249話─裁きの神の戦い
ボロボロになったマリスたちの代わりに、審判神フィアロがランディと戦う。舞うような美しい剣捌きを用い、四方八方から襲い来る分身を切り裂く。
「来るがいい、平行世界からの侵略者よ! ダンシングブレイド!」
「フン、動きのキレだけはいいが……いつまでオレの攻撃に耐えられるかな!」
「凄い……分身、全部、捌く。目、追い付かない」
「息切れする気配もない……これが神の力なのか!」
四体同時に襲いかかられても、フィアロは慌てることなく回転斬りを放って相手を斬り伏せる。すでに十分以上戦っているが、全く息切れしていない。
それどころか、汗一つかかず、少しずつランディを押し返していく。分身も打ち止めなのか、ラチが明かないと判断したか。
マリスたち同様、少し離れた場所から静観していたランディ本体がフィアロに襲いかかる。手にした槍を振り回し、突撃していく。
「やれやれ、面倒臭いな。こういうサプライズは嫌いなんだよなぁ、さっさと死になぁ!」
「死ぬ? それはご免だ。僕にはまだやらないといけないことが山ほどあるからね。死ぬのは……お前だ! ダブルハイトソード!」
分身を全滅させたフィアロは、剣に白い光を纏わせ身構える。そこにランディが突撃し、剣と槍が交差する。その結果は……。
「ふっ!」
「クク、外したな! そんなすっトロい攻撃、オレには当たらな……ぐうっ!?」
双方共に相手の攻撃を避け、ノーダメージ……かと思われたその時。見えない何かによってランディの胴体が切り裂かれ、金色の血が噴き出す。
何が起きたのか理解出来ていないランディは、斬られた胴体を再生させて態勢を立て直す。何かの間違いだろうと、再度攻撃を仕掛ける。
「くっ、ならこれでどうだ! トライアングル・ショット・スピア!」
「見切った、そこだ!」
「甘い、フェイントだ! さあ、死ね……ぐあっ!」
突風を起こして三角の軌道を描き、相手の攻撃を避けつつ槍を突き込もうとして……再び見えない何かに斬られた。
ディルスはまだ正体を掴めていなかったが、マリスの方はカラクリに気付いたようだ。いつでも加勢出来るよう準備しつつ、小声で呟く。
「あの技、凄い。ディルス、よく見る。あれ、参考、なる」
「は、はあ……? まるで分からないけど、とりあえず見ておきます……」
傷付いた身体を休めつつ、二人は戦いの行方を見守る。一方、神と超越者は一対一の激しい戦いを繰り広げていた。
剣と槍がぶつかり合い、互いの心臓を貫かんと空を切る。そんな中、フィアロの振るう剣から不可視の斬撃が放たれる。
「ぐおっ! ……へっ、ようやく分かったぜ。てめぇのインチキ剣のカラクリがよ。てめぇ……未来を見て攻撃してきてやがるな?」
「よく分かった……ね! そうだ、僕はほんの少し先の未来が見える。だから、君がどこに移動するかを『視て』から不可視の斬撃を放っていたのさ」
しばらくして、ランディが謎の斬撃の正体を看破した。だが、だからといって現状を打破出来たわけではない。
少し先とはいえ、相手が未来を視ている以上行動が筒抜けになってしまう。そんな状態では逆転もへったくれもない。
何とかして未来視を封じない限り、ランディに勝機はない。そして、そんなチャンスを与えるほど──フィアロは愚かではないのだ。
「食らえ! ホーリーライトスラッシャー!」
「チッ、バックフライト……ぐあっ!」
「ムダだ、お前は逃げられない。少し先にお前が何をするのか分かっている以上、勝ち目はないぞ」
「だろうなぁ。だがよ……未来が見えようがどうしようが、勝てない奴がいるなら……話は別だよなぁ! ビーストソウル・オーバーロード!」
追い詰められたランディは、一旦距離を取り灰色に光るオーブを呼び出して槍を突き刺す。オーブが砕け散ると共に、禍々しい魔力が解き放たれる。
「これは……! 魔神たちが力を解放するための儀式にしては……禍々しすぎる」
