25話―宴への招待状
目的を果たしたコリンは、イゼア=ネデールに戻り冒険者ギルド本部へ向かう。機密書類を提出すれば、教団の掃討が楽になるだろうと踏んだからだ。
魔法でいつもの胸当てと毛皮のマントを身に付けた姿になり、大通りを歩いていく。アシュリーたちは、すでに転移石で帝都に向かっている。
彼女らと合流するため、コリンは一人先へ進む。
「さて、そろそろ先に行ったアシュリーたちが報告を終えた頃かの。わしも一つくらい、転移石を買っておこうかのう」
そんなことを呟きながらギルドに入ると、コリンは早速声をかけられた。真っ白な鎧の上に、これまた真っ白なサーコートを身に付けたキザったらしい青年に。
「やあ、キミがウワサのコリンくんだね? 待っていたよ、さあこちらにきたま」
「お邪魔しもうした」
両手を広げ、胸に飛び込んでこいと言わんばかりのポーズをする相手をチラッと見た後、コリンはギルドから退出した。
直後、キザ男が扉を開けて顔を出した。そっ閉じされるとは、夢にも思っていなかったらしい。
「待ちたまえ! 何故そっと退出するのだね!? 話があるのだから来てくれたまえ!」
「……やれやれ、面倒くさそうなのに捕まってしもうたわい。おぬし、何者じゃ? 名くらい名乗ったらどうなんじゃい」
キザ男に腕を掴まれ、コリンは強制的にギルド内に引きずり込まれた。気だるそうに尋ねると、男はビシッと決めポーズを取る。
「フッ、聞かれたからには答えなければなるまい。僕はハインケル・エルネスト。Aランク冒険者筆頭、通称『白バラのハインケル』さ! よろしくぅ」
「キャー! かっこいいー!」
「ハイン様ー! 抱いてー!」
男――ハインケルが名乗ると、どこからともなく現れた取り巻きらしき女性たちが黄色い声をあげる。他の冒険者たちは、そっと距離を取っていた。
「ほぉん。で、その白バラさんがわしに何の用なんじゃ? わし、はようアシュリーたちと合流せんと」
「そう! そのアシュリーさんのことだ! コリンくん、アシュリーさんとパーティーを組む権利を賭けて、僕はキミに決闘を申し込む!」
「……はあ?」
いきなりの宣言に、コリンは思わず気の抜けた声を出してしまう。あまりにも突拍子がなさすぎて、相手の意図がいまいち読めない。
「いきなりなーにを言うとるんじゃ、おぬしは。何故わしがそんな面倒なことに付き合わねばならぬのじゃ?」
「何故かって? フッ、決まっているだろう。僕はアシュリーさんのファンだからね! その僕を差し置いてキミが」
「コリンに絡んでンじゃねー、このヤサ男が!」
「お゛ヴぁ!」
ハインケルが爆弾発言をした直後、背後に現れたアシュリーがおもいっきり股間を蹴りあげた。短い悲鳴をあげ、ハインケルは倒れ込む。
どうやらコリンが来たか確認しに来たらしく、ハインケルを見た瞬間嫌そうな顔を浮かべていた。
「きゃああああ!! ハイン様ぁぁぁ!! しっかりー!」
「衛生兵! 誰か衛生兵を呼んでー!」
「フン、コリンにちょっかい出すからだ。おかえり、コリン。そっちの首尾は上々か?」
「うむ。バッチリ機密文書を復元してもろうてきたぞい。ではダズロン殿のところに行こうかの」
「ぐっ、カフッ、ごぱっ! オ゛ア゛ッ゛!」
股間を押さえ、情けない悲鳴をあげながらのたうち回るハインケルを無視し二人はギルドの奥に向かう。ダズロンの執務室に行きながら、コリンは尋ねる。
「アシュリー、先程のアホは何なのじゃ?」
「あー、あいつはなぁ……。エルネスト侯爵家の次男坊でな、家督を継げないからって冒険者になったンだ。まあ、実力はランク相応にあるけどよ」
「ほう、貴族のぼんぼんであったか。そなたのファンだと抜かしておったが……」
「もう二年くらいになるか……あいつに求婚されてンだよ、アタイ。まあ、応えるつもりはさらさらねーけどな。ああいう女侍らせてるような奴、嫌いなンだよ」
ハインケルとの関係を聞き、コリンは目を丸くする。単純にパーティーを組みたいだけなのかと思いきや、求婚までしているとは思ってもいなかったのだ。
「そうであったのか。して、ダズロン殿はなんと?」
「お前の人生はお前だけのもンだ、求婚を受け入れるも受け入れないもお前の自由だ……ってスタンスさ。何だ、もしかして妬いてンのか? コリン」
「? 焼く? 何を焼くのじゃ?」
「……なわけなかったか。まだ八歳だしな」
「ん、これ。何で頭を撫でるのじゃ」
