26話―乙女たちの密談
冒険者ギルド、来客用の寝室にて。アシュリーとカトリーヌは、部屋でのんびりしていた。
「……あれから三日経つけどよぉ、コリンの奴帰ってくる気配がねえな。明日は舞踏会だってのに、どこで何やってンだか」
「そうねぇ。でも、心配することはないと思うわ~。きっと、張り切って準備をしてるだけよ~」
招待状が届いてから、三日が経過した。いずこかに去っていったコリンは、いまだ帰ってきていない。なしのつぶてである。
心配するアシュリーに対して、カトリーヌはほわほわ微笑むだけだった。彼女の言葉に、アシュリーは何故かもやっとした感情を抱く。
「ほお、ずいぶんとまあ知った風なこと言ってンな。あいつの最初の仲間は、アタイの方だってのによ」
「あら? その言い方……うふふ、シュリったら~もしかして嫉妬してるのかしら~?」
「嫉妬ぉ? 誰が? ……アタイが? カティに?」
「ええ。ふふ、安心して。シュリからコリンくんを盗っちゃったりはしないわ~」
ベッドでゴロゴロしていたアシュリーは、カトリーヌの言葉を受け考える。これまでコリンと十日近く過ごしてきたが、自分は彼をどう思っているのだろうかと。
(……嫉妬、か。三日前は、アタイがコリンに尋ねたけど……今度はアタイが聞かれることになるたぁな。全然考えたことなかったな……)
ごろんと寝転がり、天井を見上げながらアシュリーはこれまでの出来事を思い出す。コリンとの出会いから、今日までのこと。その全てを。
「最初は、心底驚いたもんだなぁ。物腰丁寧なだけのガキんちょかと思ってたら、ギアトルクの大星痕があるわ、トライヘッドドラゴンを一撃で屠るわ……」
「その話を聞いた時は、わたしも驚いちゃったわ~。でも、あの子と一緒に戦って、人となりを知ってからは……凄く、頼もしく思えるの」
「ああ、分かる分かる。コリンは……凄く、優しいんだよ。人の痛みを、我が事のように受け止めてくれるンだ。あそこまで真っ直ぐな性根の奴、久々に見たぜ」
「ええ。孤児院の子たちも、すぐに打ち解けていたもの。コリンくんには、人を惹き付ける『ナニカ』があるのね、きっと~」
アシュリーたちは、それぞれから見たコリン評を語り合う。その上で、カトリーヌが先に胸に秘めた想いを口にする。
「……わたしね、コリンくんと出会って初めて知れたの。誰かに恋をするって、こういうことなんだな~って」
「ちょ、待てよカティ。あいつはまだ八歳だぞ? いくらなんでもそれは……っていうか、そんな素振り全くなかったろ!?」
「あら~、わたしはそうは思わないわ。わたしのお父様とお母様だって、十歳の歳の差があるのよ? それに考えてもみて、シュリ。わたしみたいな筋肉だるまに告白されても……コリンくん、困るでしょう?」
ほんわかした笑顔から一転、カトリーヌは悲しそうな顔をしてうつむく。太く発達した二の腕や、たくましい腹筋を撫でながら。
女性らしさに欠ける自らの肉体に、コンプレックスを抱いているようだ。幼馴染みの弱音に、アシュリーは力強く答える。
「告白してもいねぇうちから諦めンなよ、カティ。十七年生きてきて、初めての恋なンだろ? まずは行動してみなきゃ」
「そうね、シュリの言う通りだわ。わたし、舞踏会で告白してみる。受け入れてもらえるかは、分からないけれど」
「ああ、応援してるぜ。なんせ、幼馴染みの初恋だからな!」
「うふふ、ありがとう。……ところで、そういうシュリはどうなのかしら~。本当は、シュリだってコリンくんのこと好きなんじゃないの~? もちろん、ラブの方でね」
元気つけてもらったカトリーヌはお礼を言いつつ、今度はアシュリーに尋ねる。難しい顔をし、アシュリーは考え込んでしまう。
「そこなンだよ、問題はよぉ。アタイ自身、イマイチ分かんねぇンだよな。いや、コリンは好きだぜ? 人としてさ。でも、それがイコールで恋愛的な好きかって言われると……」
「うふふ、シュリとだったら一緒にコリンくんの恋人になるのも歓迎よ~。同じ人を好きになるのって、いいと思わない?」
「んー……アタイにゃよく分から」
「二人とも、ただいまなのじゃ! 待たせたのう、ふっはっはっはっ!」
恋バナの最中、突然部屋の扉が開きコリンが戻ってきた。不意打ちの帰還に仰天し、アシュリーもカトリーヌも飛び上がってしまう。