「クハハハハ!! レミュエラはコレをやる前にやられちまったが……オレはそうはいかねぇぜ! さあ、そこでうずくまってる奴らも合わせて皆殺しだ!」
凄まじい突風が吹き、フィアロは後退させられてしまう。吹き飛ばされないよう剣を地面に突き刺し、風が収まるのを待つ。
マリスたちも岩の陰に隠れ、耐え忍ぶ。少しして、突風が止むと……そこには、大きく変貌したランディの姿があった。
身長は四メートルを超え、身体は灰色の体毛に覆われた狼のソレに変わっている。そして、二つの頭を備えたその姿は……。
「双頭の狼か。随分と禍々しい姿になるんだな、平行世界の魔神は」
「クハハハハ!! この姿になったオレは止まらねえぜェ! さあ、纏めて切り刻んでやる! 食らいな、大嵐の槍!」
「させない! セイクリッドフィールド!」
広範囲への無差別攻撃を行おうとしていることを察知し、フィアロはマリスたちの方へ飛ぶ。そして、剣を掲げてバリアを作り出す。
「やれやれ、何とか間に合ったね。二人とも、怪我は癒えたかな?」
「助かった。神様、ありがとう」
「気にする必要はないよ。今まで静観していたお詫びにもならないさ、このくらいじゃね。だから、もう少し手助けさせてもらうよ」
「つっても、どうするつもりなんです? こんな槍の嵐が吹き荒れてるんじゃ、バリアの外に出れば……」
ディルスの言う通り、バリアの外は無数の槍の穂先が乱舞する地獄のような光景になっていた。止める方法はただ一つ。
ランディを無力化する以外にはない。そのための策を──フィアロは持っていた。
「心配ないよ。僕には未来が見える。審判の一撃を叩き込んで、あいつを倒す未来がね。そのためには、君たちの協力が必要なんだ。手を貸してくれるかい?」
「もちろん! マリス、手伝う!」
「俺だって! 何でもやりますよ、あいつを倒せるならね!」
打倒ランディのため、三人は団結する。顔を寄せて話し合いをしていた、その時。バリアに向かってランディが体当たりを仕掛けてきた。
「オラッ! こんなチンケなバリア、ぶっ壊してやるぜ! 三人仲良くあの世に送ってやる! ウォルフクロウ・ナックル!」
バリアに張り付き、槍の穂先を装着した拳を叩き込んで破壊しようとする。そんな中、フィアロの指示でマリスたちは反撃の準備を行う。
マリスが弓を呼び出し、ディルスが魚鱗を用いて矢を作り出す。やじりの部分には、フィアロが用いている剣が嵌め込まれる。
「さあ、あと少しでバリアも壊れるぜ! 地獄に落ちる用意はいいか!?」
「残念だね、地獄に行くのは僕たちじゃない。ランディ、お前だ! 食らえ、セイクリッドアロー!」
「!? やべ、離れ……ぐああああ!!」
矢が放たれ、バリアをすり抜けてランディに直撃する。バリアに張り付いていたのがアダとなり、攻撃を避けられず心臓を貫かれた。
本来であれば、魔神の再生力があればこの程度で死ぬことはない。だが、聖なる神の武器を前に……彼ら魔神の力は、弱体化しているのだ。
「ぐ、あ……クソッ、力が入らねぇ……」
「後は首を落とせば終わりだ。これで二人……この世界を、お前たちの好きにはさせない」
「ハッ、やられたぜ。フィニスだったら……あいつなら、もっと上手くやれたんだがな」
ランディが致命傷を受けたことで、槍の嵐が消え去った。バリアを解除したフィアロは、もう一本剣を呼び出し詰め寄る。
「息の根を止める前に、一つ聞きたい。何故君たちは平行世界を侵略する? 一つの世界だけでなく、全てを支配するつもりなのか?」
「そんなのは興味ねぇ。一つだけ言えるとすりゃあ……故郷を失った奴は、力を求めるってことだけさ。これ以上のことは、フィニスから聞きな」
「そうか、分かった。では……最後の審判を行う! ハァッ!」
意味深な言葉を残し、ランディは首をはねられた。地面に落ちた敵の頭に手を伸ばし、フィアロはまぶたを閉じさせる。
「眠れ。死んだ後の裁きは僕の管轄外。死を司る女神に、相応しい罰を与えてもらうといい」
戦いを終えたフィアロは、そう呟いた。