てっきり、コリンがヤキモチをやいているのかと思ったアシュリーだったが、そうではないと知り苦笑いする。
単純に、アシュリー親子がハインケルをどう思っているのかを知りたかっただけらしい。
「ところで、機密文書にゃ何て書いてあった? 有益な情報はあったか?」
「うむ、色々役に立つ情報があったわい。教団の基地の場所、この国に潜ませている密偵のリスト……極めて有益な情報がてんこ盛りじゃ」
「そっか、でかしたな! オヤジもきっと喜ぶぜ。もしかしたら、一足飛びにAランクへの昇進もあるかもな」
「ふふふ、それは楽しみじゃのう」
そんな会話をしていると、ダズロンの執務室に到着する。中には、仕事をしているダズロンと待機していたカトリーヌがいた。
「戻ったぜオヤジ、カティ。コリンが機密文書を持ってきてくれたよ」
「そうか、ご苦労だったな。早速だか、何が書いてあるか知りたい。読ませてくれるか?」
「もちろんじゃとも。では、これを」
コリンから受け取った文書の束をしばらく眺めた後、ダズロンは真剣な表情を浮かべる。文書を読み終えたダズロンはふうと息を吐く。
「驚いたな、この国のあらゆるところに密偵を潜り込ませていやがるとは。だが、もうそれも終わりだ。この文書は、皇帝陛下に提出させてもらう」
「そうね~、それが一番いいと思うわおじ様。帝国軍を動員すれば、国内の教団勢力は一掃出来るはずよ~」
「ああ。この文書のおかげで、教団に対して優位に立ち回れるだろう。コリン、礼を言うぜ。本当にありがとうな」
「礼は不要じゃよ、ダズロン殿。わしとしても、教団の非道は許せぬ。殲滅するための一助になれれば幸いじゃ」
ダズロンに礼を言われ、コリンはそう答える。謙虚な姿勢に感心しつつ、ダズロンは机の引き出しを開け、あるものを取り出す。
「おお、そうだ。関係各所への通達が終わったぜ。これでもう、こそこそ正体を隠す必要もなくなった。ということで、コレを」
「なんじゃ、これは? カードかのう」
「それは、お前が冒険者だという証になるもの……ギルドカードだ。これで、コリンも立派なSランク冒険者だぜ!」
そう言いながら、ダズロンはギルドカードを机の上に置く。カードは最高ランクの証である、虹色の輝きを放っていた。
「はあぁ!? い、いきなりSランクかよ!?」
「なぁに驚いてんだ、アシュリー。コリンの出自を考えりゃ、それ以外はねぇだろ? あくまでCランクは暫定だからな」
「あら~、よかったわねコリンくん。わたしたちとお揃いよ~」
「うむ! これで堂々と万天下にわしの存在を知らしめることが出来るわけじゃな!」
Aランクどころか、さらにその上の頂点に登り詰めたコリンはうきうき気分だ。カトリーヌと手を取り合い、らんらんらんとスキップする。
最初こそ驚いていたアシュリーだったが、何だかんだコリンが自分たちと同じランクになったことは素直に嬉しいらしい。
「へへ、予想よりかなり早かったけどコリンもアタイらに並んだかぁ。うんうん、嬉しいこ」
「アシュリーさぁぁぁぁぁぁん!! ようやく追い付い」
「空気読めやテメー!」
「ブルァアアアアアアアア!!!」
その時。執務室のドアをブチ破り、復活したハインケルが突撃してきた。が、楽しい雰囲気を台無しにされてキレたアシュリーにより、窓から外に放り投げられる。
「シュリ、ここ七階よ~? ハインちゃん、死んじゃうんじゃな~い?」
「問題ねえよ、アイツの生命力はジャイアントコックローチ並みだからな。七階から落ちた程度じゃ死にゃしねえさ」
「そう、ならいいわ~」
「それでよいのか……」
幼馴染みたちのふわふわした会話に苦笑した後、コリンはダズロンの机に近付きギルドカードを手に取る。懐にしまっていると、声をかけられた。
「おお、そうだ。もう一つ、お前に渡すもんがあるんだった。ほれ、ゼビオン皇帝ラファルド七世からの舞踏会への招待状だ」
「なぬ!? ……ふふふ、ふふふふふふふふ。そうか、ついにわしも社交界デビューの日が来おったか!」
ダズロンはもう一度引き出しを開け、一枚の封筒をコリンに手渡す。コリンは早速封を破り、招待状を読み始める。
「舞踏会は四日後、か……。なれば、記念すべきデビューに備え準備せねばなるまい! 早速行動じゃあ!」
「あ、おいコリン!? どこ行くんだ……って、もう行っちゃったよ」
勢いよく執務室を飛び出したコリンは、廊下を走っていく。だが、彼らはまだ知らなかった。この舞踏会は、ヴァスラ教団によって仕組まれたものであるということを。




