
本来、イザリーの担当は序列第五位のフィービリアという少女だったのだが……何か事情があるらしく、断られてしまったのだ。
そこで、双子と一緒にアルハンドラの世話になっているのだが……。何故三人揃ってバレエをやらされているのか、さっぱり理解出来ずにいた。
「ボクからも聞きたいんだけど、これってホントに修行なの?」
「もちろんそうよ? あなたたちは特殊な双子だって聞いたからね。もっと息をピッタリ合わせられるようにってことよ」
「なるほどね、それは分かった。でもね、こんなハレンチな格好をさせられることに意味はあるのか!? 何でお股の部分がこんなエグい角度になっているんだい!?」
「わたしの趣味よ!」
「ああっ、ダメだわアニエスちゃんにテレジアちゃん! こいつただの痴女だわ! 痴女王よ!」
自信満々に答えるアルハンドラに、三人はギャーギャー文句を言う。ノリノリで同じ格好をしているアルハンドラに嫌な予感を覚えていたが、それが的中したからだ。
相手の趣味で変な格好をさせられては、たまったものではない。二十歳前後になったとはいえ、彼女らはまだ多感な乙女なのだ。
「コスチュームの変更を要求しまーす! こんなハレンチな格好は認めませーん!」
「そうだそうだ! こんなのコリンくんに見られでもしたら、私たちもう生きていけないぞ!」
「あら、大丈夫よ? もう見せた後だから。ほら、こっそり写真撮ったの。顔赤くして恥ずかしそうにしてたわよ~? もう可愛いったらなっ!?」
「……殺すわ。アニエスちゃん、テレジアちゃん。このクソ【ピー】バラして【ピー】して埋めるわよ」
とんでもない辱めを受けた三人は、完全にブチ切れた。怒りのオーラをほとばしらせ、一斉にアルハンドラに襲いかかる。
双子の連携攻撃とイザリーの尻尾が、容赦なく相手に向かう。広いレッスン場を走り回り、アルハンドラは三人を挑発する。
「ホーホホホ! わたしに一撃食らわそうなんて三万年早いわ! ほれほれ、当ててごらんなさーい!」
「死ねぇぇぇクソ【ピー】ァァァァァァ!!」
怒り心頭なアニエスたちは、連携してアルハンドラを追いかけ回す。が、彼女たちは気付いていなかった。この状況こそ、女王が用意した本当の修行だということを。
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「……そう、そんなことがあったのね。とても辛かったでしょう、コーデリア」
「ええ、本当の家族のように慕っていた相手を亡くすのは……とても、悲しかったわ」
星騎士たちが修行をしている間、コリンたちはコーディを交え家族会議を行っていた。コーディの状況を知ったフェルメアは、彼女をそっと抱き締める。
「あなたにとって、私たちは本当の両親ではないけれど……これからは、家族として迎え入れるわ。違う世界の存在でも、あなたは私たちの子だから」
「受け入れにくいかもしれないが、俺とフェルメアが君を守ろう。向こうの世界にいた俺たちと、エイヴィアスの意思を継いで」
「二人とも……あり、がとう……。うう、ひっく、ひっく……わぁぁぁん!!」
基底時間軸世界と平行世界。別々の世界の存在とはいえ、コーディがコリンの運命変異体である以上……大切な家族として彼女を受け入れるのは、フェルメアたちには当然のことだった。
「ふふ、娘を授かれるなんてとっても嬉しいわ。この子を守り育ててくれた平行世界のエイヴィアスには、感謝しないとね」
「そうだな、フェルメア。これからは、俺たちが両親になるんだ。コーデリア……コーディのな」
「何だか、わしも嬉しいわい。家族が増えるとは、こんなにも喜ばしいことなんじゃのう」
同胞を、養父を、世界を。何もかも全て失ったコーディは、新たな家族を得た。その喜びを共有し、一家揃って涙を流すのだった。




