244話─少年少女と創世ノ神話
少女のフルネームを聞き、マリアベルは仰天して目を見開く。滅多に見られない、狼狽する彼女の横でコリンは小さな声で呟く。
「やはり、そうか。そなたがわしの悪夢に出てきた……」
「あの、こちらが名乗ったのだからそちらも名乗ってもらえないかしら。名前が分からないんじゃ、お礼のしようもないのだけれど」
「む、済まなかった。わしはコリン。コーネリアス・ディウス・ギアトルク=グランダイザ。そなたと同じ、神と魔の血を継ぐ半神じゃ」
「え!? ちょ、ちょっと待ってよ! 嘘でしょ、こんなに早く会えるなんて……そっか、貴方が基底時間軸世界の私なのね! あ、私のことはコーディって呼んでいいわよ」
「い、一体何がどうなって……? お坊ちゃま、この方は……」
平行世界の自分と出会えたことを喜ぶコーデリアことコーディ。マリアベルが混乱していると、部屋の扉がノックされる。
コリンが入室を促すと、寝ぼけ眼なリオが部屋の中に入ってきた。物音に敏感な猫の耳が、この部屋でのやり取りをキャッチしたようだ。
「ちょっとだけ静かにして~、眠れなくて目が覚めちゃ……」
「!? 貴方は! おじ様が言ってた、この世界の盾の魔神ね?」
「そうだけど~……ふわあ、君はだぁれ?」
「私はコーデリア。平行世界の貴方に、全てを奪われた者よ」
コーディの言葉に、リオはぱっちり目が覚めたようだ。平行世界というキーワードに、心当たりがあったらしい。
「そう、それ! コリンくんからも聞いたんだよ、平行世界の僕のこと! ねぇ、よかったら詳しく聞かせてくれない?」
「いいわ。でも、私の側に来ない方がいいわよ。思わず貴方をひっぱたきそうになるから」
「は、はぁい……う、うぁぁっ! あ、頭が……」
怒気を滲ませるコーディに冷や汗を垂らしていたリオだったが、突如頭を押さえ倒れ込んでしまう。コリンは、咄嗟にコーディの方を見る。
平行世界のリオに恨みを持つ彼女が、何かしらの形で攻撃を仕掛けたのではないかと考えたのだ。が、すぐにほんにんに否定された。
「ちょっと、そんな目で見ないでくれる!? いくら何でも先制攻撃なんてしないわよ!」
「むぅ、では一体何が……のじゃっ!?」
「きゃっ! ……お、お坊ちゃま? 三人とも、一体どこに……?」
その時、城を貫き部屋の中に青い光の柱が降り注いできた。光はコリンとコーディ、リオを呑み込み消えてしまう。
一人残されたマリアベルは、呆然としながら立ち尽くしていた。
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「い、一体何じゃ? 今の……む、この神々しい魔力……もしや、ここは」
「そう。察しの通り、ここはグラン=ファルダ。その中央にある創世六神の神殿だ。いきなり連れてきて済まなかったね、三人とも」
気が付くと、コリンとコーディは神殿の一室にいた。エンタクが置かれた広い部屋の中には、一人の青年が立っている。
青色の衣を身に付け、右手には捻れた時計盤が納められた青色のオーブを持っている。創世六神の一角、時間と空間を司る神。
時空神バリアスだ。突然コリンたちを招いたことを謝った後、二人の方に歩み寄っていく。聖なる魔力を嫌がり、コリンは少し後退する。
「して、わしらをここに呼んだのは何用じゃ? いくら不可侵の約定が解かれたと言っても、闇の眷属をここに招くのはよくないのではないかのう」
「本来は、な。だが、今はそう言ってもいられない事態が起きているのだ。君の隣にいる少女が、それをよく知っている」
「ちょっと待って。リオはどこにいったの? ここに送られるまでは一緒にいたのに」
「彼は治療室に転送した。『運命変異体』からの干渉に、身体が耐えきれなくてね。適応完了まで、こちらで安静にしてもらう」
コリンたちに問われ、バリアスは答える。かの神の視線は、ずっとコーディに注がれたままだ。気まずい空気の中、コリンが口を開く。
「で、先ほどおぬしが言うた『運命変異体』とやらは一体何なんじゃ?」
「簡単に言えば……この世界線から見て、平行世界における同一人物のことさ。例えば、君とその少女……コーデリアの関係に当たると思ってくれていい」
「なるほどのう。……つまり、平行世界から『別の』リオが来ておるということか? この世界線に」
「そうだ。それについては、君が説明してくれるだろう? コーデリア」
「……ええ。元からそのつもりよ。長くなるけど、しっかり聞いてね。私が元いた世界の話を」
