255話─最後の死闘へ
ゼビオン帝国首都、アディアン近郊の森の中。夜が明けていく中、二人の人物がお互いを支え合いながら帝都を目指していた。
「はあ、はあ……カティ、大丈夫か? 傷は痛むか?」
「何とか、大丈夫よ……ぐっ、でも……流石に、ちょっと痛むわ~」
アシュリーとカトリーヌは、夜の森でギルドから依頼されていた木の実を集めていた。だが、そこを何者かに襲われてしまったのだ。
星の力を覚醒しなければならないほどの死闘の末、カトリーヌが負傷してしまい、二人は撤退を余儀なくされ……何とかここまで逃げてきた。
アディアンに戻れば、カトリーヌの治療が出来る。希望まであと少し、というところで──絶望を知らせる羽音が、二人の元に舞い降りる。
「やあ、ようやく追い付いたよ。全く、私を振り切るだなんてたいしたものだね。でも、もう鬼ごっこは終わりの時間だ」
「!? 嘘だろ……あれだけ苦労して逃げてきたのにもう追い付きやがったのか!」
現れたのは、ダークグリーンの翼を持つフクロウ獣人の女だった。その手には、トゲトゲしい形状の刃を備えた斧を持っている。
「もう逃がさないよ。この私……斧の魔神ダンフィートが、君たちを始末する。そうしたら、他の仲間が殺し損ねた者たちを片付けさせてもらう」
「もう、ダメね……。シュリ、わたしを置いて逃げて。そうすれば、あなたは」
「うるせぇ! それ以上言ったら、いくらお前でもブン殴るぞ! 二人で帰るンだよ、アディアンに! こンな奴ぶっ飛ばしてさ!」
脇腹と脚を負傷している自分と一緒では、逃げ切ることなど不可能。そう考えたカトリーヌは、アシュリーに一人で逃げるよう促す。
だが、アシュリーは一喝しそれを拒否する。幼なじみと共に、帝都に帰る。その強い意志に感心したのか、ダンフィートは拍手を送った。
「いいね、実に素晴らしい。友情というものは、かくも美しいものだ。じゃあ、お望み通り……二人仲良く始末してあげよう!」
「ケッ、人の話聞いてねぇのか? アタイはな、てめぇをぶっ倒して──!? な、なんだ!?」
「この光の柱……バリアスか!」
ダンフィートが一歩前に進み出た直後、青い光の柱が降り注ぐ。聖なる魔力と光の色から、ダンフィートは敵の正体を看破する。
その予想通り、光の柱から現れたのはバリアスだった。だが、同行していたはずのコリンとコーディの姿がない。
「あ、あンた誰だ……?」
「私の名はバリアス。創世六神が一人、時間と空間を司る者。ここは私が受け持とう、君たちは街へ逃げるといい」
アシュリーたちを守るように立ち、バリアスはそう口にする。一方、ダンフィートは何かに気付いたようで、フクロウのように首を捻っていた。
「ふむ、おかしいな? この大地に現れた聖なる魔力は五つ……最後の一人はどこにいるのかな?」
「あいにく、千変神は後任が決まっていなくてね。少し前に忌まわしい出来事があってね、先代千変神のファルティールは辞任したのさ」
「へぇ、それはそれは。この時間軸世界の神も、不祥事をするんだね。なんとなく安心したよ。ついでに聞くけど、闇の魔力の残滓を感じるが……同行者はどこに行ったんだい?」
「彼らとは途中で別れた。別の敵の気配を感じたのでね、そちらに行ってもらったよ」
ダンフィートと会話をしながら、バリアスは後ろに隠した手を使い何かを行う。どうやら、座標をセットしているらしい。
準備が整った後、さりげなく口笛を吹く。すると、アシュリーたちの足下にワープゲートが現れた。これを使い、アディアンに送ってくれるようだ。
「うおっ!? 何だこりゃ!?」
「安全な場所に去るといい。君たちを傷付けは」
「そうはいかない。この世界線の実力者たちを殺せと言われているからね、消えてもらう!」
転送が始まろうとした瞬間、ダンフィートが翼を広げアシュリーとカトリーヌに飛びかかる。が、その直後……。
バリアスが指を鳴らすと、時間が止まった。時空神以外の全てが、凍り付いたかのように動きを止めてしまう。
「時を止めている間は、誰も傷付けることは出来ないが……こうやって、空間の位置をずらすことくらいは出来る! Dイリュージョン!」
