245話─神々の過去
「七つの宝石……」
「ああ、そうだ。『空間のサファイア』、『時間のルビー』、『創造のエメラルド』、『破壊のアメジスト』、『霊魂のトパーズ』、『運命のダイヤモンド』、『境界のオニキス』。この七つだ」
バリアスが腕を振ると、映像が切り替わる。様々な動植物で溢れる、命の楽園となった原初のグラン=ファルダの光景が映し出された。
広い庭園の中にあるテラスで、六人の男女が机の上に乗せた七つの宝石をいじっている。この頃の自分たちは、愚かだったとバリアスは語る。
「創造主であるが故の傲慢さを、私たち全員が持っていた。アブソリュート・ジェムを使い、思うがままに大地を創造しては破壊していたが……今から九千億年前、そのツケを支払うことになった」
「一体、何が起こったのよ?」
「ジェムの暴走だよ。私たち六神の制御を離れ、七つの宝石が世界を破壊しようとした。把握しているだけでも、三千の大地が消滅したよ」
また映像が変わり、荒廃したグラン=ファルダが映し出される。バリアス以外の五人が、空中でアブソリュート・ジェムを取り囲んでいた。
強力な結界を作り出し、何かをしようとしているようだ。コリンとコーディが見守る中、五人は結界の中に入り……宝石ごと、自分たちを消滅させた。
「えっ!? 消えちゃった!」
「バリアス、彼らは何をしたのじゃ!?」
「彼らは……アーガスたちは、自らの魂の消滅と引き換えにジェムを破壊した。原子のチリへ変え、その力を完全に消し去ったのだ」
コリンたちに問われ、バリアスは映像を見ながらそう答える。両の目から涙を流し、かつて犯した許されざる罪の重さを痛感しながら。
「本当は、私も共に滅びるはずだった。だが、彼らに止められた。誰かが残らなければ、ジェムの暴走で荒廃した世界を元に戻せないだろうと。そして……私だけが残された。永遠に償いきれぬ、罪と共に」
その呟きの後、また映像が変わる。たった一人残されたバリアスが、己の力を使い世界を再生させている場面のようだ。
その側には、新たな創世六神となった五人の男女もいる。アブソリュート・ジェムは失われたが、神の力は残っていたのだ。
「私は決意した。永遠に生き続け、己の愚行を償うと。後続の神々への戒めとして、許されざる罪を赤裸々に語り、二度と同じ過ちが繰り返されぬように」
「そして、今に至るというわけか。ん? じゃが、そんな昔に失われたのなら、わしが見たあの羊飼い風の服を着た女は……」
「ああ、マゴット・マゴットか。ジェムの暴走が起こる八千年ほど前、私は彼女を含めた八人の若き神に命じた。ジェムを別々の場所に隠し、守れと」
「何故にそんなことを?」
「最初に見せた映像を覚えているかな? 世界が闇と泥の海だけだった頃の名残……残された泥が、一つの悪意ある命になった。それが闇の眷属の始祖、混沌たる闇の意思だ」
バリアスの言葉に、コリンたちは目を丸くする。今日だけで、数え切れないほど衝撃的な真実を知ることになったが、これが一番の衝撃だった。
自分たちのアイデンティティに直接関わる話故に、気になってしまうのも仕方ないことではあるが。一旦映像を消し、神は語る。
「我々がジェムを用いて破壊した大地に生きていた命の怨念が、放置していた泥の海に宿り暗黒領域の礎となった。そして、そこから君たちの始祖が生まれた。言ってしまえば、私たちの因果応報ということだ」
「うーむむ、にわかには信じがたいが……本当だとしたら、複雑な心境になるのう」
「ホントよ。学校の先生から教わったのとまるで違うわ……」
コリンたちは、暗域の学校や家庭教師から歴史について教わってきた。が、今バリアスから聞いたものとはまるで違う内容だ。
だが、これまでの話を聞いた以上は真実として受け入れる以外にはない。……なのだが、この話題は本題から外れてしまっている。
脱線した話を戻し、バリアスはようやく本題に入った。すなわち、平行世界から来たリオへどう対処するか、だ。
「さて、ジェムの話はこれで終わりだ。本題はここから……平行世界からやって来たリオの運命変異体を、どうにかして見つけ出さねばならん」
「ええ。あいつを放っておいたら、次はこの世界が滅茶苦茶にされちゃうわ! もしそうなったら、全ての平行世界も同時に滅びる。何としても止めないと!」
「しかし、奴がどこにおるのかまるで見当もつかぬのでは探しようがないぞよ」