バリアスの言葉に頷き、コーディは話し始める。自分がいた世界で、何が起きたのか。何故、世界線を超えて基底時間軸世界にやって来たのかを。
「私が元いた世界は、平和だった。ベルドールの魔神たちが、グランザームを倒すまではね。この基底時間軸世界と、ほぼ同じ歴史をたどってた」
「つまり、そこから全てが狂ったわけだ。一体何があった?」
「……分かるのは、突如魔神たちが暗域に乗り込んできて……混沌たる闇の意思を滅ぼしたということだけ。力の源を失った闇の眷属を、魔神たちは次々と滅ぼしていったわ」
拳を握り締め、コーディは淡々と語る。その痛々しい姿に、コリンもバリアスも掛ける言葉を見つけることが出来なかった。
そんな中、コーディの話が続く。魔神たちは、力を失った魔戒王たちを次々に打ち破っていったのだと言う。その話を聞き、コリンは疑問を抱く。
「ということは、そなたの世界のパパ上たちも……」
「いいえ、お父様とお母様は私が五歳の頃に死んでしまったわ。ラ・グーの起こしたクーデターに巻き込まれて。それ以来、私はエイヴィアスのおじ様に育てられたの」
「なんと!? よりによってあやつにか!?」
「ええ、でも勘違いしないで。基底時間軸世界のとは違って、私の世界のおじ様は野心のない善良な王だったから」
コリンにとって、にわかには信じがたい話ではあった。が、ここで言い合いをしても益が無い。まずは最後まで話を聞こうと、口をつぐむ。
「闇の眷属たちは、どんどん数を減らして……最後には、おじ様とその配下、私を残してみんな死んじゃった。あいつは……リオは、不思議な宝石を三つ持ってたわ。その宝石の力で、みんなを!」
「その宝石とは……アブソリュート・ジェムのことだろう。アレをリオが手にし、悪用したのなら……混沌たる闇の意思が敗れたのも頷ける話だ」
「ねぇ、教えてよ。そのアブソリュート・ジェムってなに? 一体なんなのよ!」
「わしも知りたい。この世界のリオが言うには、神々の最高機密とのことじゃが……」
コリンたちに問われ、バリアスは頷く。門外不出の秘密を、聞かせようとしている。声が外に漏れぬように、部屋が空間の守りで覆われる。
「アブソリュート・ジェム。この世界の誕生と同時に生まれた、世界を形作るための概念が結晶となったモノだ。全部で七つ存在……していた」
「して『いた』? なんで過去形なのよ」
「君が基底時間軸と呼ぶこの世界には、もう存在していないからだ。何故そうなったのか……まずは、全ての始まりから話そう。そうでないと、全てを理解できないだろうからね」
そう言うと、バリアスは指を鳴らす。すると、部屋が暗くなりコリンたちの前に映像が浮かんでくる。どこまでも続く闇と、泥の海が現れた。
「今から数兆年前、世界はただ闇と泥の海だけが存在していた。天も地も水も、命さえもない虚無の空間だけがあった。だが……ある日、一筋の『光』が生まれた」
「ふむ……」
「その『光』が、七つの概念を生み出した。空間、時間、創造、破壊、霊魂、運命、境界。それと同時に、今ある世界の原型が生まれ……最初の生命が誕生したのだ。それが、私を含めた初代創世六神だ」
映像に変化が起こり、どこからともなく一筋の光が闇を切り裂き、泥の海に差し込める。すると、光が広がり泥が一塊浮き上がった。
泥は六つに千切れ、少しずつ形を変えていく。そして、全裸の男女六人が生まれた。彼らが、最初の生命にして──始まりの神々なのだ。
「我らは七つの概念の力を用い、自分たちが暮らしやすいよう世界を創った。我らが在るべき『空間』と『時間』を生み、泥から大地を『創造』した。天と地の『境界』を切り分け、グラン=ファルダを想像したのだ」
あまりにもスケールが大きすぎる話に、コリンとコーディはぽかんとしていた。アブソリュート・ジェムについての話が、まさか創世神話にまで発展するとは思っていなかったのだ。
「そして、その後も私たちは世界の創造を続けた。その過程で不要、失敗と判断したものを『破壊』していった。自分たちの想像した生命を生み、『霊魂』を宿らせ……幸福に生きられるようにと『運命』を与え、新たな大地に住まわせた」
「ええ、ええ。よーく分かったわ。だから、そろそろ本題に移りましょう」
「まあ待て、もう少し話さねばならぬ。最初の生命を生み出した後、気付けば我らの元には七つの宝石が残った。それが、アブソリュート・ジェム。絶対の力を秘めた、究極の宝石だ」
遠い過去を懐かしみながら、バリアスは語る。だが、楽しい思い出話はここまで。これから語られるのは……アブソリュート・ジェムの恐ろしさを痛感させられる、恐ろしい話だった。