時を止められたダンフィートの身体が青いバリアに包まれ、テレポートする。アシュリーたちとは反対の方向を向いた状態で再出現し、次の瞬間……時が動き出した。
「さあ、死……なにっ!? くっ、危ない!」
ダンフィートは目の前に突然現れた──ように彼女の主観では見えた──木を避けるため、慌ててブレーキをかける。
何とか激突を回避し、急停止出来たダンフィートにバリアスが声をかける。普段通り冷静で、理知的な響きを含ませて。
「さっきは途中までしか言わせてもらえなかったから、今回は最後まで言わせてもらおう。君に彼女たちを傷付けさせはしない。この私がな!」
「やれやれ、たいした自信だ。私たちのいた世界では、創世六神は口だけの腑抜け揃いだったが……この世界はどうなのか、確かめさせてもらう! 出でよ、斬滅の斧!」
手にしていた斧を消し、今度は両刃の巨大な戦斧を呼び出すダンフィート。それを見たバリアスは、両の手のひらの前に小さな魔法陣を作り出す。
片方にはメビウスの輪、もう片方には時計盤の模様が刻まれている。少しずつ前ににじり寄りながら、バリアスは相手を睨む。
「平行世界より来る悪しき者よ、創世六神の名にかけてここで征伐してくれる!」
創世六神を束ねるリーダーの戦いが、始まる。
◇─────────────────────◇
同時刻、ランザーム王国北東にあるラガラモン連峰に一人の女がいた。短く刈り込んだ金髪と、褐色の肌が特徴的な猫獣人の女だ。
「僅かにだが、魔神の痕跡があるな。この基底時間軸の魔神の誰かが、ここに……ふむ」
女は、しきりに洞窟の床や壁に触れて魔力の痕跡を探していた。しばらくして、振り返ることなく女は声を出す。
「ところで、そなたらはいつまで隠れておるつもりなのだ? 言っておくが、妾が隙を晒すことはないぞ」
「なら、先制攻撃するまでじゃ! ディザスター・スライム【人食い鮫】!」
直後、洞窟の中にどこからともなくコリンの声が響く。そして、天井が砕け鮫の姿をした闇のスライムが猫獣人の女に牙を剥いた。
攻撃する素振りすら見せない女を、巨大サメが丸呑みにしてしまう。その様子を、上空からコリンとコーディが見ていた。
「ひゃー、凄いのねあなた。あんな大きなスライム、私じゃ作れないわ」
「そなたこそ、素晴らしい魔法が使えるようじゃな。この光の翼、神々の魔法じゃろう?」
白く輝く天使の翼を背中に生やしたコーディが、コリンを抱えた状態で滞空していた。どうやら、コリンの運命変異体であるコーディは光の魔法を得意としているようだ。
「ふふ、凄いでしょ。私、お父様の遺伝が強かったみたいで光の魔法が得意なの。その代わり、闇の眷属が使う魔法はてんでダメなんだけどね」
「なんじゃ、そんなところまで正反対なのか。面白い巡り合わせよの……むっ! 奴め、やはりくたばっておらぬか!」
和やかなムードで話をする中、コリンは禍々しい気配を捉える。その直後、山脈の一角に張り付いていた巨大スライムが、一瞬で凍り付く。
そして、派手な音を立てて砕け散り……食われたはずの猫獣人の女が、背中に装備した鋼鉄のウィングを光らせ突撃してくる。
「随分と派手な挨拶だのう、え? 妾を盾の魔神……アーリャと知っての狼藉か?」
「フン、生憎とわしの知っておる盾の魔神はそなたのような無礼者ではない。新と旧のどちらもな」
「久しぶりね、アーリャ。リオ……じゃない、フィニスの腰巾着がよく一人で来れたじゃない」
「ほう、これはこれは。誰かと思えばコーデリアではないか。貴様こそ、エイヴィアスに纏わり付く金魚のフンだろうに。面白いことを言うな、ほほほ」
猫獣人──アーリャはコーディらの挑発に乗らず、逆に嘲りの笑みを浮かべる。飛刃の盾を呼び出し、右腕に装着しながら耳を動かす。
「悪いが、妾たちには時間がない。もうそろそろ、目的を果たしたフィニスが戻る頃合いでのう。貴様らを始末し、首を持って行かねばならぬのだ」
「そうか、ならそなたは大目玉を食らうのう。わしらに返り討ちにされて、無様に死ぬのじゃからな!」
「覚悟しなさい、同胞たちの仇を討たせてもらうわよ! アーリャ!」
イゼア=ネデールに襲来した、七人の超越者たち。彼女らとの戦いは、ついにクライマックスに突入しようとしていた。




