260話─女神の許しも三度まで
「な、なんじゃこれは? 空が曇って……」
「やっちゃったわねぇ、散々警告してあげたのに。もう謝ったって許されないわよ、女神の怒りから逃れるすべはないわ!」
空が暗雲に覆われ、雷鳴がとどろき始める。大地が鳴動し、陽炎が揺らめく。世界の終焉のような、恐ろしい何かが起こる。
そんな予感が、コリンやアーリャの中を駆け巡る。そんな中、コーディが高らかに叫ぶ。お仕置きの始まりだ、と。
「さあ、裁きの時間よ! 四大折檻、『地震』『雷』『火事』『女神』! まずは『地震』を食らいなさい! セイクリッド・バッシュ!」
「早……がふっ!」
コーディは猛スピードでアーリャに接近し、シールドバッシュを叩き込んで墜落させる。アーリャが地に落ちた瞬間、大地の揺れが激しくなった。
「行くわよ、第一の折檻! 大地鳴動剣!」
「むぅ、あれは……ゴーレムか? それにしても、なゆと巨大な……」
土が盛り上がり、女性の姿をした巨大なゴーレムに変化していく。右手には、コーディが持っているのと同じ剣が握られている。
墜落のダメージで動けないアーリャに向け、怒り顔のゴーレムは剣を向ける。両手で柄を持ち、獲物目掛けて一気に振り下ろした。
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
「くっ、させぬわ! 不壊の盾!」
対するアーリャは、すんでのところで不壊の盾を作り出して剣を受け止める。激しい衝撃によって吹き飛ばされ、地面に身体をぶつける。
「ぐっ! ぐぅぅ……」
「大地鳴動剣を防ぐなんて、ムダにタフね。なら、これならどうかしら? 第二の折檻、雷轟激烈掌!」
何とかゴーレムの攻撃範囲から逃れたアーリャだったが、裁きはまだ終わらない。ゴロゴロと暗雲から不気味な音が鳴り響き、ゴーレムが消える。
直後、アーリャの真下にある土が盛り上がり遙か上空へと超越者を吹っ飛ばす。次なる制裁が、いよいよ下されるのだ。
「がふっ! くっ、今度は何を……」
「土くれの剣が気に入らないなら、ビリビリパンチをお見舞いしてやるわ! 行きなさい、雷の精霊よ!」
コーディが号令を発すると、暗雲の中から雷の化身たる精霊たちが姿を現す。透き通った金色の身体を持つ乙女たちは、一斉にアーリャを睨む。
そして、全員が合体して巨大な拳へと変化する。勢いよく発進し、満身創痍のアーリャに向かってゲンコツを叩き込んだ。
「食らいなさい! サンダーナックル!」
「がっ……! 舐めるな、凍斬の盾……」
「させない!」
「ぐあっ!」
全身を電撃が駆け巡る中、アーリャは反撃しようとする。が、デコピンを食らってまたも吹き飛ばされてしまった。
次に飛ばされたのは幸か不幸か、コリンのいる方向だった。これまで静観を決め込んでいたコリンは、コーディにアイコンタクトを送る。
処していい?と。それに対するコーディの返答はシンプルだった。『殺れ』という意味を込めて、グッと親指を立てる。
「くっ、そ、そこをどけ!」
「やーじゃよ。そろそろわしも、一発お見舞いしてやろうと思うておったところじゃ。食らえ! ディザスター・スタンプ!」
「ぐべっ!」
闇の鉄鎚を食らい、またもや地面に叩き落とされたアーリャ。傷付いた身体を再生させながら、コリンたちへの怒りを滾らせる。
「あのクズどもめ……! 殺す、殺してやるぞ。バラバラに切り刻んで……? なんだ、暑くなってきたような……まさか!?」
「まだ生きてるみたいね、よかったよかった。まだ折檻は半分しかやってないんだもの、途中で死なれたらつまんないからねぇ! 第三の折檻、煉獄百叩きの刑!」
「貴様……ぐえっ!」
地上に降りてきたコーディに飛びかかろうとするアーリャを、小さな魔法陣が取り囲む。魔法陣から飛び出した炎のロープが、超越者を拘束する。
あっという間に全身を雁字搦めにされ、身動きが出来なくなったアーリャ。彼女の前に立ち、コーディは炎の鞭を呼び出す。
