257話─超越者の真実
「ファルティール様が討ち取られた、ここはもうダメだ!」
「総員撤退しろ! 他の部隊とごうりゅ」
「させると思うか? そうはいかないな、ファルダ神族は一人残らず抹殺してやる! さあ飛べ、破壊の盾よ!」
平行世界のグラン=ファルダにて、神々の軍勢とフィニスがぶつかり合う。すでにカルーゾ、ディトス、アルトメリクが討たれ、壊滅的な被害を被っていた。
そして今、千変神ファルティールが討たれたことで残る創世六神は二人……時空神バリアスと、闇寧神ムーテューラの二人だけになってしまっていた。
フィニスは左手を握り、『破壊のアメジスト』の力を解き放つ。禍々しい紫色のオーラに包まれた飛刃の盾を投げ、神の兵士たちを仕留めていく。
「……ふむ、このエリアの戦闘員『は』全滅させられたな。次は……民どもだ」
ファルティール隊の生き残りを殲滅し終えたフィニスは、『空間のサファイア』と『霊魂のトパーズ』の力を用い、生き残りがいないか探す。
部隊を文字通り全滅させたことを確認した後、今度は──非戦闘員を始末するべく行動を開始する。再度青とオレンジの宝石を輝かせ……。
「ここだな。巧妙に魔法で偽装してあるが……私の目は欺けない。どんな強固な守りも、『境界のオニキス』の前では無意味だ」
非戦闘員……ファルダの民が隠れている地下聖堂の場所を暴いたフィニスは、左手を握り黒い宝石の力を解放する。
すると、街の一角にある空き地を覆う結界が消滅して地下へ続く階段が現れた。戸惑いなく降りて先へ進むと、そこには……。
「見つけた。未来のグラン=ファルダを担う、幼子たちを」
「……! そんな、結界が張ってあったはず! どうしてここが!?」
「シスター、アブソリュート・ジェムの力と私の感知能力を侮らない方がいい。先に散った同胞たちへの祈りを捧げろ、最期の時が来た」
広い地下聖堂には、十数人のシスターとその数倍の数の子どもたちがいた。老いも若きも、男も女も。全員がフィニスの迎撃に向かい、そして死んだ。
この聖堂にいる者たちが、非戦闘員の全てだ。身を寄せ合いって縮こまる子どもたちを見ながら、フィニスは涙を流し──左手を向ける。
「可哀想に。神として生まれてこなければ、無垢なる命を落とさずに済んだというのにな。案ずるな、私は冷酷だが残虐ではない。苦しまずに逝かせてやろう」
「お願いです、お願いします! 私たちはどんな風に殺しても構いません! ですが、子どもたちの命だけは!」
「ダメだ。四百年前、私を……私の故郷を裏切った神どもはみな同罪。一人たりとて生かしはせぬ。言っておくが、創世六神が来ることはないぞ」
シスターたちは揃って土下座し、せめて子どもたちだけは助けてもらおうと必死に懇願する。だが、フィニスが聞き入れることはなかった。
「六人のうち四人が死に、残る二人は私の分身……神影を相手にするので精一杯。さようならだ、神の子どもたちよ。来世はない……安らかに眠れ」
「ああ、そんな……」
「神に祈るか? 皮肉だな、お前たち自身が神だというのに……なァ!」
絶望の涙を流すシスターと子どもたちを見下ろしながら、フィニスは拳を握る。その直後、紫と白の宝石が輝き……地下聖堂を、破壊の運命が駆け巡った。
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「はあ、はあ……あんちくしょーめ、ようやくぶっ殺してやったぞ……。でも、みんな死んだ……あーしの仲間は、みんな……」
グラン=ファルダ、エリアD。ムーテューラが防衛を担当する北西の地区も、おぞましい破壊の嵐によって壊滅していた。
総力を以てフィニスの神影を打ち倒したムーテューラだったが、代償も大きかった。左目が潰れ、右足が千切れ飛び……部下たちも、全員死んだ。
「なんとか、ふぁーちゃんのいる地区まで来たけど……ここも、ダメかも。いや、まだ諦めるなあーし。地下聖堂に行って、まずは手当てを」
「やあ、待っていたよムーテューラ。必ずここに来ると思っていた……いや、正確にはそうなるよう運命を操ったのだがね」
「リオ……!」
いつ息絶えてもおかしくない身体に鞭打ち、ムーテューラは一筋の希望を胸に地下聖堂へ向かう。だが……そこにあったのは、絶望だった。
聖堂に続く階段から現れたフィニスを見て、ムーテューラは全てを悟る。もう、手遅れだったのだと。希望は、完全に絶たれたのだ。
「……は、あはは。なにそれ、ホント……インチキにもほどがあるっしょ。なんだよ、もう……」
