259話─紡ぎ子の聖戦士
フィニスが世界を滅亡させている頃、コリンたちはアーリャと激しい死闘を繰り広げていた。コーディに抱かれて空を舞い、闇魔法で相手を攻撃する。
対するアーリャは、鋭い冷気を纏った盾を投げ付け攻撃を行う。盾がコーディの側を通り過ぎる度、冷気が弾け鋭い氷の塊が生まれる。
「いつまで逃げ回るつもりだ? 反撃するつもりがないなら、このまま一気に仕留めさせてもらおうかのぅ!」
「フン、好き放題言いおるわ。わしの攻撃は反撃に含まんと申すか! ディザスター・ランス【雨】!」
「おっと、そんなもの妾に当たるか!」
大量の闇の槍を放つコリンだが、全て巧みな空中機動で避けられてしまう。相手の機動力を削ぎ落とさなければ、まともに攻撃が当たらない。
いつまでもいたちごっこを続けていれば、フィニスの帰還で状況が悪化しかねない……と、わりと深刻な事態に片足を突っ込んでいた。
「ぬぬぬ……! 奴め、ちょこまかちょこまか鬱陶しい! 済まんのうコーディ、わしを運んでおらなんだらそなたも戦えるというのに」
「気にしないで、きっと何か方法が……ん? あれ何かしら、こっちに近付いてくるわ」
次々に飛来する盾の弾幕から逃れるべく、空中を飛び回るコーディ。その最中、朝日が昇り始める空の向こうから『何か』が近付いてくる。
よく目をこらして見てみると……それは、肉や皮が全く無い、ガイコツの鳥だった。しかも、片手に乗るような可愛らしいサイズではない。
人を一人乗せられるくらいの余裕がある、かなり大きいサイズだった。新たな敵かと警戒するコーディとは対照的に、コリンはある予感を抱いていた。
「このガイコツ鳥……まさかアゼルか!? コーディよ、わしをあの鳥のところに連れていっておくれ!」
「ええ!? わ、分かったわ。どうなっても知らないからね!」
コリンに頼まれ、コーディはガイコツ鳥の元へ高速飛行で向かう。それに気付いた鳥も、速度を上げてコーディの方へ接近してくる。
鳥はコーディのすぐ側までやって来ると、背中に乗れと言わんばかりにコリンの方を向き首を振る。それを見たコリンは、確信した。
神々が何らかの手引きを行い、アゼル本人……あるいはその眷属をイゼア=ネデールに送り込んだのだろうと。
「わしがこっちに乗り換えれば、そなたも戦えるじゃろう? コーディよ」
「そりゃそうだけど……大丈夫なの? そいつ敵の罠だったりしない?」
「なぁに、大丈夫じゃよ。こやつはな、わしの親友が送ってくれた心強い援軍じゃよ」
「クアアアァァァァ!!!」
コリンの言葉に反応し、ガイコツの鳥は鳴き声をあげる。それを見たコーディも、とりあえずではあるがコリンの言葉を信用することにした。
「……分かった。でも、無茶はしちゃダメよ。何かあったら、遠慮なく私に助けを求めて。いいわね?」
「うむ、分かった。しかし、こうして話しているとまるで姉弟みたいじゃな」
「ふふ、なんならほんとに姉弟になっても」
「ようやく追い付いたぞ、逃げ足の速い奴らめ! 今度こそ二人仲良く凍り付けにしてくれるわ!」
その時、引き離されていたアーリャが追い付いてきた。コリンたちは顔を見合わせ、互いに頷く。ここからが、本当の反撃だ。
コーディは光の魔力を練り上げ、白く輝く剣と盾を作り出す。天使の翼と合わせ、その姿は神々しい戦乙女のようであった。
「ようやく私の出番が来たわね。見せてあげるわ、『紡ぎ子の聖戦士』と呼ばれた私の力を! コリンはサポートを。あいつは私がぶっ殺す!」
「うむ、分かった! 背後の守りは任せよ。存分に暴れてやれい!」
「フン、骨の鳥を味方に着けた程度で何が出来る? 貴様らはここで死ぬのだ! 食らうがいい、大寒波の大盾!」
コリンたちを仕留めるべく、アーリャは攻撃を仕掛ける。大きな口を開けた男の顔がデザインされたタワーシールドを呼び出し、口の部分から吹雪を放つ。
敵を纏めて氷漬けにしようと目論んだのだが、その作戦は失敗に終わることになる。フラストレーションを溜め続けたコーディの、逆襲が始まるからだ。
「そんなもの、私には効かないわ。跳ね返してやる! セイクリッド・ガーディアン!」
