248話─降臨する敵味方
ガルダ草原連合北西部に、ラジャールの谷と呼ばれる渓谷がある。良質な鉱石が採掘出来る場所として、全部族の共同統治が行われているのだが……。
「全員、逃がせた。でも……あいつ、強い。マリス、勝てないかも……」
「はあ、はあ……。何なんだよ、あいつ。どんどん分身が出てきて始末に負えねえ……」
ラインハルトの意向で諸国を巡り、勉強していたディルスが、マリスと共に谷を視察していた時。天から凶星が落ちてきた。
現れたのは、レボリューション・アニマの一角たる魔神。黒いトレンチコートと山高帽を身に付けた、長身の男だった。
「ハッ、弱いなぁ~。レミュエラの奴はやられちまったようだが、用心してかかりゃぁラクなもんよ。このオレ、魔狼一個大隊ことランディ様の敵じゃねえ」
槍の魔神ダンテの運命変異体、ランディは岩場の上からマリスたちを見下ろす。星の力を呼び覚ました二人を相手に、圧倒してみせたのだ。
マリスとディルスは採掘作業に従事している者たちを逃がすのが精一杯で、完全に追い詰められてしまっている。そんな二人に、ランディは……。
「せっかくだ、死ぬ前に仲間たちの様子を見せてやるよ。お仲間たちと同時に、あの世へ送ってやる」
「! マリスさん、あれを!」
ランディが指を鳴らずと、空中に六つのパネルが現れる。すでに撃破されたレミュエラを除く六人の運命変異体の様子が、夜空に移し出された。
『全員避難を! 戦える者は戦えぬ者たちを守りながら退くんだ! ここは拙者たちが押さえ込む!』
『やれやれ、ヤサカに荷運びしに来たらとんでもねぇ奴と出会っちまったな! かかって来やがれ、オーガ女!』
『ハッ、このアタシに勝とうってのか? そいつは無理だな、あんたらはここで死ぬ。剛力の大蛇……鎚の魔神、カレル様の手でなぁ!』
ヤサカの都、キョウヨウ。雷雲を伴って現れた、赤い肌を持つ大柄な女オーガの襲撃によりパニックが起きていた。
対抗するのは、トキチカとツバキの親子にキョウヨウ守護隊、そしてたまたま居合わせたキャプテン・ドレイク。
カレルと名乗った女は、虎柄のビキニアーマーで覆われた身体を惜しげもなく晒しつつ雷を落とす。
『お姉ちゃん、いったいこいつなんだと思う?』
『さあ、私にも分からないな。でも、一つ言えるのは……こいつは生きて帰してはならない相手ということだけだ』
『ふふ、やる気ですわね。ですが、煉獄の炎を操るこのわたくし……蒐集せし竜こと剣の魔神、エカチェリーナ・ファンドンに勝てると? 植物使いの貴女が』
『やってみなくちゃ分からないさ。いくよ、アニエス!』
『うん!』
船滅ぼしの三角海域の海底にある神殿には、真紅と白のグラデーションが美しい鎧を身に付けた少女がいた。
エカチェリーナと名乗った少女は、オレンジ色の長い髪をたなびかせアニエス・テレジアを見つめる。海底神殿でもまた、戦いが起きようとしているのだ。
「他の連中もまあ、似たようなもんさ。オレたちに殺される以外の結末なんざねぇのに、勝とうと足掻いてる」
「そりゃ足掻くだろ。俺たちはこの大地を守るために戦っているんだからな! スケイルショット!」
「マリス、負けない! スパイラルエア・アロー!」
「やれやれ、ムダだっつってんのにな。ムダなモノは嫌いなんだよ、さっさと死ね! シャドウウォルフ・ディビジョン!」
ディルスたちは、ボロボロの身体に鞭打ってランディへ攻撃を行う。鱗と矢が放たれる中、邪悪な魔神は自身を分裂させる。
十二体に分裂し、攻撃を避けた後二人に飛び付き襲いかかる。数の暴力を用いて、疲弊したマリスたちにリンチを行う。
「ぐっ、あぐ!」
「クソッ、この数じゃ対抗でき……がふっ!」
「ムダムダ、統制された狼の群れは無敵だ。てめぇらみてぇな木っ端、どれだけ集まっても──」
「ほう、中々の自信家ですね。ですが、肥大した自信は慢心となり、あなたを滅ぼす。まあ、そもそも……僕が許しませんけれどね、あなたたちの暴挙を。創世六神が一角、審判神として!」
無数のランディが槍を取り出し、マリスたちを刺殺しようとしたその瞬間。夜空が明るく輝き、天から白い光の柱が降り注ぐ。