「私とて、心が痛まぬわけではない。子どもたちは何も知らず、罪を負っていないのだから。だが……そうするように私を変貌させたのは、お前たちだ。ムーテューラ」
絶望のあまり、その場にへたり込む女神の前に移動し、そう口にするフィニス。『創造のエメラルド』の力で椅子を作り、腰掛ける。
「……これも、因果応報ってやつか。やっぱり、恨むよねぇ、憎むよねぇ。四百年前、あーしらがリオにやった仕打ちを思えばさ」
「ああ。四百年前……お前たちは横槍を入れたな? グランザームとの最後の戦いで、我らの共倒れを狙って」
うつむきながら呟くムーテューラに、フィニスは厳しい声をかける。この平行世界の神々は、基底時間軸世界とは違い──大地の民に不誠実だった。
この世界の神々は、魔神誕生の時からある計画を進めていた。それは、日に日に勢力を増大させるグランザームを倒すための捨て駒として魔神たちを利用すること。
「お前たちは計画を成就させるために、ファルファレーを私たちの協力者兼監視者として送り込んだ。我々が神々の真意に気付いた時、粛正出来るように」
「……そこまで、知ってたんだ。本人から聞いたの?」
「フォルネシア機構を滅ぼしたときに、禁書を読んだのさ。それまで、私たちはすっかり騙されていたよ。お前たち神にな!」
そう叫んだ後、激高するフィニスはムーテューラの頬に張り手を叩き込む。ジェムの力や盾、握り拳を使わなかったのは彼なりの温情だ。
最初に出会い、苦楽を共にした女神への……精一杯の優しさだった。それを理解しているが故に、ムーテューラは何の抵抗もしない。
「最後の最後でファルファレーが裏切った結果、何が起きたと思う? 私だけが倒れ、グランザームが勝った! 計画が失敗したお前たちは、ファルファレーを自爆させて全てを消し飛ばした。私の故郷、キュリア=サンクタラムごとな!」
「ぐっ、がふっ! げほっ!」
「そのせいで……私は自分を呪った! この四百年、真実を知るまでずっと! 己が無力だったが故に全てを失ったと、何度も何度も! 自虐しながら過去を悔いていた!」
涙を流し、叫びながらフィニスは何度も平手打ちを見舞う。それがいつしか拳での殴打となり、気が付けば女神に馬乗りになっていた。
「ごめ、んね……あーし、反対したんだけど……他のみんな、賛成だったから。止められ……なかった」
「自責の念か。だから私に優しくしたのだな。この四百年ずっと。だが、それで許すとでも思うか? 自己満足の償いなど、私には目障りなだけだ!」
「ごめんね……ごめん、ね……」
顔を青紫色に腫らしながら、ムーテューラはひたすら謝り続ける。そんな彼女の上から、フィニスはゆっくりと無言でどいた。
彼女を許したからではなく……トドメを刺すために。首を掴み、締め上げながら身体を持ち上げる。女神は苦しそうに呻くも、抵抗はしなかった。
救えたはずの者たちを、大地を見殺しにしてしまった自分への裁きなのだと。受け入れたのだ。
「お前を殺せば、バリアスで最後だ。……この世界はな」
「ぐ、かはっ……」
「この世界の全てを破壊し尽くした後、私は基底時間軸世界に渡る。全ての平行世界の根幹たるかの地を滅ぼせば、連鎖的に全ての世界が消滅するのでな」
「おね、がい……それ、だけは……」
「やめてくれ、と? 断る。全ての世界の滅亡を以て、ようやく私の鎮魂は終わるのだ。そのためなら、どんな外道にも堕ちてくれる」
首を絞める力が強くなる度、ムーテューラの身体がビクリと跳ねる。腫れた顔の隙間から見える目から、少しずつ光が失われていく。
「なあ、ムーテューラ。基底時間軸の私たちは、とても良好な関係を結べていたよ。神々は誠実で、我らを捨て駒にすることはなかった。グランザームとも友情を育み、友になれた。私も……」
そうなれたらよかった。声にならない呟きを漏らした後、フィニスは手に力を込める。骨が折れる嫌な音が響き、女神の身体から力が抜けた。
首をへし折られ、息絶えたムーテューラをそっと地面に下ろし……フィニスは左手を握る。すると、紫色に輝く棺桶が現れ、女神を収納した。
「……これが、せめてもの手向けだ。手遅れになる前に……運命を、変えたかった。だが……もう戻りはしない。時を我が手に収めたとしても、前に進むだけだ」
友との別れを済ませたフィニスは、もう一度拳を握る。地面が氷のように溶けていき、棺桶を地の底深くへ導いていく。
最後まで見届けた後、フィニスは歩き出す。己が復讐を果たすため……最後の神の元へと。




