253話─水の忍者と炎の女神
超越者たちの襲撃から、長い時間が経った。夜が明けようとしている中、ロタモカ公国の南東にある海岸線にエステルとフェンルーが急行する。
海岸に駐屯していたロタモカ軍が、何者かに襲われた。その報を聞き、海底神殿の番を担っているアニエスの代わりに援軍として来たのだ。
だが……その急報は、二人を誘き寄せるための罠だった。海岸で待ち受けていたのは、負傷したロタモカ兵たちではなく……。
「まんまと釣り出された、っちゅーことか。中々セコい手を使うやないか」
「ふっふーん、狡猾って言ってほしいねぇ。何しろ、拙者は忍だからね。君も同じなわけだし……分かるっしょ?」
藍色の忍び装束に身を包んだ、緑色の肌をしたゴブリンの女がいた。同じくノ一であるエステルにシンパシーを感じているのか、親しげに話しかけてくる。
「ハッ、ウチはそんなセコい手なんか使わへんわ。やるなら堂々とやったるわい」
「そうだよー、エステルチャンはヒキョーなことはしないんだヨ!」
「そやそや、あんたみたいな二流と同じと思わへんことやな! でも……あいつ、デッッッッカいわぁ……」
砂浜に突き出た岩の上に立つ敵の、ある一点をエステルは見つめる。彼女には存在しない、豊かな双丘に視線が釘付けだ。
それに気付いたようで、しなを作りながらエステルを挑発する。決して覆せない格差を見せ付け、心をへし折るつもりだ。
「あー、メンゴメンゴ。ここだけはぜーんぜん違うよねー! この牙の魔神、エミカ様の方がもーっと豊かなボディしてるもんね! あっはっはっ!」
「ムムム……確かに、エステルチャンじゃ勝ち目がまるでないヤ……」
コンプレックスを刺激され、エステルは身体を震わせる。彼女の隣では、フェンルーがだいぶ失礼なことを口にしていた。
「そうそう、よく分かってるじゃーん? まな板どころか逆に抉れてそうだもんねぇ、カルデラ湖みたいにさぁ! あはは」
「オマエ、コロス。ジヒハナイ、ゾウモツブチマケサセテヤル」
「ひぇっ! エステルチャンが怒ったァ!」
散々バカにされた結果、エステルの目から光が消え去った。正の感情が一つ残らず消え、エミカへの純粋な殺意と嫉妬だけが残る。
地獄の底にうごめく亡者のような恐ろしい声で、相手を凄惨な方法で殺すと告げる。が、それでもエミカは平然としていた。
「へー、言うじゃん。でも、拙者は強いよ? そう簡単に勝てると……む、この気配……邪魔者が来たか!」
「コロ……ん? なんや、空から降ってきおったで!?」
「わっ、眩しイ!」
一触即発、今すぐにでもエステルが飛びかかる……と思われたその時。白くなり始めた空から、緑色の光の柱が落ちてくる。
柱から漂ってくる聖なる魔力に当てられ、エステルは一瞬で正気を取り戻した。
「やれやれ、ようやく着きましたか。あちこち迷って到着が遅れ」
「隙アリ! 先制攻撃を食らえー! 忍法『水手裏剣乱打』の術!」
「こら、危ないじゃないですか! 刺さったら痛いでしょう! 全くもう!」
光の柱が消えると、緑色のローブを着た女性が現れた。どうやら迷子になっていたようで、仲間たちに比べ到着が遅れてしまったらしい。
そこへ、エミカが先制攻撃を放つ。海水を操り、水で作った大量の手裏剣を飛ばし、何もさせないで始末しようとする。
が、女性は炎のベールを作り出して手裏剣を防ぎ、蒸発させてみせた。周囲に漂う、木の芽を抱く胎児のシンボルが納められた緑色のオーブが輝く。
「おねーさん、だレー?」
「わたしはアルトメリク。創世六神の一角、生命の誕生を司る創命神。あなたたちを助けるため、禁を破り大地に降臨しました」
フェンルーの問いに、女神は答える。微笑みの中に毅然とした風格を漂わせ、エミカと対峙する。エステルたちは、彼女がどう戦うのかまるで想像出来ない。