「……いいえ、見当ならついてる。私のいた世界のおじ様は、平行世界に繋がる門を作り出す力を持ってた。きっと、この世界のおじ様もきっとそうよ!」
リオ変異体の居場所を見つけ出し、排除する。口で言うのは非常に簡単だが、実際にはとんでもなく大変なことだ。
何せ相手は、一つの世界を滅ぼすほどの力を持った化け物。だが、リオ変異体がどこに潜んでいるのか、コーディにはある程度予測が出来ているらしい。
「エイヴィアス……まさか、ヴァスラサックの遺体を奪った理由がそうだとすれば……いかん、いかんぞ。全てが繋がった……今すぐ暗域に──!?」
「この気配……! まずいわ、奴が来る!」
コリンの中にあった無数の『仮定』が、一つに繋がっていく。邪神の死体を盗み出したエイヴィアスが、リオ変異体を呼んだ。
そのことに気付き、すぐに暗域へ向かおうとするが……すでに遅かった。向こうから、会いに来たのだ。基底時間軸世界の自分へと。
「やあ、今のグラン=ファルダは昼だから……こんにちは、だね。初めまして、基底時間軸世界のバリアス」
「いい度胸だな、たった一人で乗り込んでくるとは。大胆不敵なのか、それともただの愚考なのやらな」
「フフ、どっちだろうね? まあ、どちらにしても……私がここで死ぬことはない。そういう『運命』だからねぇ」
バリアスに凄まれたリオ変異体──フィニスは、鎧の胸を指でコンコンと叩く。七つの穴は、一つも空きがない。
その全てに、アブソリュート・ジェムが嵌め込まれているのだ。それに気付いたコーディは、顔を真っ青にした。
「あんた、いつの間にジェムを揃えたの!? 私が最後に見た時は、まだ三つしか持ってなかったのに!」
「ふふ、『霊魂のトパーズ』と『時間のルビー』、『境界のオニキス』はまだ手に入れてなくてね。空っぽの穴が見えているのはかっこ悪いから、贋作を入れてるのさ」
狼狽するコーディに、いやに呆気なく種明かしをするフィニス。だが、逆に言えば残り四つのアブソリュート・ジェムは本物ということだ。
「貴様、何の用じゃ?」
「この世界の私に、一目会えればと思って来たのだがねぇ。どうやら、会うのは無理そうだ。一度日を改めて、また来させてもらうよ」
「させるものか。すでに他の創世六神や守護隊を呼んである。ここでお前を倒させてもらうぞ、リオの変異体よ!」
「無理なことだね。それと、私にはフィニスという新たな名がある。そちらを呼んでもらおう……かな!」
凄むバリアスを見ながら、フィニスは左手を握る。すると、胸に取り付けられた『空間のサファイア』が光り輝く。
直後、青いオーラがフィニスから放たれコリンたちを貫く。すると、金縛りにあったかのように身体が動かなくなってしまう。
「ぐ、なんじゃこれは! 身体が動かぬ!」
「空間を固定したのさ。解除されるまで、君たちは動けない。それじゃあ、私は失礼するよ。そうそう、コーネリアスと言ったね? 私の友だちが君のお世話になったと言っていた」
「友だち……まさか、エイヴィアスか!?」
「そう、エヴィーさ。だから、そのお礼を君の住む大地に送ったよ。楽しんでくれたまえよ、地獄の始まりをね! ハッハハハハハ!!」
不穏な言葉を残し、フィニスは『空間のサファイア』の力を使って暗域へと帰っていった。その少し後で、コリンたちの拘束が解ける。
「急いで帰らねば、イゼア=ネデールに! アシュリーたちが危ない!」
過去へさかのぼり、歴史を変えて邪神を退けた先に待っていたのは……『揺り戻し』による、さらなる邪悪の出現だった。
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「フィニスから出撃命令が来た、各自持ち場に着け。これより、単独での破壊活動を行う。いいな?」
「けろけろりん、お任せちょーだい! 一番手は私に任せてよ。自慢のボイスと猛毒で、みんなトロトロにしちゃうからさ」
同時刻、イゼア=ネデールの上空に七つの影が浮かんでいた。全員が全身を覆う銀色のローブを羽織り、フードを深く被り顔を隠している。
カエルのようにケロケロ歌いながら、一人が手を挙げる。すると、リーダーらしき人物が頷いた。そして……侵略の一番手を任せる。
「よかろう、ならば行くがいい! 残響のアマガエルよ、見せてやれ。我ら超越者の力をな!」
「けろけろけろ~ん! だいじょーぶ、ぜーんぶ私が終わらせちゃうから!」
イゼア=ネデールに、新たな災いが訪れようとしていた。