ラジャールの谷へと落ちた光から現れたのは、汚れなき白亜の鎧を身に付け、天秤が納められた白いオーブを持った少年だ。
「ああ、なるほどな。あんたがこの世界線の……創世六神か」
「いかにも。僕の名はフィアロ。平行世界から来たりし悪の使徒よ、その命……ここで貰い受ける!」
想像もしていなかった助っ人の登場に、マリスたちは唖然としてしまう。それは、グラン=ファルダにいるコリンたちも同じだった。
「な、なんと!? わしらが帰還の準備をしとる間に六神たちが動くとは!」
「コリン、これはもう君たちイゼア=ネデールの民だけの問題ではない。種族の垣根を、それぞれの思惑や利害を越え……団結しなければならない。さあ、行こう。私たちも加勢しに向かう。掴まっていろ、二人とも!」
バリアスはコリンとコーディの肩を掴み、身体を後ろに倒す。空間転移の門が開き、三人はその中に落ちていった。
全てのしがらみを乗り越え、平行世界からの脅威に対抗すべく、神と魔の共同戦線が今──結成される。
◇─────────────────────◇
「さて、五つ目のアブソリュート・ジェムはっと。この大地かな。気配がするしね」
その頃、元いた世界へ戻ったフィニスはとある大地を訪れていた。知的生命のいない、獣たちの楽園へ降り立ち歩を進める。
しばらく散策していると、胸に嵌めた四つのアブソリュート・ジェムが反応を示す。フィニスは飛刃の盾を作り出し、何もない空間へ投げた。
同時に、左手を握り『空間のサファイア』の力を発動させると……。
「やっぱりね。『境界のオニキス』の力で、洞窟を隠していたか。でも、私の目を欺くことは出来なかったようだね。ふふふ」
空間をねじ曲げることで、結界によって隠蔽されていた洞窟を見つけ出したフィニス。ブーメランのように戻ってきた盾をキャッチして右腕に装着し、洞窟へ足を踏み入れる。
「さてさて、ここには誰がいるかな? ジェムの守り人が必ず……」
「来たな、薄汚い裏切り者め。お前が来ることは分かっていたぞ、リオ! 『境界のオニキス』の守護者、マゴット・マゴット参る!」
洞窟に入り、しばらく進んだ後。どこからともなく、凛とした女性の声が響く。直後、床や壁、天井をブチ破りキカイのアームが大量に飛び出した。
アームはフィニスの全身を掴み、動きを封じる。特に、左手は手首と各指の全てがアームで固定されて握れないようになっていた。
「やあ、やっぱり君だったか。マゴット・マゴット」
「黙れ、お前と話すことなど何もない! よくも同胞を殺し、ジェムを奪ったな! その罪、死をもって償えリオ!」
「償う、か。死ぬだけでいいなら楽なことだな。今の私には……」
「動くな、それ以上動けば首を切り落として心臓を潰すぞ! お前たち魔神は、頭と心臓を同時に潰されれば死ぬ。それはもう分かっているのだからな!」
「やってみるといい、『創造のエメラルド』を持つ私を殺せるのなら!」
「愚かな。なら、望み通り殺してやる! 死ね、リオ!」
マゴット・マゴットは姿を現し、袖をめくってコンソールを操作する。アームが起動し、フィニスの心臓に杭が打ち込まれた。
すかさず首を落とそうと、丸ノコが付いたアームを動かすが……。
「遅い! はぁっ!」
「きゃっ! そ、そんな……決戦用アームが!」
「残念だったな。首を落としても私は死なない。『創造のエメラルド』の力で、命すらも創れるのだから」
首が落ちた直後、フィニスの左拳がアームを引きちぎって握られる。すると、鎧の胸に嵌め込まれた緑色の宝石が輝き頭が生えてきた。
もう一度拳を握り、復活したフィニスは『破壊のアメジスト』の力を解き放つ。アームが破壊され、機能を停止してしまう。
「さあ、終わりにしようか。マゴット・マゴット、君には死を与えよう。逃れられぬ死の『運命』によって……『破壊』されるのだ!」
「い、いや……来ないで、こな」
「ああ、そうそう。一つ訂正させてもらおう。今の私の名はリオではない。新たな名は……フィニスだ」
「あああああああああああああああ!!!!」
フィニスが左手を握ると、紫と白の宝石が輝く。その直後……洞窟の中に、マゴット・マゴットの断末魔の声が響き渡った。




