251話─死の女神、怒る!
キョウヨウから西に四キロメートルほど離れた、深い森の中。ムーテューラの激おこパンチを食らったカレルは、ここまで吹っ飛ばされていた。
「ぺっ、ぺっ! くそー、あのアマ思いっきり殴りやがって。内臓破裂したぞコンニャロウ。アタシが超越者じゃなかったら死んで」
「チェストぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!」
「げっ、もう追い付いてきやがった!?」
見るに堪えないミンチ状態になっていたカレルが、やっとの思いで肉体を再生させ終えた直後。仕込み杖を上段に振り上げたムーテューラが走ってきた。
女神がしてはいけない表情を浮かべ、力の限り雄叫びをあげながら。子どもが見たら、まずトラウマになることが確実な状況である。
「死ねやァァァァァこのクサレ【ピー】がァァァァァァ!!!」
「てめぇホントに女神なのか!? 口汚すぎんだろうが!」
清楚でお淑やか……そんな女神のイメージを覆す、とんでもない罵詈雑言を口にしながら仕込み杖を振り下ろすムーテューラ。
対するカレルはハンマーを呼び出し、思いっきりスイングする。ノーガードで走っていたムーテューラに直撃し、跳ね飛ばすが……。
空中で無理矢理身体を捻って態勢を整え、木の幹に足から着地する。枝を掴んで落下を阻止しつつ、女神は敵を見つめニチャア……と笑う。
「あーしの横っ面引っ叩こうなんざ一億年はえーんだよ、この筋肉ダルマ! 格の違いってやつを見せ付けてやっからかかってこいや!」
「んにゃろ……基底時間軸の闇寧神獰猛すぎんだろ! てめー今日から狂乱の女神にでも改名しろや! パワーボルト・スロー!」
自由になっている方の手を突き出し、中指を立てながらムーテューラは敵意を剥き出しにする。そんな彼女に悪態をつきながら、カレルが反撃に出た。
電撃を纏うハンマーをブン投げ、今にも飛びかかろうとしていたムーテューラを迎撃する。別の木に飛び移られたため、攻撃は空振りに終わる。
が、猿のように木々の間を飛び回る女神を追尾し、ハンマーが迫っていく。追い着かれれば、電撃と打撃のダブルパンチで間違いなく致命傷を負う。
「さあ、逃げろ逃げろ! 黒焦げのミンチになりたくなきゃあなぁー! ケケケケケ!」
「ハァン? そんなもん怖かねーし。あーしの力見せてやらぁ! チェストぉぉぉぉぉ!!」
「んなっ!? ハンマーを真っ二つにしやがっただとぉ!?」
「隙アリ! ダークティーク・シュート!」
立ち止まったムーテューラは、居合い斬りの要領で仕込み杖を振るいハンマーを両断してみせた。これには流石のカレルも驚いてしまう。
その隙を突き、一瞬で距離を詰めたムーテューラは必殺の突きを放つ。心臓を狙った一撃だったが、すんでのところで回避されてしまった。
それでも、掠っただけで脇腹を抉って吹き飛ばしており、その破壊力の高さを見せ付ける。その様子を、木陰から見る者がいた。
「何という剣捌き……! これほどまでに力強い剛の剣は見たことがない! 拙者の血肉にしなくては!」
何だかんだで、ムーテューラが心配だったツバキが後をつけてきていたのだ。劣勢だったら加勢しようと考えていたが、杞憂に終わる。
それよりも今は、女神の放つ力強い剣技の数々に魅了されていた。グラン=ファルダにおいても、ムーテューラの剣の腕は有名である。
剛のムーテューラ、柔のフィアロと並び称される剣士のカップルとして、ファルダ神族の戦闘面を牽引しているのだ。
「チィッ、やってくれたな! なら、こいつはどうだ! サンダーフェニックス・アタック!」
「電撃の鳥公程度であーしをビリビリさせられるとでも? 舐めてんじゃねー! んなもん食らってもよゆーなんだよ【ピー】が!」
「バカが、かかったな! こいつはただのオトリだよボケ!」
鳥の形をした電撃が、ムーテューラに襲いかかる。この程度はノーダメージだからと、あえて受けたが……別の目的を達成するための罠だった。
雷の鳥がムーテューラに直撃した瞬間、ピラミッド型の檻に変化して動きを封じてしまう。閉じ込められた女神を前に、カレルは笑う。
「さぁて、これでもう逃げられねえな。その邪魔な仕込み杖は没収だ! ハハハハ!」
「チッ、すこーし遊びすぎたか。あーしもまだまだ、しゅぎょーが足りないね」
「ホザきな、クソ女神。てめぇはここで終わりだ。たっぷりと苦しめた後で殺してやるよ! ビーストソウル・オーバーロード!」
黄色いオーブとハンマーを呼び出し、カレルはハンマーを掴む。オーブに叩き付けて破壊し、内部に溜め込まれていた邪悪な魔力を解き放つ。
ランディの時同様、カレルの姿が異形へと変わる。下半身が黒い蛇の尾になり、背中からは六つの大蛇の頭部が生えてきた。
