247話─乙女と天秤、輝きの時
空を飛ぶイザリーの身体が、純白のドレスで覆われていく。空中でくるりと一回転し、華麗なドロップキックを炸裂させた。
「てーいっ!」
「ぐうっ、中々の威力……。でも、掴んだ! ゼロ距離からの一撃を食ら」
「させないわ! 歌魔法、眠りを呼ぶわらべ唄!」
「あっ……すやぁ」
レミュエラは両手でイザリーの足首を掴み、胸のスピーカーからゼロ距離爆音波を浴びせようとする。だが、イザリーの歌によって眠りへ誘われた。
力が抜け、手が離れた瞬間。全身に力を込めてムーンサルトキックを放つ。寝かけていたレミュエラの顎が、容赦なく蹴り砕かれる。
「今よ! ムーンライト・キックキャスト!」
「むにゃ……がふっ!」
「ラインハルトさん、今助けるわ! 安全なところに運ぶ」
「させないよ! べろーん!」
重傷を負ったラインハルトを抱え、一旦離脱しようとするイザリー。だが、素早く顎を再生させたレミュエラが舌を伸ばし足首を捉えた。
逃げようとするイザリーと、阻止せんとするレミュエラ。だだっ広い雪原で、命を賭けた綱引き……ならぬ舌引きが始まる。
「ふんぬぬぬぬぬ!!!」
「負けないわよ……! 絶対逃げ切ってやるんだから!」
「逃げる……必要はない、ごほっ。私はまだ戦える。こんなこともあろうかと、用意しておいてよかった」
必死に翼を羽ばたかせるイザリーに、ラインハルトがそう声をかける。スーツの上着から、鋼色のナニカが見えている。
「ラインハルトさん、それは?」
「奴をここまで運ぶ間に、私の魔力で防御特化の金属膜を作って身体に巻いていた。無傷とはいかないが、致命傷は避けられたよ」
用意周到に、策を用意していたようだ。普通の金属板よりも遙かに頑丈なソレのおかげで、まだ戦えるレベルにはダメージを抑えられたらしい。
再び磁力を操り、ラインハルトは宙に浮き上がる。そして、レミュエラの身体を包む鎧を、磁力で空中に持ち上げた。
「けろっ!? お前、まだ生きてるの!?」
「イザリー、速攻で決めるぞ! 時間をかければかけるほど、奴に有利になる。二人の力を合わせて仕留めるのだ!」
「はい! 任せてくださいな!」
「けろぁ~!」
ラインハルトは空中に八つの鉄板を呼び出し、そこにレミュエラを何度も叩き付ける。右の手のひらに刻まれた【リーデンブルクの大星痕】が、輝きを放つ。
以前の時間軸で振るう機会に恵まれなかった星の力を、今ここで──解き放つのだ。レミュエラを倒し、民を守るために。
「星魂顕現・リブラ! さあ、見せてやる。ご先祖様から受け継いだ、磁力を操る力……その真骨頂を!」
「そうはさせないよ! オールナイト・ショックウェーブ:アゲイン! ……あれ?」
鈍色の鎧に身を包み、天秤の皿を思わせる二つの丸いプレートがラインハルトの周囲に現れる。総攻撃を食らう前に潰そうと、レミュエラは技を放とうとするが……。
衝撃波が出ない。全身から爆音波を発射しようとするが、完全に封じ込められている。何故なら、ラインハルトが磁力を使い、鎧を変形させているから。
「ひぇっ! 自慢の鎧が……残響の鎧がめっちゃ変形してる! キモっ!」
「これで、お前の耳障りなスピーカーは封じたぞ! イザリー、協力してトドメを!」
「分かったわ! 処女星奥義! 禍劇・鎖の王の悲劇!」
「天秤星奥義……磁界潰牢刑!」
空中に持ち上げられたレミュエラの周囲を、無数の魔法陣が取り囲む。その中から現れた大量の鎖が、悪しき神の身体を縛る。
ラインハルトが操る磁力によって、鎖は鎧と強固に結び付き相手を締め上げる。二枚のプレートが対になり、レミュエラを挟むように動く。
「こんな、もの~! 口から衝撃波を」
「させないわ! それっ!」
「ふがっ! もがっ!」
「これて終わりだ! 滅びるがいい、レミュエラ!」
「もがああああああ!!!」
唯一使える口も、念入りに鎖で塞がれ完全に抵抗手段を絶たれたレミュエラ。そこに、二枚のプレートが迫りレミュエラを押し潰した。
同時に、鎖も限界まで引き絞られる。以前の時間軸でメルーレがそうなったように、レミュエラの首から下はグチャグチャのミンチになる。
「あが……」
「はあ、はあ……。何とか倒せたか。しかし、これで終わりとは思えない。まだ、新たな敵がいるだろうな」
「! ラインハルトさん、空を見て! 何かが落ちてきてるわ!」
レミュエラの首が地に落ちた後、ラインハルトは小声で呟く。その時、異変に気付いたイザリーが空を見上げ指を差す。
六つの流星が、イゼア=ネデールのあちこちに降り注いできているのだ。うち、五つはグレイ=ノーザスを除いた五大国に、残る一つは東の海へ落ちる。