「今度は直接お仕置きよ。お前たちに殺された同胞の痛み、屈辱、無念……その全てをじっくりと味わいなさい!」
「や、やめ……ぐうっ! ごはっ!」
滅ぼされた闇の眷属たちの恨みを込めて、コーディは鞭を振るう。楽しいことも、悲しいことも、多くの思い出があったかけがえのない日常。
それを奪った超越者たちへの憎しみは、激しく強いものだ。燃え盛る炎の鞭のように、コーディの心の中で狂ったようにうごめいている。
「死ね、死ね、死ねえっ! お前の、お前たちのせいで! みんなみんな、死んだのよ! まだ生きていたかったのに、お前らのせいで!」
「ぐっ! がっ! がはっ!」
怒り、悲しみ、憎悪。様々な感情が涙となって溢れ出し、コーディの頬を濡らす。炎に対して氷の力は相性が絶望的に悪く、アーリャは反撃出来ない。
全身に赤黒い焼け跡を付けながら、苦痛の呻き声を漏らす。コーディは一旦鞭を消し、近くに落ちていた凍斬の盾を拾い上げる。
「はあ、はあ……。これで最後よ。第四の折檻……あんたは、自分の武器で殺される。それが相応しい最期──!?」
「コーディ、奴じゃ! 奴が戻ってきおった! 早くそやつにトドメを!」
盾でアーリャを斬首しようとするコーディ。その瞬間、おぞましい魔力の到来に気付き鳥肌が立つ。そこにコリンが降り立ち、焦った声で告げる。
とうとう帰ってきたのだ。平行世界から、フィニスが。それを悟ってからのコーディの動きは速かった。即座にアーリャの首を落とし、心臓を剣で貫く。
アーリャが死亡したのを確認し、コリンと共に撤退しようとするが……。
「どこへ行くつもりだ? 私の兄弟たちを殺した罪、今ここで清算してもらおうか」
「! コーディ、危ない!」
直後。どこからともなくフィニスの声が響く。そして、破壊の力を纏った飛刃の盾が飛んでくる。真っ先に気付いたコリンがコーディを押し倒し、間一髪攻撃から逃れた。
「避けたか。だが、幸運は二度も続かぬぞ。お前たちは死ぬ。それが『運命』だ」
「戻ってきおったか……フィニス。今までどこをほっつき歩いておったのじゃ?」
「平行世界に戻っていた。全てのアブソリュート・ジェムを集め……あの欺瞞と腐敗に満ちた世界を、滅ぼしてきたところだ」
青い光の柱が降り注ぎ、その中からフィニスが現れた。全てのアブソリュート・ジェムが嵌め込まれた鎧は、篭手のように七色に輝いている。
七つの宝石が共鳴し、不気味な低音を響かせながら鈍い輝きを放つ。それを見ただけで、コリンたちは悟った。否、悟らざるを得なかった。
今の自分たちでは、フィニスに勝つことは出来ないと。
「……コーディ、ここはわしが時間を稼ぐ。そなたは逃げよ。神々や星騎士と合流すれば」
「バカ言わないで! もう、誰かを見捨てて逃げるなんて嫌なのよ! どうせ死ぬんなら、最後まで戦って死んでやるわ!」
「ふっ、勇ましいものだな。いいだろう、二人纏めて葬ってやる。さあ、覚悟し……ぐっ、ううっ!」
ゆっくりと歩き出すフィニスを前に、覚悟を決めるコリンたち。一触即発の空気の中、突如フィニスが苦しそうに呻き出す。
「ぐ、これは……! バカな、同調不全だと!?」
「そうさ、今度はお前が苦しむ番だぞ。よくもやってくれたね、お前のせいで参戦が遅れたじゃないか!」
胸を押さえ、片膝を突くフィニス。彼とコリンたちの間に割って入るように、一枚の盾が現れる。盾が門のように開き、その中から──リオが姿を見せた。
フィニスが基底時間軸世界から去っている間に体調を快復させ、ついに参戦してきたのだ。世界を守るための、大きな戦いに。
「待たせてごめんね、二人とも。ここからは、種族の垣根を超えた戦いになるよ。この世界を守るための、大一番だからね!」
そう口にし、リオは両手をクロスさせる。その腕には、ツイン・ガントレットが嵌められていた。基底時間軸世界と平行世界。
二つの世界のリオ同士が、激闘する……?