その姿は、ヒュドラと人間のキメラと言っていい禍々しいものだった。木陰から見ていたツバキも、思わず冷や汗を垂らす。
「なんと醜悪な姿だ……っと、そんなことを言ってる場合じゃない。女神様を助けないと!」
このままではムーテューラが危ないと、救出のため動く。カレルは目の前の獲物に夢中で、そんなツバキに気付いていない。
「さぁて、どうやって料理してやろうか。そうだな……まずは手足を引き千切ってやろうかなぁ! 二度とアタシをミンチに出来ねえようにな!」
「ぐっ! なんつーパワー……あーしが女神じゃなかったら、これだけで手足千切れてるわ」
六つの蛇の首のうち、四つが動けないムーテューラに襲いかかる。が、思いっきり手足に噛み付かれているのに女神は余裕そうだ。
よく見てみると、皮膚を牙が貫けていない。頑強な皮膚と筋肉、骨に阻まれているようだ。ならばと、カレルは作戦を変える。
「んにゃろめが! ならこうだ、電撃で焼き焦がしてやる! オーバーボルト・サンダー!」
「にゅぎぃぃぃ!! 流石に電撃はキツいなぁこれ……」
牙が通らないならと、カレルは蛇の頭を介して電撃をブチ込む。流石のムーテューラも、体内に電撃を流し込まれるのはキツいようだ。
……普通であれば、すでに即死していてもおかしくない威力があるのだが。顔をしかめるだけで済んでいるのは、神の生命力故だろう。
「まだ死なねえのか。神ってのは、どの世界でもムダにしぶといな。なら、もっと強力な」
「女神様を離せ! 鉄華十文字斬!」
「なっ!? てめぇいつの間に!」
さらに電撃の威力を上げようとした、その時。すぐ近くまで忍び寄っていたツバキが、断殻刀を用いて雷の檻を攻撃した。
不意を突かれたカレルも、まさか着いてきているとは思ってもいなかったムーテューラも驚きのあまり動きが止まる。
その間に、ツバキが檻を破壊してムーテューラを拘束から解き放つ。少しして、我に返ったカレルが現実を認識し激昂する。
「てめぇ、よくもやりやがったな! 死ね、ゴミクズが!」
「がはっ!」
「よくもあーしの恩人を! てめーだけは許さん! サイクロン・ディスパーダ!」
「うおっ!? か、身体が浮く……おあああああ!!」
ハンマーの一撃を食らい、ツバキは吹き飛ばされてしまう。木の幹に身体を叩き付けられ、口から血を吐く。誰がどう見ても助からない重傷だ。
それを見たムーテューラは怒りをあらわにし、カレルに反撃を行う。腕を横に伸ばして身体を回転させ、竜巻を発生させる。
強烈な吸引力によってカレルが引き寄せられ、全身を切り刻まれる。怒りのままに振るわれる剣が、超越者を八つ裂きにしていく。
「ぐああああああ!! ダメだ、再生が追い付かねぇ……!」
「死ね、【ピー】野郎が! てめーの魂にゃ、死んでからも安らぎなんて与えねえからなゴラァ!」
「へ、へへ……上等だ、それに……アタシらがこれで完全に滅びると思うなよ。フィニスがいる限り……アタシらは、何度……でも……」
「っせー! とっとと死ねや! ハァッ!」
「ぐああっ!」
全身を何度も細切れにされ、とうとう再生能力が追い付かなくなってきたカレル。死に際に不穏な言葉を呟くも、怒り心頭なムーテューラは聞いていない。
トドメとばかりに仕込み杖を振り下ろし、女神はカレルを真っ二つに両断して息の根を止めた。自身の管轄たるあの世……鎮魂の園送りにしてみせた。
「ふう、これでよしと。次はこっちか。おーい、だいじょぶー? まだ生きてるー?」
「女神、さま……ご無事なようでよかった。でも……拙者は、もう……」
「へーきへーき。あーしは死を司る女神様なんだぞー? 死にそーな奴も死んでる奴も、たちどころに元気にしてやれるし。ほれっ!」
後少しで息絶える……という状態のツバキに向かって、ムーテューラは手をかざす。そして、アゼルが行うように紫色の炎を作り出した。
蘇生の力を宿した炎が、ツバキの身体に吸い込まれていく。すると、生気が消えかけていた彼女の顔に力が戻ってくる。
「!? これは……傷が、塞がって……」
「あーしを助けてくれたお礼ってやつさー。ホントは気軽にやっちゃイケナイことだからさ、他の神には内緒だよ? バレたらめっちゃ説教されてメンドいんだよねー」
「ありがとうございます、女神様。……実は、大変厚かましいことを承知の上で一つお願いがあります」
「んー? 何さ、言うだけならタダなんだし遠慮なく言ってみ?」
「拙者、あなた様の剣技に惚れました! どうか、拙者を弟子にしてください!」
ツバキは土下座し、ムーテューラに頼み込む。果たして、相手の返答は……。
「おっけー。ま、暇潰しにはちょうどいいし。サクッとやっちゃおっかー」
「! あ、ありがとうございます!」
オーケーだった。しかも、即答である。ツバキを弟子にしたムーテューラは、キョウヨウの方へ戻っていく。その後を、嬉しそうにツバキが追うのだった。