「な、なんなのこれ……? 一体何が起きてるの? ヴァスラサックが死んで、全部終わったはずなのに」
「分からない……とにかく、まずはコーネリアスや他の星騎士と合流しよう。いつまでもここに」
「行かせないよぉ~! デッドショック:オン・エア!」
「なっ!?」
「きゃあっ!」
イザリーたちが街へ戻ろうとした、その時。息絶えたはずのレミュエラの生首が動き、空中にいる二人の方を向く。
口から衝撃波が放たれ、不意を突かれたラインハルトたちを墜落させる。首から下の鎧を再構築し、レミュエラはぎこちなく歩き出す。
「ど、どうして!? 完全に息の根を止めたのに!」
「あっはは、ざ~んねん! 私はねぇ、鎧の中はがらんどうなの。首から下に生身なんてないんだ~。だから、頭が残ってればこうやって再生出来るんだよ?」
「化け物め……!」
「ノンノン、化け物じゃなくて超越者。神も魔も超えた、最強の──!?」
一気に形勢逆転し、ラインハルトとイザリーを殺そうとするレミュエラ。その時──寒空を切り裂き、何かが天の彼方から飛んでくる。
風切り音を立て、ソレは油断しきっていたレミュエラの胸に突き刺さった。飛んできたのは──魔凍斧ヘイルブリンガーだ。
「あああああ!! 痛い、いたいいたいいたい!!!! なんで、首から下はもう身体がないのに!」
「それはですね。あなたの魂を直接凍らせているからですよ。平行世界から来た、悪い魔神さん?」
ラインハルトたちが唖然としている中、どこからともなく声が響く。直後、斧の柄を握る手が現れる。そこから順に胴、脚、頭……と。
ヘイルブリンガーの持ち主たるアゼルが、その姿を現す。覇骸装ガルガゾルデを纏い、頭にはオレンジ色に輝く王冠を戴いている。
「お前、は……! そうか、基底時間軸の!」
「話はすでに神々から聞いていますよ、レケレスさんの運命変異体。あなたたちの悪行は、ここで阻止させてもらいます!」
「何が、出来る? こんな斧、すぐに引き抜いて!」
「知っていますか? いつの時代も、悪事を働いた魔女は火あぶりにされるんです。もちろんあなたも。生命の炎に、焼き尽くされなさい!」
アゼルを返り討ちにしようとするレミュエラだったが、相手の方が速かった。アゼルは左手を柄から離し、オレンジ色の炎を作り出す。
そして、掌底を叩き込んでレミュエルを燃やした。頭も鎧も、魂をも全て。斧を引き抜き、アゼルは高く掲げる。そして……。
「戦技、アックスドライブ!」
「あぎゃああっ!!」
ヘイルブリンガーが振り下ろされ、レミュエラを脳天から真っ二つに両断した。今度こそ息の根を止められたレミュエラは、ドス黒い灰になり消滅した。
「ふう、よかった。何とか、ギリギリ間に合ったようですね」
「君は……もしや、コーネリアスが話していたアゼルという少年か?」
「はい、そうです。あなたは、えーと」
「ラインハルト・フォン・リーデンブルクと言う。こちらはイザリー・バーウェイ。二人とも、コーネリアスの仲間の星騎士だ」
「ありがとう、アゼルさん。おかげで助かったわ」
ラインハルトもイザリーも、コリンからアゼルのことを聞いていたため、すぐ相手が味方だと理解した。窮地を救われた二人は、お礼を言う。
そして、今何が起こっているのか、何故自分たちを助けにきてくれたのかをアゼルに問うた。アゼルは空を見上げ、簡潔に説明する。
「簡単に言うと、平行世界にいる悪に堕ちたベルドールの七魔神が攻めてきたんです。この世界線の魔神さんたちは、平行世界から来た自分たちとの同調不全を起こして戦えないので……」
「代わりに君が来てくれた、ということか」
「ええ、ぼくたちが来ましたよ。この基底時間軸世界を守るために……超強力な助っ人が!」
ラインハルトの言葉に、アゼルは自信満々にそう答えるのだった。
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「戻るのか? 元いた世界線に」
「ああ、まだアブソリュート・ジェムの回収が完了していなくてね。残り三つを取りに、一旦戻るよ」
その頃、エイヴィアスの城では再び平行世界の門が開かれていた。フィニスは侵略を仲間たちに任せ、全ての宝石を揃えるため元いた世界に戻ろうとしている。
「心配はいらないよ、エイヴィアス。すぐに戻るからお茶でも飲んで待ってるといいさ」
「気を付けて行くといい、友よ。そなたがいない間はワレに任せておけ。いざとなれば、ワレが前に出る」
「分かった、頼んだよ。じゃ、行ってくる」
エイヴィアスに見送られ、フィニスは元の世界に帰っていく。全てのアブソリュート・ジェムを手にするために。
 