「おお! 盾が吹雪を吸い込んでいくぞよ!」
「なんだと!?」
コーディは左腕に装備したカイトシールドを前方に掲げ、魔力を解き放つ。すると、目を閉じて微笑む女性の顔が盾の表面に現れる。
アーリャの放った吹雪は、全て女性の顔へと吸い込まれていく。負けじと吹雪を放っていたアーリャだったが、ガス欠におちいってしまった。
「くっ、これ以上魔力を放出したら翼を維持出来ん……! あの盾、底無しか!」
「ふふふ、ただ吸い込むだけじゃないわよ? こんなことわざを知ってるかしら。『女神の許しは三度まで』ってね。これで一回目よ」
「訳の分からぬことを! 死ぬがいい!」
「来るわね。コリン、離れてて。ここは私が戦うわ、ヤバくならない限りは手出し無用よ!」
「む、むう……おぬしがそう言うならまあ……」
鬼気迫る表情でそう口にし、コーディはアーリャに突っ込んでいく。強い口調に押され、コリンはとりあえず見に回ることにした。
「ずっと待ってたわ、アーリャ! あんたたち超越者を殺せる日を! 同胞たちの仇を討てる日をね!」
「残念だが、貴様は仇を討つことは出来ぬ。ここで返り討ちにされて死ぬのだから! 死ね、氷弾の盾!」
アーリャは盾を変形させ、中央に砲身が付いたラウンドシールドを作り出す。盾から氷の砲弾を発射し、コーディを撃ち落とそうと狙う。
対するコーディは、華麗な動きで砲弾を避ける。皮一枚で攻撃を避け、アーリャに肉薄し……右手に持ったロングソードを振るった。
「食らいなさい! セイクリッド・スラッシャー!」
「ぐっ! よくも妾に傷を! だが、この距離ならかわせまい! 氷弾発射!」
攻撃を避けきれず、袈裟懸けに斬られるアーリャ。だが、彼女にも反撃のチャンスはある。即座に盾をコーディに向け、砲弾を放った。
「甘い! セイクリッド・ガーディアン!」
「チッ、またその技……ん? なんだ、女神のレリーフの顔が……」
反撃を防がれ、舌打ちするアーリャ。直後、彼女は気付いた。コーディの持つ盾の表面に浮かぶ女神の顔が、微笑みからしかめっ面になっていることに。
その事は当然、コーディも把握している。ニヤリと笑みを浮かべ、果敢に敵へ斬り込んでいく。
「これで二回目よ、アーリャ! 女神が許してくれるのはあと一回だけ。次にこの盾を傷付けたら……」
「ええい、黙れ小娘が! そんな脅しで妾が怖じ気付くとでも思うたか! 出でよ、凍斬の盾!」
砲撃は無意味と判断したアーリャは砲身をパージし、直接攻撃に切り替える。空中にて、二人の白兵戦が繰り広げられる。
剣と盾がぶつかり合い、火花を散らす。隙を見て加勢しようとするコリンだったが、戦闘しつつアイコンタクトをコーディから送られる。
邪魔をするな、と。もし逆らえば、戦闘終了後に何が起こるか分からない。そこでコリンは……。
「ふれー、ふれー、コーディ! 負けるな負けるなコーディ! 頑張れ頑張れコーディー! わー!」
一人応援団と化し、コーディに声援を送ることにしたようだ。十数メートルほど距離を取り、せっせと腕を振っている。
が、結果的にこの判断が功を奏することになる。コーディの用意していた策は……あまりにも破壊的だということを、この時点でコリンは知らなかった。
「ちょこまかと逃げるな! 大人しく斬られてしまえ!」
「あら、そうはいかないわ。斬られるのはあんたよ、アーリャ。それとも、女神の天罰の方がいいかしらね!」
「くだらぬ、まだ言うか! 本当に天罰とやらを下せるのならやってみろ! アイスロック・スラッシャー!」
コーディの挑発に乗り、アーリャは盾を振るう。女神のレリーフに攻撃が直撃した、その瞬間。女神の顔が完全な怒り顔へと変化し、目が血走る。
「これで三回目。もう許されないわよ、あんた。これまで溜め込んだ女神の怒り、思い知りなさい! ゴッデス・ジャッジメント!」
「オオオオォォォォォォ!!!!」
白く輝く盾が掲げられると、女神の顔が叫び声をあげる。あまりの禍々しさに、コリンは鳥肌が立つのを感じた。
アーリャを抹殺するための、最後の攻撃が……今、始まろうとしていた。