「おああああ!? び、ビックリしたじゃねえか! いきなり帰ってくるなよ!」
「お、おかえりなさ~い。……もしかして、今の話聞いてた?」
「ぬ? いや、わしは何も知らぬぞ? それよりも、ほれ! 見るがよい、社交界デビューに備え超進化したこのわしを!」
幸い、二人の話の内容はコリンに聞かれていなかったようだ。コリンはタキシードとシルクハット、ステッキで着飾った己を二人に見せる。
「へぇ、なかなか似合って……ん? お前もしかして化粧してンのか?」
「はい、その通りですよアシュ虫さん。闇の眷属は性別に関係なく、宴に相応しき化粧をするのです。それが、貴族や王としての礼儀ですので」
まじまじとコリンを見つめていたアシュリーは、彼が簡素ながら化粧をしていることに気が付いた。それと同時に、また扉が開きマリアベルが現れる。
相変わらずアシュリーを虫呼ばわりしているが、普段の冷静沈着さは鳴りを潜め、どこかそわそわしているのが見て取れた。
「あら~、あなたがマリアベルちゃんね~。シュリから話は聞いてるわ~」
「ええ、わたくしもお坊っちゃまから貴女のことを伺っております。よろしくお願いしますよ、カトリーヌさん」
「おい、アタイの時とはずいぶんと対応が違わねえかてめぇコラ」
「あなたとは違って、きちんと礼儀をわきまえていますからね。それに、悪い虫ではなさそうですし」
「……!」
天と地ほども差のある対応をするマリアベルに抗議するアシュリーだったが、あっさりと受け流されてしまった。
どこか含みのある言い方をするマリアベルに、カトリーヌは少しだけドキっとしてしまう。が、すぐに気を取り直し、質問をする。
「そういえば、今日はどうしたのかしら~。コリンくんもあなたも、おめかししてるけど~」
「ふっ、決まっているでしょう。明日、お坊っちゃまはこの大地で社交界デビューされます。であれば! 忠実なるしもべとして、その行く末を見守り! バッチリ記録しなければなりません!」
「お、おお。まあ、確かにな」
「パパ上とママ上も来たがっておったんじゃがの、流石にそれは問題があるということでおうちで留守番じゃ。二人とも、血の涙を流しておったわい」
やれやれとかぶりを振りながら、コリンはふっと息を吐く。子どもが無理に背伸びして大人ぶっているのを見て、アシュリーは吹いてしまった。
「む、なんじゃアシュリー。人を見て笑うとは無礼な奴じゃのう」
「ぷふ、いや済まねえ。やっぱほほえましいなって……待て待て、無表情でにじり寄ってくるなマリアベル! 悪かった、謝るから!」
「次はありませんよ、アシュ虫。もし次に笑ったらあなたの頭をゴミ箱に突っ込みますからね?」
「あらあら、手厳しいわね~。シュリ、気を付けないといけないわね~」
「くそう、人事だからってのほほんとしやがって……」
ぐぬぬと歯ぎしりした後、アシュリーは身体を起こす。伸びをした後、真面目な顔つきになり話を始めた。
「ああ、そうだ。明日の舞踏会な、アタイとカティも参加するぜ。招待客とギルド……というより、オヤジからの依頼、二つの立場でな」
「ほう。ダズロン殿からの依頼か。ただ事ではないのう」
「ええ。実はね~、コリンくんが機密文書を復元してくれたおかげで、この三日で教団の密偵を大量に捕らえられたの。それで、捕らえた密偵の一人がね、ある計画について自供したのよ」
「舞踏会に刺客を送り込んで、ゼビオン皇帝……ラファルド七世を暗殺しようって企みさ。それを阻止するために、アタイら二人に依頼が来たってわけだ」
アシュリーとカトリーヌから話を聞いたコリンは、一瞬にしてお気楽モードから真面目モードに切り替える。
マリアベルの方を向き、主君として命令を下す。
「マリアベルよ、今回はそなたにも動いてもらわねばならぬかもしれん。いつでも戦えるよう、準備をしておいておくれ」
「かしこまりました、お坊っちゃま。屋内での戦いであれば、わたくしは無敵。この力、存分に振るいましょう」
「うむ、頼んだぞよ。刺客がどれだけ紛れ込むか分からぬからな、用心に用心を重ねねばなるまい。ハンス殿たちのような犠牲は、もう二度と出してはならぬのじゃ。二度とは、な」
コリンは真剣な表情でそう呟く。オラクル・ベイルとの邂逅の時が、すぐそこまで迫ってきていることを――コリンは、まだ知らない。