「お二人とも、下がっておいでなさい。この者を倒して命を守るのはわたしの務めですから」
「そないなこと言われてもなぁ。ウチ、あいつにめっちゃ腹立っとるんや。それに、あんたさん戦え」
「奇襲その二! 死ねぇぇぇやぁぁぁぁ!!」
「危なイ! 逃げテー!」
エステルたちと話をしている隙を突き、エミカがアルトメリクに襲いかかる。今度はクナイを持ち、直接仕留めに来た。
フェンルーが叫ぶ中、アルクメリクは素早く懐に手を突っ込む。エミカが迫る中、彼女が取り出したものは……。
「アチョーッ!」
「へぶっ!?」
「まさかのヌンチャクかいな!?」
ヌンチャクだった。女神とは思えない奇声を発し、強烈な一撃をエミカの鼻っ柱に叩き込む。予想外の反撃に、エミカはよろめく。
それをチャンスと見たアルトメリクは、軽やかな動きで接近しローリングソバットをブチ込んで遠くへ吹っ飛ばす。
どう見ても、動きが熟練者のソレであった。ヌンチャクを華麗に操り、女神はビシッとポーズをキメる。
「ええ……流石にこれは予想外やで……」
「すごーイ! あんなにヌンチャク使うの上手い人初めて見たヨ!」
「ふふ、わたしをただのやんごとなき女神だと思ったら大間違いですよ? グラン=ファルダの通信教育で培った力、見せつけちゃいますからね」
「神々の世界凄いな!?」
得意気にドヤ顔しながら、アルトメリクはヌンチャクを振り回す。その姿を見てツッコミを入れつつ、ゆっさゆっさ揺れる双丘に嫉妬するのだった。
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「さて、これで『霊魂のトパーズ』も我が手に落ちた。結局、命とキカイの境界は分からなかったが……まあいいとしよう」
その頃、フィニスは六つ目のアブソリュート・ジェム……『霊魂のトパーズ』を手に入れていた。鎧の胸元に近付け、レプリカの代わりに穴へ嵌める。
オレンジ色の波動が全身を駆け巡り、ジェム同士が共鳴し始める。互いの力を高めているのだ。
「やはり、制御装置としてこのガントレットを作ったのは正解だった。これが無ければ、流石の私も全てのジェムをコントロール出来ないからな。さて……」
七つのアブソリュート・ジェムのうち、六つが集まった。最後の一つ、『時間のルビー』を手に入れるべくフィニスが動く。
手始めに、フィニスはバラバラに分解したピコ・プリケットに近付く。左手を握ると、緑とオレンジ色の宝石が輝き出した。
「さあ、よみがえれピコ・プリケット。神々を欺く我が尖兵として、な」
「……あなたに永遠の忠誠を誓います、フィニス様」
『創造のエメラルド』の力で肉体を再構築され、新たな命を与えられたピコ・プリケット。『霊魂のトパーズ』によって魂を支配され、彼の眷属に堕ちた。
「じきに、グラン=ファルダの神たちが私を殺しに来るだろう。創世六神を旗頭にして。彼らを欺き、致命傷を与えてやるがいい。それが君の使命だ」
「かしこまりました。必ずや……ご期待に応えてみせましょう」
「創造と破壊、二つの力を与える。上手く使うといい」
かしずくピコ・プリケットの額に右手の人差し指を当て、フィニスは左手を握る。緑と紫の宝石が輝きを放ち、オーラが溢れた。
オーラはフィニスの腕を通してピコ・プリケットの身体に注がれ、彼女の中に創造と破壊の力が満ちていく。何をすべきか理解した彼女は、洞窟を出た。
「そういえば、基底時間軸の私にはファティマという腹心がいたのだったな。汚らわしい……グランザームの手の者を抱え込むなど。歴史が違えば、そうした未来も有り得るということか……」
ピコ・プリケットが洞窟を去った後、フィニスはそう呟く。オリジナルの自分への悪態を口にしつつ、魔力を練り上げる。
グラン=ファルダの神々を滅ぼし、最後のアブソリュート・ジェムを手に入れるために。




